離れていても分かる。覗かなくても分かる。
※ムービーはもう少し続く
壊れた家は二棟。
昔からこの地で暮らしていたと言われる最長老のチョウロの家と
アーマグの魔物から逃れてきた、王家の人間と噂されるアーモンド夫妻の邸宅だ。
アルフレド「僕と同じ。自分が誰かも分からないってユーノは言ってた」
フィーネ「魔物が跋扈する世に、女神様が使徒を最西端の地に遣わす。それが勇者。ミッドバレイで散々聞いたけど、スタトにも一部は伝わっていた。だからアルとユーノはいつも一緒。で、私はレイに目をつけられて。でも、レイのご両親も」
その瞬間、勇者の脳裏に彼の姿が浮かんだ。
アル、フィーネ。この体…、さいっこうだぜぇえええええ
不気味な程大きなコウモリの翼。
長い犬歯が禍々しく青く光り、穢れた涎が伝い、吐き気を催す悪臭を放つ。
幼馴染だった男の姿。彼はそしてこう言った。
——俺は人間を辞めるぞ、アルフレドぉぉおお‼
アルフレド「…っ‼殺さ…ないと」
フィーネ「アル?…うん、そうね。あんなのレイじゃない。色々あったけど…、いいお兄ちゃんだったんだし。ユーノはおにい、おにい、って。あ…、そっか。アーモンドさんとカカオさん、そして殺されて魔物にされたレイの家にも行くって」
アルフレド「そっか…。被害が少ないって思ってたけど、やっぱり大切なものを失ったんだ。レイの為にも魔王を早く殺さないと…」
アルフレドは手のひらに爪が食い込むほど、強く握りしめた。
その様子を見て、
フィーネ「…うん」
フィーネの瞳が、空色の賢者のそれに変わった。
エメラルド色の瞳は僅かに光を帯びて、何かを内に秘める勇者の横顔を貫いた。
フィーネ「アル!…私はユーノから話を聞いた。ユーノが何をしたいか、知ってるの‼」
覚悟と覇気を伴った視線に、アルフレドの青い瞳が剥かれる。
先とは違う意味で爪が肉に食い込む。
アルフレド「ユーノ…から話?…えっと」
フィーネ「誤魔化さないで。アルが知ってることも知ってるんだよ。ね、みんな」
フィーネが振り返る。
勇者は恐る恐る足を動かし、ゆっくりと振り返った。
——スタト村の入り口
そこに、ユーノを除くヒロインたちがいた。
▲
遥か遠くで銀髪を抱える魔人がいる。
彼のことは一先ず置いておこう。
勇者の背筋に冷たい汗が流れる。
「皆、どう…して?えっと、解決する為のイベント探しじゃ」
「アタシたちも戸惑ってるわよ」
「キラリ、これってアル様とフィーネのイチャイチャシーンじゃなったの?」
「僕に聞かれても。世界の意志の内容までは分からないし?」
そしてヒロイン達も同じく戸惑っていた。
キラリが話している通り、キラリ自身も経験したことが起きると思っていた。
何なら、車で作戦会議をしていた。
それが、いつの間にか車から降ろされた。
アルフレドとフィーネの会話の内容が直接脳内に吹き込まれて、こんな予定でしたよと横並びしている。
「ですが、丁度良かったのではありませんか?」
「え…と、何の話?」
「アル様、誤魔化さないで。さっきフィーネが言った通り。あたしたちはユーノちゃんから直接聞いてるの」
「マリアたちも知ってるの。あのドラグノフって悪魔との戦いで、マリアたちは死んだって」
「え?え?」
この状況が示す通り、勇者は皆には伝えていなかった。
その上でのバランスがこのヒロインイベント回収だった。
「アルフレド君。ユーノさんの話は本当だよ。思い出してみて。ドラグノフとの戦いの後半、僕とサラさんだけは違う感覚を味わってた」
「皆様はその気持ち悪さを殺されかけたから、と誤解されていたのですが」
いつかは話さないといけないと話し合っていた。
そんな中で、世界の意志がチャンスをくれたのだ。
溜まっていた思いが一気に吐き出される。
「待って。まだ」
「勇者たま。わらわは勇敢に囮したのら。勇者たまもユーノたまを頼っちゃダメなのら」
「そうですわね。あの子がいない間の方が話しやすいですし」
「問題ありません。近くに魔物が来れば、私に連絡が入ります」
四天王達が何度か近づいた痕跡はある。
だけどサラとキラリで構築した防御網が上をいった。
今回は特にそう。レイも初見で泡を吹いている。
「ユーノは邪神、闇のメビウス。私は知らなかったけど、メビウスには光と闇、二人の女神がいた」
「ユーリが何故か光のメビウスで、光と闇の二つが揃うと、世界の力が一つになる…とか?」
「だからちょっと待ってよ。ユーノがもう直ぐ帰ってくるし」
「アルフレド君。二元論だなんて安直だけど、重要なのはそこじゃないんだよ」
鬼の居ぬ間に勇者の説得をする。
ピロー枢機卿団は勇者の背を追いかけるだけじゃない。
何も言わずについていくわけでも、賛成してついていくわけでもない。
反対もする。ただ反対するだけじゃない。
対案も用意している。
「ユーノはここにいてって、アタシたちはそれでもいいよって」
「修道院だって魔王軍と繋がっているんです!人間とか、半魔とか、魔物とか。考える必要はなかったんです。何もしなくて…、いいんです」
跋扈する魔物とか、街を焼く魔法とか
勇者とか、魔王とか
光の神様とか、闇の女神様とか
生きている人間とか、死んでいる人間とか
生きている魔物とか、死んでいる魔物とか
正直、どうでもいい。
「私たちはこのままで構わない」
「アル様もそう思うでしょ?ユーノちゃんは居なくならなくていいの」
「勇者様、ユーノちゃんを説得し」
ただこの世界は実に奇妙だ。
不気味で、余りに不都合な事実がある。
なんとこの世界に、季節という概念がないのだ。
北に行けば寒そうな景色になるが、装備状態全裸で戦える。
火山地帯は燃えたぎる景色だが、フル装備で戦える。
いや、もっと奇妙なことがあった。
天候はあるが、雨は降るが、だからどうということはない。
一日に昼夜はあるけど、時間では日数が変わらない。
宿屋で何度寝ても、ゴールドが減って回復するだけだ。
背筋が凍るこの現象を…、恐らく全員が感じた筈だ。
「…アル。挨拶を済ませてきた」
「ユーノ!」
鬼は遠ざけても、神はぬるりと現れる。
背筋が感じる声に、思わず仰け反る。
今来たのか、ずっと前から居たのか、分からない。
「話し合い。わたしに構わないで続けて」
全も無も分からない表情で、神は言った。
「アルも。わたしは居ないと思って話し合って」
それを強制力と呼ぶのか、見えなくなる力と呼ぶのか、
アルフレドとヒロイン達は日が暮れるまで話し合った。
そして──
存在しない筈の世界の秒針が、見えないところで一つ進む。
◇
鬼は知らないムービーを見た後、関節が外れるくらい肩と首を落としていた。
薄暗いが犬歯が明滅していたから、四天王達もイベントがあったことを知っている。
「その落ち込みよう…、さてはあんなことやこんなことがあったらしいな。酒池肉林なあーだこーだかっ!!」
「そんな破廉恥なこと?!アイザはまだ子供なのよ!勇者は容赦なさすぎ!!」
鬼は、はぁぁぁぁあああ、と大きく溜め息を吐いて、同じぐらい吸った。
「ドラステはエロゲじゃねぇって言ってんだろ!!」
「おや、違ったのかい?ボクたちは君の言葉しか分からないからねぇ」
「闇の女神ユーノって子がコートの中を見せたとか言ったじゃない」
「くぅ…。アレはなかなかの美少女だった。俺も見たかったぞ!」
「見えてねぇし!謎の光、あの場合は闇女神のオーラで体は全然見えなかったし!」
ひとしきりそんなやり取りをした後、魔人はもう一度大きく息を吐いた。
「ガックリしたのは俺の知らないイベントだったからだよ」
それから何があったかを詳らかに説明する。
ゼノスがキレる要素は喜ばしいことに語られなかった。
故にエルザも顔を顰めることなく、武神はいつものように腕を組んで頷いた。
そして道化師のイメージも薄れてきたアズモデは軽く肩を竦めた。
「君が知らないイベント。そして勇者に訴える話か。ボク達が言うべきかはさて置き、僥倖と言うべきだよね」
「今までは一人ずつのエロヒロインだったが」
「エロくなかったんでしょ。だけど、勇者の女たちが勢ぞろいしたのだけはさっきの想像通りね」
「ふむ。頭を使うのが苦手な我にも分かる。ユーノとやらを切り捨てろと遂に言ったのだな」
ユーノルートの詳細を話しているから、飛躍した考えに至る。
確かに、それもあるだろう。
例えば、ここで
「甘いなドラグノフ。俺様があのヒョロガリなら、ギリギリまで粘る。なんならずーっとエロっぽく聞こえるイベントを続ければ」
ゼノスのような甘い考えが出ようものなら
「そう上手くはいかないわよ。そのユーノっ子。ユーリ殿下と同格なんでしょう」
「君はエクレア前の、ボクたちの幼稚な抵抗を忘れたのかい?」
「あぁ…。アレか。俺は問答無用で従ったな」
即座に否定される。
ユーリの存在と行動を、それから強引さを知っているから。
ただ、ここから先は難問だった。
「ユーリ殿下とユーノ殿の望みは一つ。故にユーノ殿を好きにさせ、酒池肉林の道を選ばせる」
「く…、やはり酒池肉林かっ!」
「破廉恥な道にアイザ…」
「ボクだってせっかくの力が消えるのは惜しいけど、この世界が崩壊するよりはマシだね」
レイは四天王に、動画の内容を情景や表情も含めて細かく伝えている。
でもこの感覚は伝わらないから、先ずはと見ていない理由を、それからプレイスタイルと結果として生じる差分の概念を話す。
「は?ヒロインが仲間にならなかった世界も考えろ、だと?」
「ふむ。我も戦いとは後の先と決めておるぞ」
「武神とはいえ一応ツッコむけど、レイが言ってるのはそういう話じゃないでしょう?」
「大仰に語っているけど、可能性の話だよね。今回はヒロイン達が結集してるし、ゼノスが嫉妬するほどのハーレムルートが目前だよ」
そうなのだ。
実際にフィーネ以外の七人のヒロインは映像に映っていた。
だが魔人は首を縦には振らない。
「声が入っていなかった」
「え?流石に私はまたツッコむわよ。全員揃ってたんでしょ!」
「あれはモデルを置いただけ…。フィーネとアルフレドの声優さんだけの収録だ。DLC前のムービーからの追加なら兎も角、最初から最後まで新収録だ。更には!…ハーレムルートも新収録なんだぞ!ドラステファンが待ち侘びたハーレムルートなんだ!俺がプレイしてる時点ではヒロイン声優全員が現役で、事務所の確執がどうとかは聞いていない。声を入れない理由がないんだよ!!いやいや、ちょっと熱くなりすぎか。まぁ、ニワカがそう思うのも無理はないか。ドラステを初期から追っていないとこの空気感───」
それどころか謎の魔人は謎の長文詠唱を場に展開した。
時間はないと言う話だったが、日が暮れるくらいまで詠唱を続けた。
「えっと…、アタシなんか地雷踏んだ?」
「俺に言われても知らん」
「彼奴は何の話をしている?せいゆーとは、しゅーろくとは、どのような武技なのだ」
「またアタシにツッコませないでよ。アズモデ、アンタの弟でしょ」
「やれやれ…」
金髪道化師は久しぶりに指を振って、魔法を詠唱し返した。
短文詠唱故に後からでも、十分に追いつける。
「本気で行くよ、金道化師の銀槍‼」
アズモデが得意とする銀槍魔法が魔人の体を貫く。
元・ラスボスの攻撃は仕事を失っても健在である。
「ぐ…、まだ喋ってるだろうが…」
「全く持って似ていないけど、その戦闘力は確かなものだね。さて、ボクの弟くん。嫌な予感がするから早めに教えてくれないかな。だったらアレは、どのルートになるのかな?」
この止め方は、流石はアズモデと言うべきだった。
確かにその時間は迫っていた。
因みに、レイの答えは最初から決まっている。
ガックリと肩と首を落とした時点で、ニイジマレイは確信していた。
「あの内容で全員の声が乗ってない。その時点で決まってる。間違いなく、ユーノルートだ」
長々と話していたのは、やってしまったという後悔からの現実逃避。
そして、その声を待っていたかのように新たなイベントが始まる。




