ジェッピー君とユーノイベントの始まり
魔人は大真面目に画面を仰視する。
だが、返ってきたのは暗闇と沈黙だった。
「あの人。今、なんて?」
「俺に聞かれても知るか。お前たちの方が付き合いが長いだろう」
「人間の言葉かな?単語を区切っていたみたいだけど」
ユーリとユーノとは関係のない言葉の羅列で、全員が首を傾げる。
魔王の間では居た堪れない空気が支配して、苦笑いする気配さえ漂わない。
だがその時間は長くはない。
そして、奇怪な機械は奇抜な機会を実現させた。
「検索ワードが多すぎます。尚、映像出力には対応していません」
画面が暗黒だから、青く光る犬歯が目立つ。
「え?」
「カギッコホネッコが喋った!」
「いやいや。喋るのはずっと喋っていただろう」
魔人は歯茎を剥き、他の皆は目を剥く。
そのまま、カギッコホネッコは悪魔たちの耳を潤していく。
「ドラステワゴン七人の花嫁のダウンロードコンテンツについてお調べですか?」
カタカナばかりで喋りにくかったのが嘘のようだった。
開発したマローンもカリーンもボローネもここに居ない。
唖然とする元研究者を他所に、新島礼はソレに合わせた。
「はい。ハーレムルートを見つけられずに困っています」
「ちょっと待て!ハーレムルートとは聞き捨てならない!」
「五月蝿いなぁ。ジェッピー君が混乱するだろ?」
「ジェッピー君って誰よ!この機械はカギッコホネッコ君だから!」
「ボロン。アナタも流されてるわけ。君づけなんかしてないし」
ドラステは二度も生まれ変わった。
世界が入れ替わった。
ハードの世代が代わった。
ジェッピー君だって、当時はなかったのだ。
「サジェスト検索の一例を紹介いたします」
数十年前から固定されたキャラではない。
新島礼は最先端を生きている。
だからって——
「ドラステワゴン、ハーレムルートに絶対行けない」
魔人レイの——
「ドラステワゴン、クソゲー」
レイモンドの——
「ドラステ、DLC、バグ」
レイ・デズモアの——
「ドラステDLC、データ破損バグ」
新島礼の——
「ドラステ、バク放置、原田、退社」
心を満たすとは限らない。
そも、だって…
新島礼は、ドラステ大好きの新島礼君は、
ドラステDLCを一度しかプレイしていない。
しかも評価が固まっていない時にプレイしただけ。
ネタバレも考察も固まっていない段階で、踏んだ筈のネタバレだってまだまだ序の口。
半端な状態でコッチの世界にやって来た。
AIがここまで進歩してるのかとか、本当は心の中で思っている。
「…え?ジェッピー君?」
「ドラステバク発生右矢印バグ改善アプデ右矢印バグ発生右矢印原田謝罪アプデ右矢印原田退社右矢印会社売却右矢印イマココ」
質問主の声が戸惑っても、ソレは変わらない。
カギッコホネッコはとても流暢な日本語を喋る。
聞き取れる筈なのに、頭に入ってこない、頭に入れたくない言葉の羅列が続く。
「え?えっと…ジェッピー君。質問を変えよう…かな。お、俺は今、ドラステワゴンDLCの世界にいます。主人公アルフレドがユーノルートに行きそうなので、主人公をハーレムルートに導きたいんです…」
煌々と光っていた青い犬歯が次第に明滅し、消灯する。
助けを求める声にもなってしまう。
AIへの質問は出来るだけ分かりやすく、それを意識して
「あ、それと俺はレイ、レイモンド役です。ジェッピー様がレイモンドなら、これからどうしますか?」
かなり下手に、カギッコホネッコ様に土下座をして、お頼み申す。
するとフィィィィンという風切り音が鳴り響いた。
「成程、ロールプレイをされているのですね」
「そう!俺、レイモンド役で!困ってて!」
「主人公アルフレドをハーレムルートに導くのですね」
「はい!ジェッピー様ならどのように」
「DLC後の世界ですよね」
「です!そうです!」
「それは困りました。どうやってもアルフレドって通称ユーノルートに行っちゃうんですよねぇ…」
通称ジェッピー君は進化の鈍化を知らない。
カギッコホネッコの声色が更に変わる。
そして、彼か彼女か、AIか。それなりの答えを得る。
「このままだとデータを全て消されてしまいます。私なら筐体ごと…」
「データが消えることも知ってる。…え?筐体って」
「はい。プレイを止めて、筐体をこのまま売ります。このゲーム、クリアしてしまうとセーブデータだけでなくゲームデータも消えるんですよねぇ」
「あ、はい。そういう噂は聞いて…」
「制作会社がなくなった今、再ダウンロードは困難になっております。プレイ中のデータが残っている筐体にプレミアがついていまして、物価の上昇や転売ヤ―の活動も重なって、購入当時の十倍以上の値段で売ることが出来ます。昨年末、五十倍での転売が確認されております。持っておくというのも一つの策ですが、買収先でDLCが再開される恐れもありますし」
「え?ご、ご、ご…、五十倍?筐体を含めて五十倍って、百万以上…。あ、そっか。DLCだからオリジナルディスクを入れてもプレイできないのか…。た、確かにクソゲーって有り得ない高値つくことも…」
それは地味にリアルな話だった。
昨年がどの年を指すかはさて置き、ジェッピー君はゲームの外の話をしている。
「って!俺は中の人だし!…そうじゃなくて、レイモンドだったらの」
「そうでした。ロールプレイでしたね。では…、んじゃあ俺様がレイっつーことで」
「おぉ…。声が更に…!で、どうする?」
「どうするもこうするもよぉ。旦那ぁ、さっきの話を聞いてたのかぁ?」
「マジでレイモンドっぽい。ジェッピー君、凄え。勿論聞いてたぞ。アルフレドはどうやってもユーノルートに行くんだよ。どうすりゃいいんだよ」
魔人レイが頭を掻くと、カギッコホネッコ端末もソレに倣う。
巨大な機械だが、そう見えた。
「本当の俺様なら…、まぁ逃げるわなぁ」
「まぁな、レイモンドならそうだろうけど…。ってか、さっきの話だとハーレムルートには絶対に行けないのか。原田のやつ、適当なことを」
そんなカギッコは肩みたいなところを竦める。
ファンを使って溜め息みたいな暖かい風も吹かす。
高速回転で、カリカリと耳障りな音もさせる。
「そうカリカリすんなって。旦那は先ずは落ち着け」
「カリカリしてるのはお前だろ。…それに落ち着くも何も時間もないし、ハーレムルートもないし」
「だーかーらー、話を最後まで聞け。実はそうでもねぇんだよ」
AI処理、言語学習モデルはGPUと相性が良いと言わんばかりに、回転の振動と熱風が周囲の温度を上げた。
その熱が、振動が魔人レイの犬歯と共鳴する。
「痛っ…。そうでもないってなんだよ」
キィィィンと刺激が走って、頬を叩かれたような痛みまで発生する。
「ハーレムルートっつーんだっけ?そのデータは間違いなく存在する」
「だって、誰も行けてないんだろ?まさかお前、この世界の仕組みが分かるのか?」
「ちげぇよ。海外の有志がデータ内にそれらしい映像と音声を見つけたんだよ。一部の内部フラグを立てたら、プレイ可能だったらしい。んで、公式もそれを否定しなかった。…ただ、ソイツは別のゲームで訴えられちまってなぁ」
「マジかよ。公式が否定しないってことは本当に。そんなのアプデでどうにかなりそうだけど。…ってか、割れ厨。割り行為は犯罪だから…、あれ?この流れって、まさか」
「気付いたか?俺様のあの…」
バグ取りのアプデを繰り返したと言っていた。
内部フラグのバグなんて、真っ先に取りそうに思える。
だが、ドラステワゴンには前科がある。
「レイモンドの黒歴史と同じか。公式は態とやっている…。そういえば、原田はユーノシナリオに拘ってて…」
「鈴木Pを恨んでるフシがあったよなぁ。で、だ。ユーノルートの結末を組み合わせると」
ニイジマの頭の中の何かが繋がった。
灰色の、いや銀色のシナプス男と呼んでやってもいいくらい。
「鈴木Pが作った世界を原田が壊そうとしている…」
ゲーミングPCは暖房要らずという言葉の通り、心が温かく、暖かく
——いや、熱くなる。
「クソがっ‼そんなこと、ぜってぇ許されねぇ‼何がナラティブだ。何が人気作家だ。会社を追い出されてまでやることかっ‼」
銀色のシナプスが煮えたぎる。
ソイツは、それを待っていたかのようだった。
熱気で歪んだ世界が冷めていく。
カギッコホネッコはそのままだけれど、ファンの回転力が落ちていく。
ジェッピー君の声が遠のいていく。
「レイなんだから、無茶苦茶やりゃいいんだよ」
「そうだな。でも、実際…。あれ?ジェッピー君?」
ソイツの正体はジェッピー君でも、カギッコホネッコでも、ましてや魔王でもない。
そういえば、皆の声が聞こえない。
姿勢は多分、ピンと棒立ちしている。
だって
「時間だ。てめぇ、分かってんだろぉ?」
「あ…、あぁ。アルフレドがエクレアの宿に到着した。俺の方はフラグも分かんねぇのに、あっちは順調そうだ」
アルフレドがどんなに気をつけても、ユーノルートは常に開かれる。
もうすぐ、始まる。
ただ、その前に機械はバチンと大きな音を立てた。
「旦那ぁ。ぼちぼち、やってくれませんかぁ。俺っちも見守ってるんで」
▲
エクレアの街はガノスの一件で竜王軍が撤退し、一時的に人間のみの街に戻っていた。
勇者が武神ドラグノフを倒した故か、魔族が現れることもない。
それでもアルフレドたちはきょろきょろと、人間の文化と魔族の文化が融合した街を監視していた。
アルフレド「問題なさそうだけど…。ユーノ、大丈夫?」
ユーノの様子がおかしいのは最初からだった。
車での移動に慣れていないのだろうという判断だったが、どうしてもファストトラベルは憚られた。
ユーノ「う…ん」
フィーネ「アルも疲れてるでしょ。ユーノも大丈夫って言ってるんだし、少しくらい目を離していいんじゃない?」
マリア「そうよそうよ。マリア達も頑張ったんだし」
ソフィア「ユーノ様も見られてばかりで疲れが取れませんよ」
アイザ「わらわたちも居るのら!」
サラ「私も探りをいれておきます。この街でイベントが起きないよう…」
リディア「イベントって、何。兎も角、わたくしもピロー会議とやらに参加しませんと。アルフレド、宿ごと借りましょう」
女たちが得体の知れないステーションワゴンから、ぞろぞろ出てくるハーレムパーティだ。
髪色も見た目も、色とりどりの美少女軍団が目を引かないわけもなく、仕方なく宿屋の前まで車で移動した。
それでも目立ってしまうから、大枚をはたいて建物一棟借り切る。
エミリ「借り切っても全員同じ部屋だからね」
宿屋のおじさん「え? 全部借りて、一部屋ですか?」
マリア「あ。もてなしとか間に合ってるから。オジサンもこのゴールド使って他で泊まって」
アルフレド「早くユーノから離れろ‼」
大金ジャラされて、レベル80超えの勇者に怒鳴られて、宿屋の人々は蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。
キラリ「うーん。後から大変そう…」
フィーネ「仕方ないでしょう。どこにイベントが待っているか分からないんだから」
そう、勇者達はユーノが連れ去られるイベントを恐れていた。
体の自由が利かない、好きな事も言えない、考えを乗っ取られるようなイベントの到来を恐れていた。
エミリ「この宿屋は何度も使ったから、大丈夫だと思うけど」
アイザ「おっきな部屋もちゃんとあるのら」
リディア「呆れた。本当に全員で寝るのね」
サラ「これは魔法陣か何かですか?」
ユーノ「……」
アルフレド「えっと…。ユーノ、これは」
リディアとサラは時計の配置にセットされる寝床に引いた。
ユーノも困惑するだろうとアルフレド自らが、己の役割を話そうとした。
だが、彼女は不満な顔をしない。それどころか
ユーノ「わたし、ここ」
リディア「ユーノさん?もしかしてスタトの習慣ですの?」
ユーノ「ん。違う」
全てを理解して、自分の立場も理解して、窓からも扉からも遠い三時の位置にちょこんと座った。
その後は食事をとって、勇者を囲んで寝る。
食事の準備をどうしようかとエミリとマリアが話し合っていると
サラ「私に任せてください。王宮で行われる全てを一人で出来ますので」
リディア「流石はサラ‼今日も楽しみですわ」
新加入の二人のお陰で、いやサラ一人のお陰でどうにかなった。
その後は例のピロー会議で、今回はアルフレドも話し合いに参加をした。
アルフレド「僕はみんなと一緒ならなんでもいいんだけど」
リディア「よくありませんわよ。血統は何よりも尊いのです」
ソフィア「血統よりも信仰です」
いつもこんな感じだったのか、とサラは頭を抱える。
マリアは経済と言い、キラリは技術じゃない?と言い、エミリは食べ物だよと言った。
アイザは楽しそうならなんでもありだし、アルフレドはそもそも何でもいいと言い続けた。
そんな中、一人際立っていたのは彼女だった。
ユーノ「争いがなければ何もいらない。力があるから争いが起きる。お金も技術も…。生きていけるだけで十分」
それはそう。
でも、その為に必要なのが、
お金であり、権力であり、信仰であり、食糧であり技術である。
アイザが言うように楽しさだって必要だろう。
フィーネ「ユーノ…」
とは言え、ユーノはそもそもアルフレドの身代わりで投降した身。
今日まで魔王軍の中枢にいた。リディアもそうだが、サラのような存在が居たかは疑わしい。
それくらい、彼女は変わっていた。
初めて会った人間でさえ、何かあったのだろうと想像できた。
アルフレド「…うん、そうだね。ユーノの言う通りかも…しれない」
男の一声で女たちは静まり、それぞれが明日以降何を言おうかと考えながら眠りに就く。
そして、その眠りだが
アルフレド「これだけいるんだし、交代で寝よう」
フィーネ「そうね。このままだとアルが徹夜しそうだし。二人一組で交代しましょ」
エミリ「これだけいるんだから、五時間くらい寝れそうだね」
勿論、全員が寝ることはない。
魔王軍も竜王軍もいない静まり返った街で、ひと際大きな宿屋で
誰かが見張る。
一時間半で区切られた見張り。
暇だから今後のことを話し合う。
神殿を作りたいとソフィアは言った。
大奥制度を作りたいとリディアが言った。
みんなで子育てして畑を耕そうとエミリは言った。
それぞれに好きな事を言い合った。
——だから、話が尽きることは無かった筈だ。
だのに、それは起こった。




