ロの字トーク
武神ドラグノフは崩れ落ちた。
ピクリとも動かなくなった。
同時に全身を駆け巡るのは大量の経験値だ。
アルフレドの懐にゴールドが追加されてもいる。
だけど、勇者はそんなこと気にせずに、気付かずに、幼馴染に駆け寄った。
「ユーノ、おかえり!」
「…ただ…いま」
「うん。それじゃ、皆。一度、安全な場所に戻ろう」
ユーノを助けて、それから世界を救う。
これが旅の間で勇者アルフレドが言い続けてきた言葉だ。
ソフィアを育てたミッドバレイ大修道院の伝承はリディア姫を救い、魔王を倒すというもので、魔王城に入ったら魔王を倒さなければならないというものではない。
DLC前だって、リディア姫救出後は魔王城に直行することはなかったし、恋愛ベースのRPGという趣旨を考えれば、これは世界の意志に逆らうものではない。
「さんせーい。アタシ、すっごく疲れたぁあ」
「死ぬかと思ったしね。えっとユーノちゃんだっけ。お蔭で助かったよ」
勝利とはいえ、負けイベントを経験しての勝利だ。
精神的な疲労、肉体的な疲労、ありとあらゆる疲れが全員を襲っていた。
「えっとつまり…。ユーノが覚醒して、ユーリって王子のところから逃げ出せたのですわね」
「ご自分の力で。私が役に立つこともなく、私は一体」
「いやいや。サラさんが扉を開けてくれないと城にも入れなかったわけで」
「みんな、気を抜きすぎ。また連れていかれるかもしれないわよ」
「キラリ様、お願いします。私の破魔の力も底をついていますので」
城を出て、周囲を警戒しながら歩く。
プレイヤーはファストトラベルを指示したが、勇者はソレを使わずに車での移動を選択した。
「僕には気を使わなくてもいいよ、ソフィアさん。デスモンドの時みたいに連れていかれないように?って言っても、ユーノさんって僕たちよりずっと強い。このスコープ。いよいよ壊れちゃったのかな。ユーノさんのステータスが見えない。見えないんじゃなくて、測定値を振り切ってるって感じかな」
「そのスコープ。わらわもみたいのら」
「駄目だよ。あちこちにミサイルが飛ぶボタンがついてるから」
「えええ?そうだったの?スコープはスコープにしなさいよ。危な過ぎるでしょ」
「そんな事言われても。他の人が触るって発想がなかったんだから、仕方ないよね」
「滅茶苦茶な理屈ね。お蔭でエクナベルの資産が動くようになったのは有難いけど。ねぇ、勇者様。ファストトラベルで帰らない?」
「あら。わたくしもファストトラベル使えますわよ」
「ちょっと、お姫様」
ヒロインの一人がそう言ってる。
他のヒロインも同じ目で勇者を見るがかぶりを振る。
頭を振っているのに、瞳の位置は変わらない。
なんだったら、瞬きしている様子もない。
「…イベントが起きるかもしれない。だからゴメン」
アルフレドは視線を切ることさえ嫌った。
スタトでの経験、そしてデスモンドでの経験。
努力とか、注意とか、そういうのを全て無視してソレはユーノを奪いに来る。
その時は決まって、ユーノは近くに居ない。
ファストトラベルの原理も知らないから、単に怖かった。
「そう…よね。なら、キラリに頑張ってもらうしかないわね」
勇者は一人だけ、ドラグノフ戦の緊張感を抱えたまま。
幼馴染のフィーネは肩を竦めて、ソファに深々と座り直した。
実際、車移動中も回復はしているのだし、宿屋に泊まる必要があるかは分からないのだし
「僕一人は限界あるよ。サラさんって同じ半魔だよね。気配とか分かる?」
「…すみません。私は半魔と言っても、四分の一魔、くらいなので」
「え…?そういうのあるんだ」
「ある…らしいね。僕のスコープも確かにそう示してる」
「へー。マリアにも見せてよー」
「マリアには分からないんだー。この車ってエクナベルのものでしょー」
「エミリ、ちょっと棘があるよぉ。マリアは敬虔な信徒で、悪魔の研究はあくまで資産で」
実際、疲れはある。
とはいえ、気持ち悪さとは正反対の安堵
「はいはい。そういえばキラリのスコープで見えるものが増えたのは、秘密の塔の戦いの時だったよね。あの時何があったの?」
「落ちてたパーツを拾って、スコープの端子に挿した」
「そんな拾い食いしたみたいに。危なくないの?」
「悪魔の研究の結果、魔王軍が生まれた。こっちにパーツが売ってるのもそういうこと。色々挿したら強化される。その結果、僕しか使い方が分からないものになった」
キラリはスコープで辺りを見て、何もいないという結果を見て、同じくソファに座り直した。
そもそも、今のパーティに敵う魔物はいない。
大きな山場を越えた実感もある。
だって、そうだろう。
「あーね。それでアークデーモンの正体が分かったのよね。でも、そもそもさ。あのアークデーモン、じゃなくてレイってやつのせいよね」
魔人レイと勇者アルフレドとの会話は全員が聞いている。
当時は全員、車から降りていたから当然聞いている。
アレは勇者に、仲間とユーノのどっちが大事かを何度も問うた。
でも蓋を開けてみれば、順序が違う。
アルフレドが宣言したように、先にユーノの救出が完了できたのだ。
「確かに‼ユーノちゃんを助けられたし‼あとは魔王を倒すだけ」
「っていうか、ユーノさんに助けられたんだけど」
「キラリはまたそうやってひねくれた事を言う。細かいことはいいのよ。ユーノちゃんがここにいるってのが重要なんだし」
誰が一番とか、そういう話し合いは解決済みなのだ。
アルフレドが伝承の勇者、女神メビウスの使徒。
しかも正当な王位継承者という、余りもな権力パワーでどうとでもなる。
「人間を辞めるーとか言ってたし。ただ、羨ましかったんじゃない?」
「悪ーい顔してたし」
「恨まれても仕方ないかも…しれません。私たち誰一人気付かずに…、見殺しにしたようなものです」
「アレはムービーイベント。世界の意志には逆らえない。恨むんなら筋違いだし」
その後のこと、世継ぎとか住み分けとか、面倒臭いことはまだ考えてはいない。
今はそれでも十分だった。
「ユーノちゃんかアタシたち、どちらかしか助けられない!みたいなことを言って勇者様を怖がらせたけどぉ。そんな未来、来ませんでしたぁ」
「あたし達じゃなくて、あたし達と世界全部だったよ。どんな状況よ、って感じ。ソフィアも考えすぎだよ。運転手さんは大して活躍してなかったんだから。うんうん、アレは大出世だよ。魔界で楽しくやってくれるって」
遂に九番目のヒロインが加入し、ステーションワゴンの座席は超技術でロの字に並ぶ。
十人いるから全員が話さなくても永遠と会話が続く。
幼女アイザは話の流れについて行けないし、リディアもサラも会話に入らない。
ひねた性格のキラリも入らずで、銀色の少女が話に混ざれなくても不自然ではない。
「そう…ですよね。人間のままでしたら、王位継承権もややこしくなりそうですし」
「あ!それだよ!あたしたちがアル様の対等の妻になる為の法整備とか、リディア姫にやってもらわないと!」
「そうですわね。わたくしに」
「えー。それこそ、王族権限で好きかってされそう。ここはアタシのお父様に」
「それこそ金持ち権限で都合良くされそう。フィーネ、やっぱソフィアがいいかなぁ。…フィーネ?」
ユーノはエクレアに、進行方向に目を向けて、顔を向ける。
アルフレドは目が乾くか心配なほど、ユーノを気にしている。
「フィーネ!今後のことだよ」
幼馴染の二人をフィーネは見つめていた。
そんなフィーネは空色の長い睫毛を跳ね上げて、目を剥いた。
「今後?え?」
「え?じゃなくて、未来の話!ソフィアに任せるのが一番よね」
これ以上の未来はない。レイはただのレイ。
当時は王族だったとか知らなかったし、本人も適当に言ってたし。
「アル様を九等分するわけにはいかないでしょ。結婚するにしても教会だし、修道院に行ってみる?」
「あ…、これからの話…の方ね。えっと…、修道院は良くない噂があるから、どうかしら」
「育てられた身としてなんと言えば良いか。お恥ずかしいですが、その通りです。魔王軍との繋がりも…、おそらく」
「その噂、やっぱり本当なのね。だったら、ユーノを連れていけない…わね」
アレは予言者ではなく、神の意志でもなく
若しくは予定調和が狂ってしまったとか
「…それ。本気で思ってる?」
「あれ。キラリ、聞いてたんだ」
「目の前の会話くらい聞こえるし。さっきも言ったけど、僕たちはユーノに助けられたんだよ」
「そうですね。あの奥には魔王が居た筈です。魔王の間を通って、魔王軍最強のドラグノフの動きを封じました」
そうかもしれない。
予定が狂ったのではないか。
半魔二人が言う通り、透明なユーノは銀色のユーノになって運命から逃れた。
因みに、フィーネがただ一人悩んでいるのではない。
「えっと…、安全な場所ってどこだっけ」
「アーマグは駄目ですね。魔王軍の裏施設があります」
「僕の街も駄目だよ。魔物が裏で跋扈してるし」
賢者たちは皆、見えない手で頭を抱えていた。
彼女に、九番目のヒロインに何があったのか。
彼女は語らないし、彼は聞かないし。
「ネクタならいいでしょ。アタシんちは広いし」
「アズモデって悪魔が出て、いっぱいいっぱいだったじゃん」
「そう言えば、アズモデとは戦っていませんね」
彼が聞かない理由も、なんとなく分かる。
ユーノは魔王軍の王子ユーリに攫われた。
何をされたかなんて、簡単に聞けるだろうか。
「ならあたしんち。ギリー農場なら食べ物に困らないし」
「ギリー農場に現れたのは、ユーリ王子とドラグノフだったんでしょ」
「それはそうだけど。でも、そもそもスタトで攫われたんだよ?あたしが知ってる限りの世界の西の端…」
——ただ、この会話には意味があったらしい。
もやもやした気持ち悪さを発散させただけではない。
頭の中が少しずつ整理されていく。
何より、最強の悪魔ドラグノフとの戦いに勝利したご褒美がある。
「今さっきまで東の端にいたのよね、アタシたち。世界を旅したって凄くない?」
「旅の殆どが車移動だけどね」
「そんなことないし。ネクタまでは歩いてたんだから」
「あ、スタト襲ったのはあの女悪魔…、アイザちゃんのお姉さんだったよね。あの悪魔、どうなったのかな」
「…ご、ごめんな…さい。魔王の命令を聞かないとわらわの命が…」
「大丈夫よ。悪いのは全部魔王なんだから。エミリたちはアイザちゃんのお姉さんが無事かなって心配しているだけ。半魔も元魔王軍もいるんだから、ここからは平和に行きましょ」
「そそ。アイザちゃんのお姉さんって確か、エルザって言ったっけ…。ユーノちゃんのことを知ってる感じだった…かも?」
ゲームではないからファンファーレは鳴らない。
でも確実にステータスは上昇する。
記憶がほぐれて、あの言葉もほぐしていく。
魔人レイが幼少期の記憶を思い出し始めた。
同じように、彼女達もまた思い出していく。
「エルザがユーノのことを…」
「…いいえ。それ、違うわね」
そもそも長い冒険だったわけでもない。
『あの言葉』の初出はエルザでもない。
「ユーノは、——天女の透水晶。この言葉を最初に聞いたのはエルザじゃない。レイがユーノのことをそう呼んでいた…」
「天女のクリスタル…。それって」
そして——
遂に銀色の長い髪が車内で靡いた。
「…ねぇ、わたしのことを知って…いた…の?」
彼女の後ろ、フロントガラスにはエクレアの色とりどりな街並みが広がっていた。




