ルートはまだ
気付くと俺は玉座の前で仰向けに倒れていた。
ユーリの傀儡の魔王に殺されてもおかしくない状況。
にも関わらず、俺はステンドグラスを眺めていた。
「主よ。我らが主よ。世界誕生の喜びとともにヒトという種を落としくださった、愛しく母よ」
設定資料の前からそうだったけれど、設定資料によって時期まで確定された。
ここが魔王であった時間は、勇者アルフレドの年齢より短い。
「キャラ紹介を信じれば、ユーノとアルフレドは同い年。同じく信じれば、ユーリも同じ。あの女神が主と、母と崇められていた時に生まれたんだよな…」
手を伸ばし、金の粒子の残滓を掴もうとする。
でも、それは人間に与えられるものだから、カトンボ以上に捕まえられない。
ズンンンンン…
すると同時に城が揺れた。
そして俺は、ほんの数秒しか気を失っていなかったと悟る。
襲わなかったのではなく、襲う時間もなかった。
ズンンンンン…
ムービー明けのドラグノフは、ムービで語られた通り弱くなっている。
とは言え、超次元バトルには違いない。
だから、巨大空間の天井がステンドグラス、この事実が突然怖くなった。
もしかしたら割れる材質かもしれない。
ゲーム世界だから、そんなことはないと分かっている。
でも、手繰り寄せる金の素子の動きがリアルすぎて、俺は思わず立ち上がった。
君はこの世界を愛しているの?
姿は見えないのに、言葉だけは何時までも耳の中で反響を繰り返していた。
あれ、君はこのゲームを愛してるの?って言われたんだっけ
ゲームであり世界であるんだ。
なら、どっちも同じか…
◇
2mの魔人が立ち上がっても、ゼノスも2mだし、エルザも185㎝もあるしで、特別目立つことはない。
皆が気付いたのは、画面の中の銀髪の魔女の行動に首を傾げた時だった。
「おや。どうやら死んでなかったみたいだね」
「ユーリ王子と何を話してたか気になるけど、…アンタを信用するのも違うのよね」
「随分冷たくなったな。まぁ…」
勇者側に居た時と同じ。
こっちでもレイは結局浮いてしまう。
ただ、物語は終盤でキャラたちも奇怪だからと引くわけにもいかなかった。
「意味不明だ。お前も、あの銀髪魔女も訳が分からん。あの魔女はどうして態々、仲間を車から出し入れしてるんだ。全員で取り囲んだ方が早いだろう。ドラグノフは後ろの目を潰されているんだからな」
最初に感じた振動が、最初に起きた衝撃だった。
ユーリが消えた以外は変わらず、カギッコホネッコ端末の映像に釘付け
一番必死に見ているのは、可愛い息子の為に頑張った王だった。
「ドラステワゴンの中は非戦闘環境だからだよ。ドラグノフで厄介なのは、やっぱり全体攻撃なんだ」
二本の腕が動かないとしても、ジャグリングのように剣を入れ替えてみせる。
DLC以降のドラグノフは、半減されても尚強い。
「車の中は安全なの?ここまで振動が来てるのよ」
「そういうものとしか言えない。後衛の交代はターンの消費をしないから、前衛はアルとエミリで固定して、後衛は常にミナケイミル系の全体回復魔法を唱える。で、後衛がダメージを喰らったら、メンバー交代して、車の中で回復する。さっきも言ったけど、ゾンビ戦法だよ」
アイザの無事をリアルタイムで把握できる。
エルザもゼノスも落ち着きを取り戻すからこそ、違和感に襲われる。
「全体回復魔法を使うなら、やはり全員で叩いた方がいいのではないか?」
「そうね。回復しあうことになるから、後ろに退く理由もないわね」
「その全体って言葉が紛らわしくしてるんだ」
「紛らわしくしてる?それはどういう意味だい?ボクも使えるから知っておきたいんだけれど」
「ドラステの戦闘は基本的に前衛後衛、四人で戦ってるだろ。その四人を包み込むように発生させるから、全体魔法と呼ばれるけど、実際は範囲魔法なんだ。しかも標準魔法は勇者側も魔物側も同じ」
「なぁるほど。ゼノスの作戦だと、反対側の仲間に届かないどころか、ドラグノフを回復しかねない」
ゼノスだけでなく、皆が目を剥く。
魔人レイの説明は、確かにと納得するものだ。
そして、レイの特別性は殆ど詳らかにされている。
「あの女もレイと同じ。プレイヤーってこと?」
そう考えるのが自然だ。
だけど、レイは否定の意味で首を振る。
「記憶がないアズモデふ兎も角、俺もエルザも知らない何かって他にあるのかよ。お前だって意味不明なんだぞ」
「ユーリ王子と対等に話していたし、その内容も意味不明だし。アンタと同等の存在としか思えない。それに…、あの姿はどう見ても」
「ユーリ殿下は、君の話でいうもう一人のラスボス。だけど彼が使ったのは」
ユーリは今まで出ている情報以上に語ろうとはしなかったが、これは何度も登場したことだ。
「ユーリが使ったのはファストトラベル。その力は光の女神メビウスのそれ。つまりユーノルートのラスボスは光の女神の化身ってことになる」
◇
カギッコホネッコのカメラの焦点は主人公ではなく、ヒロインたちの動きを追っていた。
先ずは前衛のエミリだ。攻撃を必ず食らうから、この戦いは厳しいものとなる。
「なんとか勝てそう…。でもなんかモヤモヤする」
トラウマ級の敗北に、心がついてこない。
傷つけて、傷つけられて、回復して、血圧の乱高下に吐き気を催していた。
女戦士の後ろ、先ほどは背後に回り込んでいたマリア。
「アタシも気持ち悪い。エイチピーってやつ?それは問題なさそうなんだけど」
彼女の隣には苦虫を噛み潰したような顔のキラリがいる。
今から車に戻って、ソフィアと交代する予定だから、銀色の髪の少女と視線を交わす。
「僕のこの感覚…、それって」
「えと。ソフィア…さん…。回復をお願いします」
「…はい」
修道女も何処となく不安げな顔で、それでも価値を確信して車から飛び降りる。
「単調な戦いはわたくしの好みではありませんが」
「…これも勇者様の為」
「本当にゆうしゃたまの為?」
男一人、女九人。
紛れもなくパーティであり、ハーレムである。
女たちの顔色はすこぶる良好、だがそれぞれに違和感を抱くソレ。
最後にカギッコホネッコが捉えたのは、彼女の幼馴染だった。
「この力、本当にユーノなのよね…」
「…うん。また、…後で話す」
互いに目を合わせることはない。
気が付けば、いつも近くに居て、一緒に食事をし、一緒に育ち、一緒に男たちへの文句を語り合った。
アルフレドがそうだったように、フィーネにも彼女が間違いなくユーノであると分かる。
だのに、得体の知れない不気味さが全身を襲う。
でも、目的の一つは間違いなく達成したのだ。
フィーネはぎこちない笑顔でこう締めくくった。
「こいつを倒したら、エクレアでお菓子食べようよ。ユーノが好きそうなお店を私、知ってるから」
それは…
彼女が出来る
最大限の
──現実逃避だった。
◇
新島礼はこの場面を知っている。
画面越しだけれど、追体験をしている。
ムービーではなく、バトルシーン内で行なわれる。
ヒロインの顔アイコンから、漫画のような吹き出しが出て、それぞれの考えを述べる。
「傷付いたドラグノフを倒すのは、余りにも簡単だった。だって…」
魔人は食い入るように戦いを見つめていた。
画面を通して見るソレは、現実と乖離しているのと変わらず
自分がゲームをしていると錯覚させた。
隣に三天王が、魔王がいることも忘れて、その辺に置かれていた機械っぽい何かを握って、無意識にボタンのような何かを連打していた。
「ここでソフィアが回復を入れて、アイザに攻撃魔法を吐かせて、サラには専用スキルを使って貰って…。あ、その前にドラステ側でアイテムを使わなきゃ」
この世界の唯一の異端、プレイヤーの行動は十分過ぎるほど魔物たちを引かせていた。
今も奇妙な行動をしている。まるで勇者たちに命令をしているよう。
勿論、だから棒立ちになっているわけではない。
魔王ヘルガヌスは、ユーリがあの姿になって消えたことで頭を抱えている。
エルザは、魔人レイの言葉に狼狽えている。
ゼノスは、アイザの身の安全をひたすら祈っている。
そしてアズモデは虚無感に襲われている。
「そもそも、ボクたちはどうして戦っているんだい。魔王様ぁ。どうして人間の村を襲ったんですかぁ?ボクたちは神に近い存在になれた。それで良かったのに」
「儂に言われても…。ユーリに聞けば、きっと…」
「あ…。そろそろドラグノフが負けそうだな」
「ひっ…。勇者がここへ来てしまうぅぅうう‼」
食い入るように見つめる画面の中のドラグノフ。
長いターンは掛からない。もしかするとDLC前よりも弱い。
ただ実は、本当に倒せたかは分からない仕様になっている。
画面に死体は残らず、そのまま消える。
消えるんだから死んだようなものかもしれないが
そして画面上のフィーネが言った通り、
『勇者アルフレドは連れ去られた幼馴染のユーノを助ける為に戦っていた』
一度は戻ったものの、彼女は再び攫われた。
次に勇者が考えるべきは何か。
いや、考える時間が必要なのだ。
そもそも、初見で挑むと負けイベントに気付かずに大量のポーションを消費する。
立て直す為にエクレアに戻るのはユーザー目線でも自然だった。
忘れてはならないのが、DLCプレイヤーはDLC前もプレイしているということ。
新たなヒロインが解放されると、世界各地に新たなイベントが現れる。
「一旦イベント回収する為に、エクレアにファストトラベルで移動する…か」
新島礼はそう言った。
その様子に業を煮やして、金髪の貴公子悪魔が遂にツッコミを入れた。
「君はさっきから、何を言っている。それにボクの疑問にも答えてよ。どうしてボクたちは戦っているんだい?陛下はユーリ殿下の命令って言ったけれど、その中身を君は知っているんじゃあないかい?」
腹違い生まれの悪魔が悩ませていたのは、先と同じ疑問だった。
アズモデは大真面目にプレイヤーとやらに聞いた。
そして魔人レイおよびプレイヤー即ち中の人、新島礼はあっけらかんと
——当たり前のことを、メタ的に意味もなく口走った。
「魔王と勇者が戦ってるのは、そういうゲームだからだよ。先にゲームがあって、後からストーリーが足される。だから深い意味はな…」
「先にゲームがある…ね。詩的に言うと、神の意志、神の戯れ…」
メタい、超越的
言わば神の意志
創造神の更に上のゲーム会社、もしくは購入したゲームプレイヤー
「…あれ。今、何て言った?アズモデ」
「別に。ボクたちにも神がいる。そう作られたなら、戦うしかないと言っただけだよ」
「いや、違う。その前‼」
魔人レイは全身総毛立ちさせながら、同朋を見上げた。
「面倒くさいことを言う。でも、ボクたちの役目は終わったんだっけ?だったら別にいいか。どうしてボクたちは戦っているんだいって聞いたんだけど?」
握っていたコントローラーが、カギッコホネッコ端末だと気付いたのもその時だった。
「いや、違う。その少し後。何か言ったろ。詩的に言うと…とかの前に」
元々、ドラゴニア王家は科学技術の研究を行っていた。
その最先端とも言うべき、分析装置カギッコホネッコ。
珍しくも何ともない。アズモデは顔を顰めて、肩も竦めた。
「詩的の前?先にゲームがある…。それは魔人レイ。君が言った言葉だよ」
アズモデ以外の、狼狽している魔王はさて置き、残る二人も怪訝な顔をする。
だけど、魔人は鈍色の瞳を満月のように浮かべ、前後左右、満月の出と入りを瞼の中で繰り返した。
「ゲームだ。これはゲームなんだよ‼」
そして、本当に腑抜けていたことを身に染みて感じた。
「全部、君の言葉だよ」
「それでアタシたちはどうする?潜んでたって世界は怖るんでしょ」
「その魔人の言ってることが事実だとしたらな」
今更ゲーム内転生を疑っている訳でも、ゲームだからどうにかなる、なんて考えではない。
あのユーリの発言が脳内で再生される。
「ユーリも俺と似たような立場。そしてアイツもゲームみたいに楽しんでたんだ」
「だから。ユーリ殿下はアンタとは違うんでしょ?」
「違う。ソレは分かる。でも、これでも目一杯の譲歩なんだからって言ったんだ」
ユーリはプレイヤーではない。
でも、この世界においてさっきの話がヒントになる。
創造神の更に上のゲーム会社、もしくは購入したゲームプレイヤー
発言はメタい、超越的。神の意志。
「さっきのが譲歩ってことは、——まだルートは決まっていない。アイツはそれをゲームとして楽しんでいるってことだ」




