パーティ全員HP0。即ち負け
神・設定資料集はDLCの内容を綴っていない。
ユーリもユーノも当然出て来ない。
それに加えて、ヘルガヌス周りも多くは語られていない。
そこに新キャラをねじ込んだのは、ある意味で正解と言える。
だがゲームとして世に出た以上、そこから新たな考察が生まれるのも事実だ。
「スタトでユーノを攫ったのは、やっぱりお前か…。ヘルガヌス。お前に子はいない」
例えば、こんなところ。
生前のヘルガヌスは魔導に魂を売っていたのは紛れもない事実だ。
あと一歩、人体実験を残すところで、ルキフェが暴走するという事件若しくは事故が起きた。
魔物になった者は記憶を失ってしまうが、例外もある。
「ええい。魔族とはなんと死ににくいのか。お前達の同僚であるサラに聞いてみよ。そう言えば、あやつは裏切ったと聞く。素直に何でも答えるじゃろうが、どうでもよいわ」
ゼノスとエルザ、そしてレイモンドのケースを鑑みると、ロータスの血の濃さが要因の一つだと推理される。
勿論、記憶を消失させる薬を投与されたキラリは排除しなければならない。
同じく、半魔のサラ。彼女は排除されるべきだろうか。
「いや…。サラの記憶は信用できない。彼女はロータスの血が薄い。後から刷り込まれた記憶と…、うぐ…」
「どうでも良いと言うておる」
とは言え、考察は痛みを伴って終了した。
バージンロードに添えられた草花が咲き乱れる。
それらが再び、刺した結晶体となり、魔人の臓腑を抉る。
人間であったなら、両親と同様に爆散していただろう。
「…そういえばゼノス。お主は誉めてやらねばな」
「も…、勿体ないお言葉。ですが」
「言わずともよい。お主は裏切ると予言されておったのでな。慧眼であったぞ。もしも裏切っておれば…、ほれ‼」
余計な事を言う口を閉じさせたヘルガヌスが、今度はゼノスを褒めたたえた。
その褒美とばかりに放り投げたのは、既視感のある小さな機械。
即ち、悪魔司祭カギッコホネッコの一部である。
今頃本体は、エントランスホールの隣で待機中。
ということで、カギッコホネッコ端末のスピーカーから音声が鳴り響いた。
機械特有の人工音声ではなく、勇者たちの阿鼻叫喚、若しくは断末魔の悲壮な声か
そして今回のホネッコは本体と近いからか、裏切らなかったゼノスにこんなサービスも提供する。
するとサービスを提供された彼ではなく、隣の女悪魔が叫んだ。
「アイザ‼アイザ‼アイザ‼アイザ‼」
ドラグノフは女子供にも容赦しない。
たかが知れているイベントの彼ではなく、魔王城に乗り込む勇気を讃える為だ。
故に薄紫の髪も、高貴なる五衣も、情け容赦なく引き裂いている。
「おのれ、ドラグノフ‼…かはっ!」
生き残らせる為に送り出した大切な妹を助けようと女悪魔が飛び出す。
だが、彼女もまたヘルガヌスによって磔にされてしまう。
魔人レイと違うのは、臓腑を狙っていないことだが、身動き一つ取れないように、可動部分は串刺しにされた。
そして老爺は不快な笑みを浮かべた。
「戦った筈の者がここにおる。戦うべき者が戦わないのは裏切りと言えるのではないか、アズモデ」
「…仰る通り…です。エルザは戦わずに妹を引き渡しました」
「アズモデ。お前、正気か⁈作戦はどうした」
勿論、アイザを思う気持ちはゼノスも変わらない。
だが突然跪いた同朋に、思わず立ち止まった。
「作戦だと?…ボクはここに来てずっとあの戦いを見させられていたんだ。ボクと戦う筈の勇者が、あれだけの人間たちがドラグノフに蹴散らされる場面をねぇ‼」
確かにドラグノフは強い。
だが、1vs1の戦いではない。
勿論、1vs4の戦いでもない。
なんと、1vs9の戦いだ。
しかも全員が勇者と同じレベルで、近隣の魔物程度なら蹂躙できる力を持つ。
圧勝して当たり前と思われた戦いが、蓋を開ければ一人の魔物に手も足も出ない。
「だから聞いたんだよ。魔王軍が勝ったらどうなるのかって」
「ぐ…ぬぬ…。そうだったのかよ。つーか、よく考えてみりゃ。俺たちが勝つって話の何が問題なんだぁ?」
基本的に一本道のストーリー。
魔王軍は負ける為に存在する。
とは言え、ちゃんと設定資料に書かれている。
「一つも問題はないわい。全てを魔に染め上げて、魔物が永遠に支配する世界を作り上げる。いや、作り直すと言うべきか?」
その為の装置を持っている。
磔になっている二名は、言わば実験体。
実験体の新しい方が、小さく呟いた。
「ったく。アルのやつ、何やってんだよ」
「貴様、まだ…」
すると流石の魔王も目を剥いた。
だが、それが幸いしたのか、ホネッコ端末の文面が老爺の瞳に飛び込んだ。
だから、不快さは愉悦へと変わる。
「なぁるほどのぉ。しぶといと思ったら貴様、デズモア公とカカオの子じゃったか。であれば、生きたままの方が楽しめるかのぉ」
「クソ…じじい…。てめぇ、何を言ってる…。ぐぇ…」
「貴様は裏切り者の子じゃ。平気であちらに寝返り、ワシらを滅ぼす手管を練っておったのじゃろう?」
「あぁ、そういうことか」
「強がるな。ここへ来たのも儂の力を見誤ったからじゃ。ほれ、勇者が死ぬぞ。貴様の従兄弟の、アーノルドの、ディアの息子と娘が叫んでおるぞ」
そして魔王は魔人の生存を許可した。
酔狂な御仁、溜まりに溜まったストレス発散。
ここは披露宴会場でもあったのか、カギッコホネッコ端末にはプロジェクターっ機能も備わっていたらしい。
ただ、披露宴の演出として映し出された内容が似つかわしくない。
成人オンリーゲームをプレイした記憶もない。
血塗れか、血濡れか、もしくは血みどろなバッドエンド、高が知れてる勇者イベントの上映会…のような何かだった。
だが観客は驚くべきことに
「アル。お前の戦いはそんなだったか?」
「所詮は人間。我ら、いや最古の魔族に敵う筈なかろう。悔しいか?悔しいのお?」
視線を逸らさず、眉も顰めず、顔も顰めず、真っ直ぐにグロ映像を見つめていた。
「悔しいな。もっと粘れるヤツだと思ってたよ」
磔られ、己も血を流す。
血のみならず、愚痴まで零す。
三天王のうち、二人は険しい顔をしている。
もう一人さえ、無表情では居られないのに
「やたらと突っ込むなよ。回復をもっと意識しろ。お前の後ろには…」
「くっくっくっ…。狂ったか。よほど堪えたらしいのぉ」
男は淡々と画面の向こうの主人公に届かない命令を続けた。
ヘルガヌス魔王の言うと通り、精神をおかしくした、と皆が思った時だった。
「勝てないと分かってもどうにかしろ。負けると分かったとしても、もっと粘れよ。こっちはまだ、ヘルガヌスがただの傀儡だってことしか断定できてないんだ…」
「な、なん…」
「全滅する前にもっと情報を」
「だと…。貴様、今、なんと」
魔王さえも目を剥く、いやいや。
この魔王だからこそ、聞き捨てならない文言だ。
だが、それ前に思い切り目を剥いたのは彼だった。
黄金の目を細く、薄くして、針地獄状態の魔人を睨みつけた。
「レイ。君は何を知っている?」
「今更なんだ?俺達はユーリ王子の行方を探してる。ヘルガヌスはユーリの言われた通り行動してるだけで」
「そうじゃなくて‼あの光景を見ても何も思わないの⁈」
同じ黄金の瞳の、紫の髪色が磔に利用されてしまった女悪魔は叫ぶ。
そういえば、たった今桃色の髪を引っ張られ、引き摺られる女も似たようなことを言った。
いや、その時とは次元が余りにも違った。
「何って…」
勇者の誘導の心配がないという理由で、歯に衣着せぬ物言いだった彼。
幾度となく戦いに身を投げ出すくせに、誰よりも戦いを遠くから見ていた彼。
「あれだよ。ドラステワゴンをもっと活用しろ…、とか?」
こんな状況でも、冷徹なまでに現場を理解している彼。
「そうか。確かにあの金属体は攻撃対象にされていない。分かった。アイザにそう伝えれば」
「伝えられたら、全滅する時間くらいは稼げたかも。でも、ヒーラーが壊滅してるからもう遅い。やるなら最初から。ドラステにヒーラーを待機させて、四人パーティで戦って、戦闘不能は片っ端から車に詰めてってゾンビ戦法してくれたら一番だったんだけど」
魔王に仲間認定されたのに、アイザの為に裏切ろうとしたゼノス。
彼の足が止まる。睨みつけながら立ち止まる。
ヘルガヌス王が言うように、ソレは狂人しか見えなかった。
「随分落ち着いてるね。まるで…、君はここで勇者たちが全滅するのを知っていたみたいだ」
そう、
魔王の間で色んなことが起きたのに、魔人レイはピクリとも反応しなかった。
いや、そもそも彼は——
「…あぁ。ここで勇者は負ける」
「そんな…。アタシに教えてくれたじゃない。アレは全部嘘…?」
「嘘じゃない。ただドラグノフに負けるだけだって」
実はレイも戸惑っていた。
DLC後に追加されたストーリーをもう一人にラスボスであるアズモデが知らないとか、普通に考えていなかった。
「あれ?勇者たちは負けるって、アズモデも知らない…?」
「ふへ。ふへははぁはぁはぁ…。やはりおかしくなっていたようじゃな。儂が傀儡などと…、全く…。適当な事を言う。魔王軍の勝ちじゃ。勝ち鬨をあげねばな」
故に戸惑う。
自身の軽薄さではなく、アズモデの戸惑いに戸惑っている。
「あのなぁ。勇者が負けるからって、お前が勝つわけじゃない」
「全くもって意味不明だ。ボクたちはついていく悪魔を間違えていたのかもねぇ」
「魔王軍が勝つなら、何も心配する必要なかった‼アイザを引き渡すんじゃなかった‼信じるんじゃ…」
彼はゲームを知っている。ゲームの進行を知っている。
自明でベタ過ぎて、引っ張っても仕方のないこと。
原理は簡単だ。
——勇者とドラグノフの戦いは『負けイベント』である。
ゲームをやっていれば、いろんなゲームをやっていれば、肌感でソレだと気付く。
でも現実世界になった此処で、負けイベントの一言で片付けてしまっていいのか。
「だから違うって。パーティメンバーのHPが全員0にならないとイベントが発生しないんだよ」
負けイベント、現実に置き換えるとゾッとする仕組みだ。
人生とはやり直しがきかないもの。
そして蘇生魔法と回復魔法が存在する世界でのHP0は、考えたくないレベルの傷を負っているかもしれない。
今の勇者たちのように
プロジェクターで映し出された、虚ろな目をした少女フィーネ。
彼女は一生消すことのできない心の傷を負ったかもしれない。
だけどコントローラーを持つプレイヤーは、キャラクターの恐怖心なんて考えずに
「ダメージが通らないってとこで気付けるだろ。消費したアイテムも勿体ないし」
回復も碌にせずに、蘇生アイテムも使わずに、MPも温存し、ただ負けを受け入れる。
操られるキャラは、もしかしたらプレイヤーを恨んでいるかもしれない。
「——なんてね」
「へ?」
空気が変わる。
乾いた声がもう一つ。玉座の側の空気を伝う。
「お前…は」
「君の考えは誰にも理解できないよ。…お待たせ、父上」
重苦しい空気を楽しむような笑みで、透明な髪の彼が
「ユーリ…‼それじゃ…、ユーノは」
魔界の王子は突然、姿を現した。
そして、
プロジェクターに映し出された水色髪の少女の頭に、煌めく黄金の剣が振り下ろされた。




