その頃、魔王の間も血生臭く
勇者たちの文字の通り死闘、その少し前に戻る。
三天王と魔人レイは勇者たちが入城したと同時に別の場所から入城していた。
偶然そうなったのではなく、それは必然だった。
「見て見て‼ボクの体に力が戻ってきた」
勇者はハーレムルートの可能性を持ったまま入城した。
すると幼児のように喜ぶ彼の力が半分程度——と言ってもある状態とない状態という意味だが——戻ってきた。
「はいはい。半分ラスボス様復活おめでと」
「レイ‼俺の力は一向に戻らんぞ‼」
「…ん?ゼノスの力?いやいや、お前の役目は」
「いや、だから‼てめぇも力を得てんだろ?だったら同じくらい役割を果たした俺も」
リメイク以降自分と似た立ち回りの竜人の地団太に、エルザは肩を竦める。
それでもゼノスの疑問の内容に興味があるから、女の目も魔人に向かう。
すると魔人はバツの悪い顔をした。
「はぁ、ちゃんと説明するって。エルザには申し訳ないけど、役目を終えた四天王の一人だから力は戻らない。…で、ゼノス。本来のお前の役割はなんだったっけ?」
「なんだ、忘れたのか。ならば、何度でも教えてやる。魔王軍四天王が一人。かつ、竜人族の王…」
「じゃなくて!エクレアで何をしようとしてた?お前が描いた絵空事だと、どうなってた?」
竜人は右手で顔の前を覆い、左手を右肘に添える。
長く太く立派な尾でバチンと、王城のバルコニーの床を叩いた。
「決まっている。腑抜けたひょろがり勇者に代わり、俺様があのハーレムの主人公になる。貴様らに悪いなどとは思わんぞ。俺は生まれ持っての主人公だからなぁぁ‼」
即ち、四人が立っている場所はハーレムルートにおけるラスボスエリア。
両立するからこそ、解放された空間だった。
「それを堂々と言えるわけ?本当に呆れるわね。アイザ一筋でもなかったわけね」
「何を言う。主人公だからこそのハーレム。勿論、アイザ姫の席は決まっているぞ。姫は常に我が膝の上…」
「レイ。こいつ、一遍懲らしめて良い?」
「エルザ。言葉遣いに気を付けろ。例え、姫の姉君といえ」
「言葉遣いを気を付けるのはお前の方だよ。役目を終えたとはいえ、エルザは四天王だ。お前なんて一瞬でトカゲの姿焼きに転生するぞ」
それもこれも、意味不明なユーリの行動によるものだ。
ここまで来れたのだ。
塩どころか水とおむすびまで送られているようなものだった。
何せ、バルコニーから中に入れば、そこは魔王の間。
魔王ヘルガヌス様が座す、巨大な式場だ。
「魔人如きが馬鹿を言うな。いや、魔人程度だから馬鹿を言うのか。四天王の序列は絶対。レベルも絶対」
「その前に。お前のステータスはプレイヤー用に変わってる。ほら、ホネッコを通してみたら…。ほら、お前のHPはたったの350しかない。エルザのHPが2500だから桁が違うな。更にプレイヤー特権のレベルアップの恩恵さえ受けてないらしい。加入直後に勇者ハーレムから逃げ出したから、それはそうか」
「なんだと?…その測定値は本当なのか…。俺がエルザよりも弱い…だと?レベルで上回っているにもかかわらず。そもそもレベルが上がっていないから?…だが、あそこに留まれば…。俺の心は灰燼に帰していたのだぞ…」
因みにDLCのラスボスであるユーリのバトル場はここではない。
王が座す椅子の下に仕掛けがあって、地下に繋がる階段が現れる。
だから魔人レイが向かうのはそこ。
その前に
「アズモデ。ヘルガヌスの間への扉を開いてくれ」
「えー。ボクはここで勇者どもを待ちたいのにぃ」
「さっきも言ったろう。玉座から奥に、こっちに来なかったら、アズモデはただの意味深悪魔に逆戻りだ」
今回はどんな顔をしているか
魔王軍のトップへ挨拶をしなければならない。
アズモデは興味なさそうに、わなわなと震える竜人の前を素通りして扉に手を翳した。
そのガラス風の超硬度の扉は簡単に開く…が
ズズズズズゥゥゥゥウウウウウウンンンン‼‼‼‼
「ちょっと!乱暴に開けないでよ」
「…いや。今のはボクじゃないよ」
同時に飛び出した轟音にエルザの方が跳ね、アズモデは訝しんだ。
うじうじしているゼノスはさて置き、銀髪悪魔は溜め息を吐いた。
「ちょうど今、戦いが始まったってとこか。てか、防音はどうなってんだ。確かにドラグノフは最強キャラだけど」
「そっか。あっちの入り口はドラグノフの担当だったわね。マロンたち、大丈夫かしら」
「ホネッコ。お前も戻った方がいいんじゃないか?」
四人と機械端末が魔王の間に踏み入れるが、アズモデの顔は険しいままだった。
城を揺らすほどの戦いは、確かに色々と気にするべきだろう。
ただ、ラスボスであり、ラスボスでない彼の心中はかなり複雑だった。
いずれは邪神の力を手にする彼は、神妙な顔でこう言った。
「レイ。奇妙な事を聞くがいいかい?」
「いつだって変な事しか言わない気がするけど…、そういうわけじゃないみたいだな」
「ボクの口から言っていいのか分からないけど、もしも勇者が敗北したら、どうなるんだい?」
「はぁ?そんなの決まってるでしょ。魔王様を頂点とした世界に塗り替えるのよ。アタシたちの目的は」
「君には聞いていない。それくらいボクにも分かるからね。でも…、違うんだろう?」
ゼノスも顔を顰めているが、彼の立場はエルザ側だった。
無論、魔王軍に所属していれば当然と言える。
アズモデにとっても同じだから、本当に言いにくそうに言った。
まぁ、そうなるか
と、何度か頷いた後、レイは答えた。
「経験したことないけど、考えられる可能性は二つだな」
「おい、レイ。お前も妙な事を言う。人間だったからエルザの言ったことの意味が分からんと見える」
「いちいち突っかかるな。その可能性も否定は出来ないんだけど。俺がプレイヤーってことが前提…。そういう趣旨の話?」
魔人レイが特別な存在であるというのは、勇者側より魔王軍側の方で浸透していた。
向こうでバレたら、アルフレドが突っ走ってしまう危険があった。
魔王軍側の方が打ち明けやすかったし、その方が暗躍しやすかった。
故にレイの特異性は明らかだった。
だからアズモデは静かに頷き、残る二人も訝しんだ顔で見守る。
「先ずマシな方から。勇者たちが絶滅した時点で時間が逆行し、スタト村時点まで戻される」
「そんな…。アタシらの努力が全部無駄になるって」
「俺としてはそれでもいいがな。もう一度、今度こそ、あのヒョロガリを」
「ほんと、ゼノスは楽観的だね。ボクはそのマシじゃない方がずっと気になるんだけど」
魔王の間を歩くが、置物がとにかくデカい。
後ろ側からだから玉座の背中側しか見えない。
そこに急ぎ足で向かうのはアズモデで、彼が最も焦っていた。
そしてレイの答えは——
「マシじゃない方は、世界の永久的崩壊だよ。もう一度出来る保証はないし…。あの奇妙な空間に戻れるかは分からない。そのつもりで行動するべきだ」
妙なデジャヴの正体はやっぱりデジャヴだろう。
何せ、アルフレドになることが出来ない仕様なのだ。
その割に体がやけに動くが、彼にはDLC前の記憶がないのだから最悪のケースを考えるしかなかった。
だからレイも焦っていた。それでもアズモデの焦りとは違う。
金髪悪魔の方は狼狽に近い。
それは彼の与えられた権限のせいだった。
「だったら不味いよ。この振動の殆どはドラグノフだ。流石は最古の魔族…。ちょっとやりすぎ。四天王で最強があんなに強いって聞いてないよ、ボクは」
「だろうな。だから急いでるんだ。早く、ユーリとユーノを見つけないと」
「王子と会うために陛下に進言するんでしょ。焦り過ぎよ、アズモデ」
二つのルートが交錯する世界では、もう片方のラスボスも魔王城を掌握する権限を、何が起きているかを知る権利を得ていた。
故に途切れ途切れではあるが、戦う様子が頭に浮かんでいた。
「それどころじゃないんだよ。ドラグノフが勝ちそうで」
エルザとゼノスが、魔人レイさえも分からないのはある意味で当然と言えた。
そして彼の焦りを他所に、ついに四人は玉座の正面に回り込んだ。
そこに座すは——
「ヘルガヌス‼…さ、様…」
「アズモデと…。これは珍妙な。四天王の三人。そして見たこともないアークデーモン?儂に何の用だ」
玉座に座るのは魔王ヘルガヌス。
余りにも当たり前の演出だが、魔人レイはいつものアレ、体の硬直を感じていた。
アズモデ同様、ヘルガヌスも人間時代の記憶を失っている。
老悪魔が三歳の子供の顔を覚えている筈もなく、その成長した顔を想像できる筈もなく、アークデーモンをただ見下した。
三下悪魔の魔人が硬直してもおかしくない、とレイ自身は思いつつ乾いた喉にどうにかネバついた唾を流し込んだ。
「ユーリは何処…。いや、ユーリ殿下に会いたいんです。陛下」
「ユーリへの謁見じゃと?アズモデ、其奴をつまみ出せ」
「…‼へ、陛下。それは」
「全く。使えぬ男じゃな。エルザ、ゼノス。お前達で構わぬ。其奴らをどこぞへ飛ばせ」
ゲーム内で、ここしか姿を見せない王の姿。
強烈な違和感に襲われるが、過去を思い出したりしない。
だって、ヘルガヌスのこの態度はゲームでも描かれる。
今までの弱弱しい老爺ではないのだ。
「動かぬか。これは謀反であるか?我が息子を亡き者とし、王位を儂から奪うつもりじゃな。そうはさせぬ」
「そうじゃない…んです。ユーリ殿下と会って話がしたいだけです。殿下を襲おうなどとは」
「そうだぜ、陛下。俺達はユーリ殿下の身の安全の為に、安全な場所へご案内する為に来たんだ」
ユーリがここに居なければ、イベントは始まらない。
選択肢がないのなら、勇者はバルコニーに向かうしかない。
四人で話し合って決めたから、エルザもゼノスもここは協力する。
ドッンンンン!!!!
ここで城が揺れる。
アズモデはさておき、二人も説得する中で衝撃が走った。
そして老爺の髭がユラリと、ニヤリと、ふぁさと靡いた。
「流石はドラグノフ。忠義に厚い男。貴様らとは雲泥の差じゃな」
「陛下。このまま勇者を倒せたらどうするおつもりですか。ボクはその先を知らない」
「アズモデよ。最早、お主の助言は必要ない。我が子が、ユーリが導いてくれる」
上位存在故に、王もまたエントランスホールの状況を把握している。
案内役だったアズモデを無視して、悦に浸る。
そんな魔王に魔人は立ちはだかった。
即座に吹き飛ばされるが、ここは巨大列席椅子ゾーン。
遠くに飛ばされることはない。
だから長椅子側面に身をめり込ませつつ、レイは叫ぶ。
これを言う為に来たようなものだった。
「ユーリは誰だ。お前の子供じゃないってことは知ってるんだぞ!」
そして空気が変わる。
四天王の三人は単に戸惑うが、魔王は違った。
目の色を変えて、深い皺が深淵に届くほど、更に刻まれる。
大激怒なんて言葉じゃ表せないほどの憤怒。
「何という事を…。この痴れ者、不敬者めが‼貴様の親父と同様に臓物を引きちぎって嬲り殺してくれる!」
怒髪天を突いた殺意が、魔王の間で咲き狂う花々を舞い上がらせ、超硬度の茨付きの針となった。
「そう…か。それで俺の親父とお袋を…」
「後悔してももう遅いわ‼——苦悶の磔刑魔法」
エルザとゼノスは何もできなかった。
アズモデも同様。権利は得ても、デズモア=ルキフェの力の発動条件を満たしていない。
三人は何も出来ず、無数の刺々しい結晶体が2mの魔人に食い込んでいく姿を、ただ見守るしかなかった。
だって相手は魔王
ヘルガヌスは魔力面では最強キャラ。
ドラグノフとは違う恐ろしい魔物だ。
——勿論、DLC後の話である。




