王子の行動にレイは考える。
レイはずっと考えていた。
王子ユーリの笑みの意味を、そしてこの後の展開を
そうしている間に、駆け込み寺ならぬ駆け込み研究施設が慌ただしくなる。
「おぃぃいいいいい‼これはどういうことだ‼」
薄灰色の髪のアークデーモンに向かうその魔物の髪も薄灰色。
魔力が昂っている方は魔王軍幹部、ってか竜人。
「誰も俺のことを見もしない‼分かるか?あんなことがあったのに、俺のことを知らない奴だと思ってやがった‼」
「だーかーらー。レイは最初からそう言ってたでしょ」
「寧ろ、君の言動の方がボクの目にはおかしく映ったけど。あ、おかしいのは今に始まったことではないねぇ」
竜王は泣いていた。
そんな泣き顔は、彼らしくもない。
ゼノスにとっては、こんなはずではなかった展開だった。
勿論、幾万と繰り返された世界がなかったとして
「DLCのゼノスって、ナーフが厳しいからな。ナーフは俺に言えたことじゃないけど」
「ゼノスがゴキブリ掃除屋さんだってねぇ」
「あぁ。俺はエステリア大陸でゴキブリと変わらないような存在を片付けた。…そうか。ゴキブリ屋さんとしてアピールすれば」
「レイ、アズモデ。ゼノスのことは放っておきましょう」
幾万のDLC前世界では、大体こんなポジション
いや、流石にここまでではなかった。
「結局、失敗に終わったし。つか、どう考えても勇者主導のシナリオ。ゼノスを仲間にしなくてもよいんだから、DLC前とは全然違うゲーム。あ、そだ。ゼノス、残念だけどお前の出番は終わった」
NPCにとって余りに厳しい世界となった。
勇者に選ばれなければ、役目なんてあっという間に消し飛ぶ。
「なん…だと…?」
「そんな目で睨まれてもねぁ。あたしだってそうなんだから」
「ボクはまだだけど、ね」
「魔人レイじゃなければ、アズモデは登場しないぞ」
「だったら魔人であれ!レイ!」
「無茶言うなよ。カギッコホネッコに認定して貰ってもあのザマだぞ」
駆け込み研究施設は一人増えて、いつもより騒がしい。
今日の担当はMKBの三女ボロンだ。
漸く三姉妹の三人目。青い髪の白衣の女悪魔。
結婚式場らしいデスキャッスルの新婦側の控室に立ち寄るかもしれない、その一点で存在の可能性が残っている。
「なるほどなるほどぉ。カギッコホネッコがね。君がドラゴニアの血統を持つアークデーモン…ん?」
そんな彼女は軽く目を剥いた。
「ちょっと横になってくれる?」
「へ?今回は怪我してないし。遺伝子分析も前にカロンさんに」
「いいから!エルザ、いい?」
「あぁ、そっか。一応、あたしの部下だったわね。それにしてもボロンにしては珍し…、ちょっと!」
「全部全部脱いじゃいなさーい! 」
やはり全裸になることは当たり前。
もしかしたら、そうしないと測れないのかもしれない。
いつかの記憶なんてないレイだが、ゲームキャラの前で堂々と服を脱いでいく。
そこで気付く。
「あれ…。そういえば」
恥ずかしいという気持ちはなく、堂々としている自分がいる。
そう、ここは病院。しかもゲーム世界。
オンライン要素なんてない、クローズドな箱庭世界。
というわけではあるが、違う理由で
「もー、違う違うー。最後まで脱いでって!」
これでは確かに診察ができない。
だって、こんなにもガチャガチャでピチピチのシャツを着ているのだから
「あれ…。俺っていつからこの一張羅を着てる?」
「いつから…って。えっと最初から」
「じゃなくて!俺、一回失ったよな」
「魔物にとって装備はないものだからねぇ。勝手に再生されたんじゃない?」
ただ、エルザは眉を顰め、アズモデは肩を竦める。
二人の言う理由も、確かに納得が出来る。
女美悪魔のブーツも金髪美男悪魔のハットも、ゲーム的には復活するに違いない。
「お前たちのようにネームドならな…。ひゃ!」
その瞬間、レイの背中に柔らかい何かが触れた。
息遣いまでもが、うなじに届く。
脇から回された手が胸元のボタンを外すのだから、これは
これは完全におっっっっ……
「はい。お姉さんが脱がせてあげたわよ」
「ねぇ、ボロン。彼はね」
「分かってないねぇ。私はぁ、マロンとカロンが最終したデータも持ってるんだよぉ?…で!」
その瞬間、レイの首元に差し込まれる。
マロン、カロン、ボロンの種族はヴァンパイア。
エルザとの再会とは違って、今回は血が、力が抜けていく。
えっと…、デジャヴ…?
でも、こんなの有り得ないし…
「また測定を…?」
「そ!話によると、君はエルザが名付けしたアークデーモン…なんだけど」
青い髪の吸血鬼はパチンとアークデーモンの素肌を叩く。
もう片方の手に、カルテもしくはデータ表が摘ままれる。
「なんだけど…?」
「で、これは驚くべきよねぇ。…彼の体の数値は、何故か毎回変わっているのぉ」
「あ、あたしが力を与えたから。マロンの時とは違ってて当然かも」
「それは知ってるしぃ。驚いたりしないしぃ」
決められたゲーム世界。
その変更だけでも大したものだが、ボロンは双丘を揺らしながら否定をした。
つい目が追ってしまうのも無理は無い。
気付かれて視界を遮断されるのも無理は無い。
このヴァンパイアたちは案外お硬い。そういう生まれだ。
「あ、そうそう。アズモデの力も検出されてるけど、それもさて置き、なの!」
「アズモデ?アナタ、一体いつから」
「そもそもボクに側近がいないのもおかしい話だよ」
「んぃ?アズモデってそんなんだったっけ?って、そうじゃなくて!」
魔王軍幹部クラスは人間時代から繋がっている。
その関係値が視覚化されて、レイのオタク心を擽る。
このドラステ世界はこんなにも『神・設定資料集』のままだ。
だからこそ、分からない。
DLC前発売だから、ユーリとユーノに関しての記述が一切ない。
あの態度は何なのか。勇者がモブ扱いするデーモンに興味を注ぐ奇妙な存在──
「マロンはこう書いてる。新たに作られた魔物は不安定って…。文字だけだと意味不明だったけど」
噂や考察だけだと意味不明。
製作者の声が揃らなければ、カタチは確定しない。
──ネットの考察は違います
その一言で全てを暗闇に押し込まれることさえある。
「今の彼。四天王にも退けをとらない。魔人レイとでも呼ぶべき?」
「魔人レイ!そう!であればボクは再び、舞台に立てる!」
「アズモデ!アナタ、それを狙ってこっそり力を与えたのね」
この場は元・神になる為の研究所で、ボロンが最初に神とやらになった。
過去の話だし、神・設定資料集に描かれているのだから、間違いない出来事だ。
そして彼らはその全てを忘れている。知っているのはレイだけ
逆を言えば、決定付けられたキャラたちが決定付けられた設定を変えるのは難しい。
「もうもう。最後まで話を聞いてってば。マロンの時から不安定で、不安定なのは今も変わらないし!その振れ幅が大きくなってるってこと!魔人レイかもしれないし、ただのデーモンかもしれないし」
「それってつまり…。ん、ボロン。…どういうこと?」
「ボクの行く末は、ここに来る前と後とで、何も変わってないんだけど」
「あぁ。俺にもまだチャンスがあるってことだ。もう一度姫に」
「…いや、君じゃないんだけど。ゼノスの役目は終わったんだよね、レイ」
だからアズモデの言う通り、殆ど状況は変わっていない。
結局、二つのシナリオが並行して進んでいる。
故に、——レイはずっと考えていた。
王子ユーリの笑みの意味を、そしてこの後の展開を
「んー、どうだろ。ユーリの野郎、間違いなく俺を煽ってた。だからゼノスの件も分からない」
「やはり、な。ごぁあ‼」
「やはりじゃないでしょ。こんなにふにゃふにゃじゃない」
「ふにゃふにゃではないところを」
「…で、それはどういうことだい、レイ」
エルザに軽くねじ伏せられる辺り、ゼノスは力を、役目を失っている。
若しくは、エルザの体術の痛みを楽しんでいる。それはさて置き
「ユーリの行動がおかしい。ある意味で俺達に塩を送ってる」
「つまりあたしたちに有利な事をしていた?」
「ふぅん。塩を送ったんなら、ある意味で舐めプ。確かに煽られているらしいけど。ボクには全然分からないよ」
前提条件として、これは必要だ。
レイは一つの結論を出している。
——プレイヤーは自分ただ一人で間違いない。
「途中からムービーが始まった。ユーリはゼノスのイツマゾクを使って、無理やり自分専用ルートに誘導した」
「あたし達が蚊帳の外に置かれたやつね」
「あぁ。ただその後なんだ。俺しか気付けないことなんだけど、ムービー後にユーリが居ること自体がおかしかった」
「ボクには自然に見えたけど」
「知らないムービーはムービーと気付かない。だったらその逆も同じ。ムービーが終わったタイミングも知らなければ分からない。そしてエルザとアズモデ、それからゼノスの役目は終わっていた…筈だった」
魔人レイ、もしくはアークデーモンの視線はまだ泳ぐ。
研究所に設置された地図を一応追っているが、視線は定まらない。
皆、怪訝に思うが、次の一言を待つしかなかった。
「アイツは戻ってきた。そしてなんて言った?」
「確か、秘密の塔について…よね」
「ボクの管轄だからね。そういう意味では塩を送ったとも受け取れるけど。でも、進行上で、それは」
魔人レイの視線はエクレア、そして秘密の塔。
そのまま上に行って、項垂れる。首を振りながら溜め息を吐いた。
「ユーリ・ユーノルートはヒロインの選択が自由。秘密の塔に行かなくても、魔王城の扉は開くんだ」
「な…⁈」
ゼノスを含めて全員が目を剥いた。
魔王城の扉の開閉にはオーブが必要。
秘密の塔、リディア救出がそれについてくる。
それは共通の認識…だった。DLCまで。
だからこその
「煽り…というか。余裕。ユーリはあの場で道を決定することも出来た。アルフレドはあんな様子だったけどな」
「それなのに態々、戻ってきた。ボクたちのルートがあったとしても、自分のルートに導ける。そういう余裕…ね。確かに十分すぎる煽りだね」
「…でも、ちょっと待って。それってプレイヤー、…のレイだから知ってることでしょ?もしかしてユーリ王子も…」
「それはない。ずっと考えてたけど、ユーリはプレイヤーではないんだ」
理由の一つは、ゲーム開始時点で登場するキャラに限られること。
今回は無事に回避されたが、いくつものゲームオーバールートが存在している。
途中加入のキャラがプレイヤーになっているとは思えない。
であれば、アルフレド、フィーネ、ユーノ、レイモンドの四人に限られる。
アルフレドの件は以前に触れた通り。
フィーネは状況証拠でしかないが、プレイヤーの動きとは思えない。
ユーノはアルフレドと同様に、そもそも存在理由が明確にある。
——だけどレイモンドは違う。
DLCで大いなるナーフを受けてしまい、中途半端すぎるキャラとなった。
ゲームとは違うが、自由が利く、プレイアブルとなれるのはレイモンドしかいない。
従って、レイモンドになるしか選択肢がなかった。
そもそもユーリを決めるコマンドは登場していない。
「そう…なの…」
「正直分からないんだ。残念だけど、俺もユーリとユーノの全部を知ってるわけじゃない。だから、この世界の言葉をそのまま使ってこんな感じかもしれない。ユーリは予言者。そして以前はアズモデが担当していた、ゲームマスターか」
「やっぱりボクの役目を…。で、レイはどうするんだい?」
ずっと考えていた。
だけど結論はただ一つ。
「送られた塩を有難くいただく。最終分岐は間もなくだけど、今はリディアとサラの合流を見守る」




