人の言葉を手に入れたアークデーモン
気がつくとレイは草原にいた。
ここがどこなのか知っている。
「ザパン村…の光景」
「…ん?」
「お姉たま! おかえりなのら! わらわ、今日もがんばったぞー!ひゃ‼」
アイザはザパン村の民族衣装・絢爛五十衣を纏う。
姉の隣の知らないデーモンを見て隠れてしまった。
気弱な性格の幼女は
「人間か。実験で成長が遅れているけど、十七歳。原田はアレだけコンプラ、コンプラ言ってたんだ。当然、変更された」
「お前、アイザのことをどこまで…」
──囚われの姫。エルザの妹。魔物化すると年齢が若返る。
元々、エルザもアイザも人類神化計画の実験対象だった
半端な実験で終わったことで、アイザの成長が鈍化した…という設定に変わった。
心の成長も鈍化したから、幼子同様に怯えている。
「…いや、それはいい。デーモン。お前、名乗りたい名はあるか?」
「名乗りたいって。個体名でもレイじゃなかったか?あ…、レイだと伺っており…。え、そういえば名前決定の件がそもそも無かった…。あそこから気付けたのかよ…」
設定資料的な話。
レイは脳内でペラペラと捲る。
その時、鼻腔をほのかで甘い匂いが刺激した。
「って、え?!」
同時に首筋に軽い痛み。余りにも軽すぎたからか、心地良ささえあった。
そして現実に戻って、激しく狼狽をした。
「名付けと契約。正式には額に口付けをするのだが…、レイは背が高いから…」
「えと、お姉たまの彼氏?」
これが今回の魔人レイ誕生の瞬間だ。
まだデーモンからアークデーモンに変わった程度だが。
「ってか、俺!エルザ様に!噛まれたっ!!」
「う、うるさい。慣れていないから歯が当たっただけで」
褐色肌でも分かるほど紅潮させたエルザ。
そして、やっぱエルザもヒロインで良かったじゃん!と、記憶を無くしたレイは心から叫ぶのだった。
◇
因みに今はテーブルに三人で座っている。
正面にはアイザ、そしてアイザの隣にはエルザ。
「あの…。ワットバーンは」
「砦で番をさせている」
「そうじゃなくて。ネームドにするって、大変なことなんじゃ」
「力を与えるのが、一人でも二人でも余りに変わらない」
そして目の前には十歳下駄を履いた人間の少女。
「お姉たまを連れていく悪いやつじゃないのらね!」
「悪いも何も、…レイはあたしを助けてくれた。レイが居なかったらこうして、アイザと話すことも出来なかったの」
因みにレイは理由をここで知った。
肩を跳ね上げて驚いた。
勿論、助けたことは分かっていたが。
「えと、なんで俺…だと?」
「魔物は簡単には死なない。特に四天王クラスになると。アレだけ断片化されても、コアが無事ならね。どうにか意識を保っていた」
「マジ…か。あの状態でも意識があったのか。だったら分かるだろ。助けたのは俺というよりあのイベントだ」
「確かに、そうかもね。でも、レイは確信を持ってあたしを運んでいたわ。あの場に投げ込めば、あたしが助かると分かっていたんでしょう?」
鈍い痛み。
それは魔物が死ににくいと知っていたから。
ムービーってそんなものだから。
決められた未来だから。
いつものデジャヴだが、いつもより目眩を感じていた。
「かもしれないくらいだ。運が良かっただけだよ。それより…。名前をくれてありがとう。これで漸く…。…うぐっ、」
今度は強い痛みが走った。
しかも横から。さっきのも横からだったと、レイというアークデーモンは思い直した。
「わらわも話したいー。二人で難しい話、しすぎなのら!」
「アイザ。いつの間に…」
二対の黄金の瞳。姉妹ではなく、実験の影響だ。
血の繋がりを強いて言うなら、髪の色が紫系統であること。
それはさて置き、
「あれ?青く光らない。俺はレイモンドじゃない…」
「ん?レイではなく、レイモンドが良かったの?」
「違くて…。レイはレイなんだけど」
「レイはなんなのら?」
「ワットバーンと同じよ」
「アークデーモンのつおいのってこと?」
即ち、魔人レイモンドではない。
レイモンドは本当に死んでいるのかもしれない。
ここから先、人間が魔物に変わった事例が多く登場する。
当時のレイモンドは、唯一無二に等しい存在だったのに、人間から魔物に変わるパターンまでもが希釈されている。
「勿論、強いわよ。噂の勇者に対抗できるくらいには。だからレイ」
そして今回も、またやって来る。
姉が妹を勇者に差し出すシナリオだ。
ただ確かに、今回の設定なら少しは自然な流れになる。
「アイザのことを頼みたいの。アイザは人間なの。いつまでもここには居させられない」
「なら、お姉たまも」
「アイザ。分かっているでしょう?あの怖い男は——」
ここであーだこーだ、と説得。
若しくは主役級であるレイモンドの格をちらつかせて世界を騙す。
以前は苦労して、バグも利用して、やっとのことで打開した。
その時のノウハウは記憶と共に消し去った。
でも…
「それなんだが。俺もアイザに賛成。エルザも勇者と戦わずに逃げるべきだ」
「え…、だ、駄目よ。それが出来たら一番なのはあたしも分かってて」
「分かってるならそうすべき。その怖い男ってアズモデのことだよな」
「そうよ。魔王軍の四天王、参謀のあの男は」
今回の件は違う。
レイは最初から、死を選び、裏でゲームを進行させようと考えていた。
勿論、前回も考える時間はあっただろう。
でも違う。考える為の材料の数が全然違う。
「二つ目のプラン。アレはやっぱりおかしい」
「二つ目のプラン?突然何?今考えることじゃ…。確かにアズモデが送ってきたと言ったけど」
「なら分かるだろう。あんなのアズモデらしくない。なんで未定のプランをわざわざ入れた?」
「何が起きるか分からないからでしょう?実際、あたしも予定外の動きに殺されかけた」
魔人レイではなく、アークデーモン・レイは肩を竦めた。
エルザの魔物レベルは38。人間よりもステータスは高い。
即ち、知力も。それでも分からないらしい。アイザのことで頭がいっぱいだった。
そうかもしれないし、それさえも同じ意味かもしれない。
「アズモデらしくない。アレにはアイツの私情が含まれていた」
「レイ?一体、何を言って。アズモデは元々、自分勝手なヤツで」
「だけど、ペース管理だけはやけに厳しい。厳しいって言うかアレだな。自分の手の中で動いてるコマを見るのが好きなんだ」
エルザは口を開けたまま、首を傾げた。
レイの話が分からないではなく、レイが話すのが分からない。
部下が自分より優れていた、とか考えない訳では無いが、異様。
「大体、想像はついてるんだ。左は勇者のスケジュールで、右の奇妙なスケジュールは王子。ユーリのだろ?」
「アナタ…。王子のことまで知っているの?マロンの話によると、ただの人間の魔物化よね。人間がどうして」
「俺がどうとかって、この際どうでもいい。予言師とか神託がどうのと言われても意味なかったし。ってことで、アズモデと話したい」
「ってことでって。あたしの方が立場は下だし、レイはあたしの部下だし」
因みに話している間、アイザはずっとレイの脇腹を殴っている。
頭を撫でたい気持ちをぐっと堪えるが、
「お姉たまとさよならしなくていいの?」
「…しなくていいように、最大限の努力をする…、って弱いか。ちょっとだけ離れちゃうかもだけど、その後はずっと一緒に居られるようにする」
結局、柔らかな髪を撫でて、やはりデジャヴを感じた。
その間、一度もレイモードは発動しなかったし、アイザのその後のことを考えると、とっても寂しいとも感じた。
「アイザが戻りたいと思ったら…、の話だけど」
「わらわはお姉たまとずっと一緒がいいの!」
「アイザ。だから、ね。アイザはこれからは人間として」
勇者好感度マックスになってしまう。
まるで娘を嫁に出す気分だが、そこでエルザの本当の目的を漸く理解した。
「俺って今、人間の言葉を話せてるってことか」
「その為にアークデーモンにしたんだから、当然でしょ。アイザを勇者たちに引き渡す役目をしてもらうつもりで」
その場合、ワットバーンもエルザもいない。
レイというアークデーモンも必要ない流れだが、エルザは必要だと感じたのだ。
彼女がそう思った感性こそ、これから必要かもしれないことだ。
「役の運命はちゃんと見えている…のか」
「役というより役目よ。あたしは」
「とにかくエルザ。これから先のことは分からない。だから…、ワットバーンを呼んで欲しい」
「ワットバーンを?でも、アレには見張りをしてもらってて」
「なら、こっちから行くかな。言葉も話せるらしいし」
DLC以前では導けなかったことも、今ならば可能だ。
理由は勿論、二つのシナリオが決まらないまま進むようになったから。
レイがアイザに手を差し出すと、驚くべきことに直ぐに飛びついた。
エルザは頭を抱え、そのままの体勢で連絡をすると、彼も直ぐに現れる。
「エルザ様。お呼びですか」
「彼があたしが言ってた男…」
すると即座にアークデーモンは頭を下げた。
ワットバーンが登場する以前に起きた、最初のエルザ隊の壊滅。
エルザは肉体を取り戻して、こちらへ戻って説明をしていた。
彼にとって上司エルザは命を捧げても良い存在だ。
「ちょ、ワットバーン」
「この度はエルザ様をお助け頂き…、誠に感謝しております。この恩は決して」
「だったら、その恩をさっそく。勇者は今、どこにいる?」
「恩…?勇者?」
「勘違いするな。恩が勇者の居場所を教えること。それ以上でもそれ以下でもない」
「承知しました。…砦の者に調べさせたところ、レベル上げがもうじき終わるかも、と。二日後にはここに」
その言葉にエルザは険しい顔をし、アイザは悲しそうな顔をした。
胸を撫でおろしているのなんて、たった一人しかいない。
「良かった。エルザ、アイザ。こっちから迎え討つ。今からもう一度、チョリソーに向かうぞ」
「レイ!勇者はつおい。お姉たまが…」
「心配するな。勇者と戦うのは俺だ。その時、アイザをうまく引き渡す。エルザは」
「アズモデの相手…ね」
「それでは私は。私もエルザ様と共にアズモデ殿に」
魔人レイではない。レイモンドではない。
だが人語を手に入れた。
レイはもしかしたら今回、初めて楽しいと感じた。
「アズモデも俺だよ。エルザは遠目に待機。ワットバーンは…、エルザの近くでいいか」




