DLCっていうか、完全版商法
俺はこの世界の存在を知っている。
多分、かなり深いところで繋がっている。
レイ……レイ……レイ……レイ‼‼
誰かが呼ぶ声がする。
目を覚ませと誰かが言っている。
「ん…」
現在のレイの記憶について解説しておこう。
前提として、彼はこの世界で起きた全てを忘れている。
では、どうしてあんな決断をしたのか。
それはさて置き、返事をしなければならない。
だからレイは、前と同じく見事にフライング土下座を成功させた。
「す、すみませんでしたー。たぶん体調不良か、なんかですぅぅぅ。脇腹痛いしぃぃぃぃぃ」
何も覚えていない。
ゲームをしていた夢でも見たのかもしれない。
それくらいには空っぽだった。
「レイ、本当に大丈夫? 」
だが、レイは素直に顔をあげた。
「だ、大丈夫だ」
目の前には水色の髪の美少女がいる。
そんな彼女の名前はフィーネ、それくらいは覚えている。
ゲームを知っているんだから、覚えていて当然だ。
「本当…?アルフレド君の攻撃…、決まった気がしたけど」
「のわっ!俺、飛びすぎ?痛っ‼」
そして、四つん這いからの驚いて飛び上がる。
ありえないくらいの高さだった。
だが、驚いたのはとんでもない身体能力にでも、フィーネの美しさにでもなかった。
困惑して目を白黒させていると、心配そうな顔の一組の男女と目が合う。
「アルフレド、フィーネ。あの…、そちらはどちら様?」
外だから絶対に自分の家ではない。
彼の中では自分の部屋から記憶が連続している。
我が家に水色髪の美少女と金髪の美少年を招いた記憶もない。
金髪の彼は頭をぽりぽりと掻きながら、苦笑いをしている。
「ごめん、レイ。そんなに強く叩いたつもりはなかったんだけど。あたりどころが悪かったかな。フィーネ、回復魔法をレイに掛けてあげて」
「はいはい、分かってます。最終的には私が面倒見ないといけないんだから。レイが負けるの分かってたし。全く、いつもいつも。村長さんにはお世話になっているから、仕方ないんだけど。…治癒魔法!」
レイは少女の両手から淡い緑色の玉が浮かび上がる瞬間を目の当たりにする。
脈打つ痛みが光に反応して、徐々に引いていく。
「これが…、魔法?」
いや、そんなことよりも記憶の話だ。
レイは世界が変わったことに理性で驚いても、深層では驚かなかった。
痛いから夢じゃないとか、そういうんじゃない。
これが知らないのに、知っている感覚があった。
中身は失っているが、その痕は間違いなく残っている。
記憶の多くを占めていた異世界の外骨格が、屋台骨がその体に馴染んでいた。
だから本来なら混乱する程に戸惑う部分はすんなりと呑み込める。
「レイ?どうしたの。フィーネの治癒魔法。 何回も同じことをしてる。最近はほとんど毎日、それもレイの方から。レイが怪我をしてフィーネが治癒をする。ここまでが訓練……」
「へ…。えと…。はい…。そう…ですよね」
だけど挙動不審になる。
何万回も繰り返したから、記憶喪失くらいで体は反応しないのに、だ。
成程、全然分からない。
分からないが知っている。
それはアルフレドとフィーネと同じ条件の筈なのに
「レイ?ユーノに厭らしい目を向けないで。それに私の治癒魔法は訓練じゃないから。ユーノ、ここは私に任せて」
たった一人の少女を前に、全細胞が過剰反応する。
余りの放出量に、目を剥き硬直してしまう程だ。
「フィーネ、気にしすぎ。レイの厭らしい目はフィーネに向いてる」
「そうかしら。とにかく、ユーノは体が弱いんだから、村に戻りなさい」
「だね、ユーノ。今日は結構遠くまで来てるし。レイの後始末は僕達に任せて、先に帰ってて」
桃色に澄んだ瞳が揺れる。
透き通る長い白すぎる髪が地面スレスレを過る。
運動後もあって汗が出るくらいの暖かさ、それには不釣り合いのコートを纏った彼女が
——DLCで追加された新ヒロイン、ユーノ。
フィーネの言った通り、全身が目になったと錯覚するくらい奪われた。
アルフレドもフィーネも現実では考えられないほどの美形だ。
美形度で言えば、恐らく同レベルだ。だのに、言葉を失う。
この世のモノとは思えない美しさに、脳神経が簡単に麻痺を起こしてしまう。
「え…、あ…、俺は…」
「ちょっと、アルフレド。私の回復魔法、効かないみたい。どうしよ」
「うーん。僕の一撃、いいところに入っちゃったのかも。 なんていうか、今日はやり過ぎてしまったのかも…、ごめんね、レイ」
頭を下げる美少年、そして心配してくれる美少女。
彼らは本当に気持ちが良いほどに善人だ。
二人はお似合いのカップルにも思える。
羨ましいよりも微笑ましいが先に来るほど、眩しいほどに輝いている二人だ。
それはそう。
フィーネは元祖ヒロインなんだから。
確かにリメイクされて、少々影は薄くなったかもしれない。
だが、それでも攻略難易度は一番高い。
故に大問題だった。
「いや…、俺も…ゴメン…」
「ちょっと。今日はやけにしおらしいじゃない。遂にアルフレドに勝つのを諦めたって感じね。アルフレドは本当に強いんだから」
「そこまでじゃないよ。僕もまだまだ…。皆を守れるくらい強くならないと」
「ユーノを守れないって?」
「え?その…。ユーノだけじゃなくて皆をで…」
古参の九割以上がバッド評価を下した。
その理由が始まって早々、顕現してしまっている。
「…あれ、始まってる…って?そ、そうだ。ゲームはもう始まってる‼」
「ちょっと‼いきなり大声出さないでよ、ビックリしたじゃない」
「鈴木Pは独立して、社長も変わった」
「レイ?スズキ…なに?レイも今日は早く休んだ方が」
異界の事情を突然喋り始めたら、主人公とヒロインもそりゃ驚く。
それでも異界出身の男の口は止まらなかった。
さっき失った分を取り戻す勢いで喋り続ける。
「確かに俺はアリって言った…」
「アンタ、ちょっと。ユーノのことも」
「でも、無しだ」
「無しって…。ユーノはイイ子だよ」
「新型携帯ゲーム機に新たな市場を求めた完全版商法。その批判を受けてのDLC対応なんだよ」
「なんだよ、じゃないわよ。さっきから訳が分からないし」
DLC目線で見ては駄目。
レイは異界の住民にとって見当もつかない言葉を並べて、状況の深刻さを感じていた。
そして、
「不味い。急いで戻らないと…」
この考察する時間も実は与えられていない。
それこそが問題だった。
「ねぇ、アルフレド!見て! あっちから煙が上がってる‼」
「あっちは村の方だ。…不味いな、山火事かもしれない。ユーノが危ない‼」
新ヒロインが最初からいる状態で始まるのだ。
クリア後か、クリアちょっと前に追加される程度のモノじゃない。
「二人とも走れ」
「言われなくても」
「分かってる‼」
命令するまでもなく、二人は走り出していた。
レイも直ぐに立ち上がって後を追いかける。
気持ちの悪い汗を背中に感じながら
◇
ここは彼らの村からかなり離れた場所だ。
煙が出ているのは三人が、いや四人がまでは少し離れていて、美男美女が血相を変えて走っている。
「やっぱり村。急ぎましょ!」
「うん、ユーノ!どこ?」
そしてレイは最初の関門にぶつかっていた。
レイモンドのスピード能力は、人間時代の仲間たちの中で一番遅い。
ただ走るでは、流石に追いつくことが出来ない。
二人を追い越してユーノを確保するなんて、絶対に無理な身体能力だ。
「なんで俺はレイモンドを選択したんだよ…。こんなことならアルフレドで良かったじゃねぇか…。あっちには有名バッドエンドの分岐もあるし」
新島礼の時からの記憶が連続している。
レイモンドなんて選ぶはずがないのに、アルフレドでは駄目だと確信を持っていた。
とは言え、理由の一つには察しがついている。
「アルフレドだと確かにどうにもできない…か」
アルフレドとして過ごした日々も、レイモンドとして過ごした日々も忘れている。
だけど、ゲーム自体はプレイ済みだし、追加エピソードもそれ以外も全てプレイ済みだ。
だからプレイヤー目線では、アルフレドにはどうにも出来ないと映る。
「なんて考えたとこでレイモンドが魔物になって何してたかなんて、俺には分かんないし…。って、二人ともどうした」
レイがあーだこーだと考えていると、能力値とは裏腹に背中が見えてくる。
二人に追いついたというよりは、二人が立ち止まったからだ。
「レイ、遅いわよ。それよりアルフレド!」
「うん、…不味いね。煙は村からだし火も見える。それに…」
記憶は無くとも、体はその現象を感じ取れる。
若しくは、この世界に僅かながらの記憶が残っているのかもしれない。
それには気付けないレイだが、ちゃんと顔は顰めていた。
「ユーノを止められなかったのか」
「そう。あの子、どこにもいなくて」
「早く行かないと。ユーノが心配だし」
村全体がここからなら、なんとなく見える。
ただの火事ではない。大火事だ。
スタト村は木造建築が多く、殆どの家が燃えないとあぁはならない。
「なんだよ、これ…」
「そう。直ぐに行かないといけないんだけど」
「ユーノの姿がどこにもなくて」
木の焦げる匂い、肉が焼ける臭いさえ鼻腔に届く。
——こんな経験を新島礼はしていない。
そして頭に引っかかっているのは、残念ながら二人と次元が違う。
レイの「なんだよ」は勿論、奇妙な違和に触れていたからだ。
既視感の意味を見出せと記憶野が訴える。
訴求は脊髄にも向かったらしく、指が勝手に道を示す。
「ここを突っ切れば、村に行ける。ユーノはそこを通ったんだ」
「ええ?ユーノは森を突っ切ったりは」
「そっか。あの子も煙を見て…。アルフレド、急がなきゃ!」
アルフレドがレイの思い描いた動きを始め、フィーネも彼に追従する。
その動きにレイの心臓が強く脈を打った。
「フィーネの水魔法ならなんとかなる!ここを進もう!」
「分かってる。私は魔力を貯めておく。本当はレイも一緒に来て欲しいけど、今は無理をしない方がいいわ。私たちが必ずユーノを!レイの家族を、私のお父さんとお母さんを助けるから!」
二人の正義感をレイは知っている。
少し程度ではない。ゲームの知識以前に知り過ぎている。
そして今までなら、ここで全力で止めていた。
「アルフレド、フィーネ。…村に魔物が出たかもしれない。急ぐのもいいが、気をつけろ」
だけど今回は止めない。
今までであれば、この道は無意味なバッドエンドだった。
『絶対に譲れない戦い』があった筈なのに、新ヒロインの登場と行動で意味のあるイベントに変わる。
「魔物が?どうして?」
「可能性の話だ。二人とも無理だけはするな」
「…うん。そうかもしれない。レイも頑張って追いついて‼」
レイは間違いなく正解を、真実を知っている。
そしてこれも無意識にだが、悟らせずに二人を先に行かせる。
自分でも驚くほどの、冷静な思考だった。
「イベントはもう始まっているから、勇み足バッドエンドは発生しない。どう足掻いてもスタト村は襲われてるし、勇者アルフレドの命は守られる。っていうか、二人してユーノに追いつけないのか。これはシナリオの強制力…とも言うべきだな。改めてゲーム世界ってのを痛感させられる」
新ヒロインを幼馴染設定にしたことで、スタートからシナリオが全て変わってしまう。
即ち追加要素を楽しむためには、最初からやり直すしかない。
これが完全版商法とも揶揄された、ドラゴンステーションワゴンの追加ストーリーだ。
「そのせいでこうなった…?だとしたら」
獣道ではなく人が通る為の道途中で、レイの瞳が奇妙な光景を映し出した。
大きな鳥の足、それにゴテゴテとしたブーツ、恐らくはスーツの裾に革靴なんかも。
そして奇抜な色をしたハイヒール。
っていうか、四天王の一人。エルザだ。
「エルザさま。勇者らしき人間は見当たりませんでしたが、宜しかったのでしょうか」
「さて、どうかしらね。アズモデの指示だから、私の知ったことではないわ。それに魔王様から勇者の抹殺指令は出ていないしね」
「エルザ様。に、に、に、人間です‼村人の生き残りでしょうか。それともこいつこそが…」
「ワットバーン。この者から光のオーラは見えないわ。早とちりしちゃダメ。それに目撃者がいた方が何かと都合が良いでしょう? それより私は早く帰りたいの。用事は済ませたのだし、さっさと帰りましょ」
「は!」
レイのすぐ側でそんなやりとりが行われた。
何なら、エルザとバッチリ目が合っている。
彼女もまたゲーム世界が産んだ美女の悪魔だ。
「…で、俺が目撃者として話せばいいのか?」
やっぱりユーノを見た時とは違う。
「あら。貴方、逃げないのね。まぁ、どっちでもいいわ。目撃者はちゃーんと残しているしね。ワットバーン、帰るわよ」
「…そうかよ。だったらお前たちの目的は——」
紫紺の髪の女悪魔はレイが話を終える前に魔王軍幹部専用転移術、別名イツマゾクで消えていた。




