お兄ちゃんとか呼ばれたら
修道院長はいけすかない男だ。
彼のことを良い目で見ているのは、村長や裕福な人間のみ。
それ以外の者は彼を見ようともしない。
「光の勇者様、そして御一行様。我が村を救って頂き、誠に感謝しております」
皆、首を傾げる。
消火活動と救出活動で活躍したのは確かだが、麓の家々の半分以上が燃え落ちた。
死者は確かに少なかったが、出ていないわけではない。
「やはり女神メビウスのお示しは正しかったということですな。今後とも私たちメビウス教徒は貴方たちの味方です。どうぞ、本日は楽しまれてください。村総出で歓迎を致します。村長からも何か、言って差し上げなさい。」
「ミッドバレーの歴史は古く、大火事の記録も残っております。当時の我らは無力であり、多くのともがらを失ったとか。院長先生と同じになりますが、やはり女神メビウスのお示しは正しかったということです。どうぞ、勇者様方。村総出で歓迎を致します」
レイの心の声が、「面倒くさい」と言っている。
ボタン連打してもいい?と魂が訴える。
「あのー。質問いいですかー? メビウス様のお示しって何ですか?」
勇者たちからの質問はないと思っていたのだろう。
元気なエミリの声に、オオムギーの顔色が変わる。
彼女の父親エミールは、アーマグ大陸のエクレア、エステリア大陸のデスモンド、そしてネクタを活動拠点にしていた。
「魔王が誕生する時、スタト村に光の勇者現る。彼は金色に輝く髪を持って生まれてくるという碑文がございます。皆様、どうやら西からやって来られたご様子。間違いないでしょうな」
「何が間違いないの?なんで西なの?」
エミールの活動の中でミッドバレーが飛ばされている。
絶対に嫌っていて、娘に色々と吹き込んでいる。
「昔の碑文ゆえ、分からないこともあります。火事で焼失したこともありますので。…で、ですが、間違いなく世界を救う使命を持って生まれたということです」
「火事で焼失したのに?間違いないの?」
「そ、その部分はちゃんと残っておりまして」
「他の部分はぁ」
「エミリ。あんまツッコまなくていいぞ。結構長いし。時間の無駄だ」
「レイは知ってるんだぁ。案外、信心深い?」
碑文や経典は存在する。
神・設定資料集に詳しく書かれている。
人間の誕生から、スタト族とドラゴニア族の繁栄もマップ付きで解説されている。
大火事の記録まで、神・設定資料集の年表で読み取れる。
「信心深くない。コアなファンなら知ってて当然だ」
「コアなファンって信心深いと違うの?」
「あの…、その光の勇者と認定された僕からの質問です。大聖堂の奥に何があるんですか?」
そしてオオムギーの顔色が変わる。
とは言え、今のアルフレドにとっては一番気になること。
「お…。奥はその…」
真剣な眼差しだったからか、それとも女神メビウスの使徒と知っているからか、オオムギーの背中がじんわりと濡れる。
魔物から金を取り出す秘密の牢獄、黄金で出来た部屋。
魔王軍とやり取りをする為の会議室。
ツッコミどころしかない裏側をコアなファンは知っている。
でも、レイはツッコまない。
「古くて使われなくなった地下道があったと思います」
するとソフィアは正直に答えた。
それが院長の助け船になるとも知らず。
「そ、そうだった。あそこは危険だからな。勇者様、今は使われていない通路が御座いまして。でも、使っていないので内部の構造は」
「通路…。そこに僕たちくらいの女の子が入っていきませんでした?」
「い、いえ。ですから使っておりませんので…」
だけど、関係ない。
そもそもアルフレドはミッドバレーの闇なんて興味がない。
そして——
「ユーノが。ユーノと…」
「ユーリだっけ」
「うん。ユーノがユーリって人と一緒に入っていったんです」
「いえ。私どもは見ておりません。そもそも」
コアなファンならこう思うだろう。
アルフレドがユーノに拘ってるのは分かるけど、なんかイメージが湧かない。
八番目って出てるから、最後に出るのは分かるんだけど、あんまり感情移入が出来ないな、とか
「アル。ユーノは」
「レイも気になるでしょ⁈だって中に入っていったんだ。今度こそ近くに」
そのメタ読みを——
「あぁ、近くにいる」
「だよね。ねぇ、そこに僕を」
逆手に取る。
「そうじゃない。たぶんもうすぐ」
「え…?!」
「アル…?」
勇者は耳を疑った。
そして、振り返る。
「アル…。ユーノ…だよ?えと、ゴメン…なさい」
「ユーノ‼」
桃色に澄んだ瞳、透き通る長い白すぎる髪。
分厚いのコートを纏った彼女は、ここで現れる。
「フィーネも…ゴメンなさい」
「ううん。良かった…。あのまま魔王軍に攫われたままだとばっかり」
「レイ…。わたしが間に合わなかったせいで、守れなかった…。ゴメン…なさい」
あの日見た少女がフィーネにも頭を下げる。
レイには、特に深々と頭を下げる。
既視感を伴わないソレはレイの魂を揺さぶる。
全身が痺れたような、電流でも走ったかのような感覚。
「…違う。ユーノを先に行かせた俺達のミスだ。そのせいでユーノは攫われて」
「でも、そうしないと。皆が…、でもレイのお父さんとお母さんは守れなくて」
ここで現れることは勿論、知っていた。
でも、ゲームと現実は全然違くて、魂が震える。
「ユーノ‼ユーノが戻ってきた‼」
「アル。暑苦しい…。息苦しい」
「ゴメン」
「うう…。苦し…」
「アル!嬉しいのは分かるけど、今の力で抱きしめたらユーノが死んじゃうわよ」
「あ…」
輝く金の髪が跳ねる。
顔を真っ赤にして、ユーノから離れる。
そして銀髪男は、…自身を恥じる。
ユーノは世界を壊したりしない。
ユーノは勇者の身代わりに攫われただけ。
いち早く村の異変に気付いて、勇者のフリをして皆を守ったのだ。
その後だって——
「いやいや、勇者様は皆、仲が宜しいようで。歓迎式をさせてください。火事で何もかも失った者もいます。家族を、家を、財産を失った者がおります。せめて、彼らに希望を見せたいのです…」
「えっと…」
「いいんじゃない?そういう区切りって必要だし」
「だね。ユーノちゃん…も戻って来たんだし」
というわけで、真昼間から宴が始まった。
◇
アルフレド達の机には、目を見張るほどご馳走が並んでいた。
とある出し物を見ながら歓談するというスタイルだった。
『女神メビウスと光の勇者の物語の舞台劇』
勇者を讃える為に用意された劇のタイトルだ。
『魔王が降臨し、世が乱れし時、西より金の勇者が現れる。その勇者の名はアルフレド。山のように大きなドラゴンを一刀両断する鬼神の如き強さを持ち、聖母のような優しさを持つ男。彼が駆るのは神龍の翼『ステーションワゴン』。文武両道才色兼備、多彩な魔法と多くの武技を使いこなす水色の才女フィーネ。細くしなやかな美しい腕でも、なんのその。岩をも砕く天才剣士にして赤色の美少女エミリ、倒れた民に慈愛の奇跡をもたらし、美麗な体術も使いこなす桃色の美少女マリア。人々に愛されし、優しきエメラルドの髪の美少女ソフィア。彼らは女神メビウスの導きにて、東へ向かう。神の翼を羽ばたかせ、次に向かうはデスモンド。黒の科学娘に導かれ。そして銀に気をつけよ。そこから海を乗り越えアーマグへ。藤色の娘が導くこととなる。後は平和の象徴、我らが金色姫リディア様を奪還し、魔王ヘルガヌスを葬り去り、世界を正しき姿へ。これがメビウス様の使徒アルフレドの物語──』
取ってつけたような勇者パーティの名前と特徴が入った歌と踊り。
これは通常ルートと変わらないし、DLCでもっと詳しい内容になっている。
ユーノルートとは次元が異なる話だし、コレを聞いた後にファストトラベルで戻って再加入しても良い。
「名前は後付けでしょ。マリアが聞いたのって桃色の美少女だし」
「自分で美少女って言ってるし」
「仕方ないじゃん。ネクタ一、ううん。世界一の美少女なんだから」
さっきの感動の再会もあって、皆は演舞を心から楽しむ。
勿論、誰だってあの部分には首を傾げるが
「銀に気をつけろ…って」
「そういえば追加されたんだっけ。元々、文字だけだし」
「アンタの悪名がここまで来てたんじゃない?」
「でも、伝承だよ?レイって三つ上だっけ」
「勇者様。フィーネ様とエミリ様、マリア様と私が勇者様をお支えする、ということですね」
「その後、黒い髪の女の子と藤色髪の女の子って。女ばっかだし」
「ついでにリディア姫ね。メビウス様は男嫌いなのかしら」
オオムギーやマーサが知らぬ理由もなく、勇者とただいま四名のヒロイン達と、悪役かもしれない銀色は別の席。
そして話に出てこない奇妙な少女も別席。
アルフレドは不満顔をしたが、レイの隣だったらということで、どうにか我慢できたらしい。
つまりユーノはレイの隣に座っている。
「気にするな。わたしはレイが強いこと、知ってる」
「え…と?俺はアルに負けっぱなしのレイだぞ」
「そういうことじゃない。わたしが止めてもアルは追いかけた」
「それはそうだろ。アルはお前のことが」
「無理して追いかけて、死んでもおかしくなかった。だけど、生きてる。たぶん…レイのおかげ。…ありがと」
そして大きな手に小さな手が置かれる。
心があるのはここだぞと、心臓が多段ノック、連続コンボを決める。
「そ、そんなわけ」
「うん。褒めすぎた…かも」
「そ、そうだぞ。俺は」
「でも、頼りにしてるのはホント。わたしのお兄ちゃん…だし。血は…繋がってないけど」
血流に感情が乗って、全身を駆け巡る。
そうなのだ。レイもユーノの記憶を持っているのだ。
呼ばれなくなって久しいが、幼少期の三歳差はそれだけ大きい。
元々、体の弱いユーノ。それでもみんなと一緒に遊びたいユーノ。
野の中、林の中、何度もおぶって帰った記憶が蘇る。
「む…、昔のことだ。直ぐにアルの方が強くなって」
「それと、レイがフィーネを好きになっちゃって。お兄ちゃんを取られた」
「ユーノだって。アルと仲良しになったじゃないか」
「…うん。アルとも仲良しだよ。だから…、ありがと」
傍から見て、皆を安全に導いたのは、間違いなくレイ。
エリアごとに変わる魔物を見極めて、安全かつ効率的にここまで導いた。
とは言え、ヒロインたちの好感度は勇者マックスに固定で、レイの描写がマイルドになったことも相まって、嫌いではなく興味薄になっている。
そこに現れた、今までとは違うヒロインは、シンプルにレイの胸を射抜く。
「誉め過ぎだろ…」
そんな擽ったい気持ちを押さえて、銀髪の大男は言う。
「ユーノ。頼みがある」
「…ゴメン…なさい、お兄…ちゃん」
「まだ何も言って」
「やらないといけないことが…あって」
「ユーリに吹き込まれたんだろ?そんなことはない!ユーノがやらなくても」
「わたしだって…みんなを守りたい。それに——」
演舞は終盤に差し掛かり、鳴り物もボルテージを上げていく。
足も長ければ、手も長い。胴も長い。
一方のユーノはエミリの次に小柄だ。
透明な髪が皮膚を撫で、大男の体が固まる。
椅子を上ったのか、僅かによろめいて柔らかな体が肩に触れる。
やっぱり大男は固まる。
そして耳元で囁かれたのは
「…それは」
「お兄ちゃん…。分かって…くれた?」
知っているからこそ、余りにも当たり前な理由だった。




