推しも勇者に一目惚れする世界
レイは知っている。
イベントは基本的に街ごとに存在している。
ユーノのイベントはその部分を一部流用する形で現れる。
そしてアルフレドのベクトルはユーノに向かったまま。
だから、先にどんなムービーが待っているかを話せずにいた。
とは言え、推し。
「ソフィア‼今助ける‼」
今のムービーは全員が正しく見ている。
全員が戸惑っている中で、一番に動けたのはやはりレイだった。
悪魔の姿になった姿に躊躇なく飛び込んだ。
そして、これも重要だ。
単なるDLCではない。他の機種で完全版商法として世に解き放たれたこと。
DLCではあるいはだったかもしれないが
「あの、マーサ様を」
「残酷シーンのムービーはカットされたからな。…分かってる。ソフィアもこっちに下がれ。アル、頼んだぞ‼水門の方は俺に任せろ‼」
「わ、分かってた。分かった…けど」
「アル。今は目の前のこと。あれは少女じゃなくて、アズモデの仲間よ」
「ふざけてますわ。マリアを騙そうったって、そうはいかないんだから」
此度は騙されない。
フィーネは少々の、アルフレドは大きな混乱を抱いてしまっているけれど。
悪魔の姿に変えさせられたソフィアを襲う者はいない。
「全く、アズモデのヤツ。…ねぇ、あなた光の勇者でしょう? どうして戦わないの?」
困惑している勇者に、エルザはソフィアの姿で肩を竦める。
魔王軍の王子の到来は、彼女にとっても意外な出来事ではある。
とは言え、ここで勇者と戦うのが彼女の仕事だ。
「勿論、戦う…」
「そう。それなら良かったわ。でも、あたいを傷つけられる?あっちじゃなくて?」
エルザは一定時間、ソフィアの姿で戦う。
その予定だったが、
「あっちはレイが連れ出した。ここにはアンタしかいないんだけど」
「チッ。鋭い奴もいたものね。まぁ、いいわ。全部アズモデのせいってことで」
戸惑うことなく動いた人間がいた。
流石にバレバレと考え、彼女はあっさりと元の姿に戻って、こう言った。
「じゃあ、前のアズモデの時みたいにならないよう、卵型じゃないモンスターを用意したの。その子と遊んでくれる?」
緑の髪の美少女は本来の姿に戻っていく。
そして魔法石を空中に飛ばした。
「それじゃあ、せいぜい楽しんでね」
空で弾けて、禍々しい紫の光が大聖堂の壁を染める。
悪臭が一気に立ち込める。その中に六つの赤い光。
カラス型上級モンスター『ガーランド』が三体。
5mという巨鳥の姿で出現した。
「光の!もっと強くなったらお姉さんが相手になってあげるわ」
そしてエルザはアズモデ同様、コウモリの羽を羽ばたかせて去る。
彼女は終始、眉を顰めていたのだが
「とにかく、戦うしかないって感じだね。あたしたちだけでも頑張れる!アル様は…」
エミリが斧を構えて、前衛に立つ。
そしてマリア、フィーネもそこに並ぶ。
前にしか敵がいないのであれば、前衛後衛は関係ない。
問題は集中力を欠くアルフレドだった。
「ユーノが二人?奥に」
「アル…。気持ちは分かるけど。今は。…いえ、なんでもない」
フィーネが添えた手に、勇者の両肩が跳ねる。
それが合図ではないが、戦いが始まる。
大カラスはくちばしを開けて、そこから範囲攻撃である炎を吐いた。
これはスキルであり魔法ではないため、詠唱は必要としない。
「|《水色の守護》ウォタガード!」
フィーネが守り、エミリが突っ込む。
赤毛戦士のブーメラン殺法もカラス同様範囲攻撃。
「当たった!」
「マリア!」
「おっけー!」
飛んでいる魔物のさらに上から、マリアの声。
跳躍したお嬢様自身も驚く身体能力で、一体を床に叩きつけた。
そして皆、叫ぶ
「私達なら行ける!」
見たこともない敵相手に、自分たちの技が通る。
当たり前だが、ちゃんと倒せるゲームバランスになっている。
勿論、ちゃんとレベルを上げていたからの話だ。
フィーネ、エミリ、マリアの三人だけでも十分強い。
バランスもとれているし、放っておいても問題ない。
だけど、聖堂右奥で運転手は叫ぶ。
「アル‼後で色々教えてやる。ガーランドを瞬殺させて、麓の火事場に迎え‼」
「レイ…。うん、分かった‼」
そして漸く四人パーティ揃って動き出す。
◇
ソフィアは水門の鍵を使って、貯水池に溜まった水を流していた。
この水の量でも麓の灯を消すほどは出来ないだろう。
ムービーはそのまま現実となり、人々も混乱が続いている。
「え…、これが私? 私、こんな顔じゃない!」
何処かで聞いたセリフ。
魔族のような手足をして、露出度の高い金属の鎧、更には紫のマントを羽織っている姿が硝子に映っていた。
「確か10ターンくらい…。いや、じゃなくて…。ガーランドを倒した後に戻る。ちゃんと育ってるんだ。戦闘面じゃ不安なしなんだけど…。あんな小出しにされたら、頭バグるよな。って‼」
ソフィアの行動は同じ。
修道女の服のまま大男を抱きしめた。
「…ひ、悪魔」
「マーサ様。悪魔に呪いを受けたソフィアだよ。何となく記憶にあるだろ。ソフィアが二人いた、とかさ」
「アナタのお陰で…。助かりました」
修道女の前で修道女に抱きつかれるのはすごく背徳的だ。
それに今回助けたのは勇者様たちで、自分ではない。
その記憶はないのだけれど、会わせたが最後、ソフィアの好感度は勇者マックスとなる。
だから、レイはそのままにした。
これくらいのご褒美はあってよい、と思うことにした。
「ありがとう…ございます…。私、怖かった…。怖かったんです……。いきなり私が現れて、マーサ様が殺されそうになって、その後だって…」
「もう大丈夫だ。もうすぐ…ほら。戻った。…流石は俺の鍛えた勇者様。…パールホワイトスラドン様?ま、いいか。これからのソフィアは勇者様のソフィアだし」
「え、でも。私にそんな人、いませんよ。だって私は…」
ソフィアは無意識に抱きついてしまったことに気がつき、そっとレイの元から離れた。
そこで体が戻っていたことに気付く。
そして悲しげな顔で俯いた。
「大丈夫だよ。なぁ、マーサ様?」
「…それは伝承の話でしょうか」
「そ。ソフィア、お前は今からたくさんの仲間が出来る。俺が知っているお前はとても幸せそうにしてた。ヒロインエンドでもそうじゃないエンドでも…、あ、一個を除いて」
全てを生贄に捧げるエンドが幸せなわけない。
そして勇者様はあの通り、振り回されっぱなしだ。
「大いなる問題…。ユーノとユーリ、アルフレドの関係はまだ考察段階。DLC発売前に出た『神・設定資料集』でもあまり触れられていない。アルは何を見、何を感じている?俺が勇者じゃ駄目な理由の一つは決定だな」
プレイヤーに、魂に染み込んだ感覚が、流石にそうだと言っている。
ムービー中のキャラには、設定された記憶が押し寄せる。
「そういえば私の名前…どうして?貴方は?」
「俺は運転手…もしくは保護者。いや、そうだな。ソフィアに嘘をついても仕方ない。俺は、——予言に従う者だよ。そしてソフィアは英雄、世界を救う者」
「予言に従う?世界を救う?それは」
「詳しくはマーサ様まで、と言いたいけど、早速だ」
ツッコミどころはある。
だが、今はツッコめる状況ではない。
「マーサ様に回復魔法を。出来るだけおっきなやつで」
「あ、そ、そうでした。えっと…」
シスター帽の隙間から光が漏れ出る。
それでも収まらず、遂には長い翡翠色の髪も一緒に溢れ出る。
怪我をした初老の修道女は目を剥き、銀髪大男はニヤリと犬歯を見せる。
旅そのものは本当に順調なのだ。
あの日、勇者がマリアに素手では勝てなかったと同様に
「——全体治癒魔法!」
「上出来だ。マーサ様、これで疑う余地もないだろ」
「そう…ですね」
「これが私の力…。予言師様。教えてください、貴方のお名前を——」
バン‼
そのタイミングで大修道院の扉が開かれた。
真っ先に駆け込んでくるのは、眩い光を放つ大英雄だ。
ソフィアのサファイア色の瞳は、あっさりとそちらに吸い寄せられる。
「レイ‼大カラスは倒したよ‼」
「流石だな。それじゃ、ソフィ」
「アナタは勇者様ですね‼先ほどは助けて頂いて…。その…私、私はミッドバレーの修道女、ソフィアと申します」
これが今回の冒険のスタイル。
凄まじい魔力が収まり、凪いだと思った翡翠色の長い髪が再び躍動する。
「緑の髪。この子もヒロインの一人ってこと?」
「そういうことになるわね」
「うう…。また、マリアの敵が一人…」
銀の大男への質問を置き去りに修道女は勇者に駆け寄った。
一目惚れという名の好感度マックスは、今回ばかりはレイの心を抉る。
「その前に山麓の人々を助けるのが先だろ。俺達の勇者様。あの話もその後」
「そ、そうだよね。みんな、行こう。魔物が村人に化けてて、それから」
「エミリとマリアの馬鹿力で、とにかく破壊消火。アルと私と…、えと」
「ソフィアです!」
「ソフィア。住民と魔物の見分けくらい出来るでしょ」
「はい!」
「それでいいわね。レイ」
「いいんじゃないか。お前達の力なら被害を最小限に出来るだろ」
「っていうか馬鹿力じゃないし」
「そうよ。マリアは魔法が使えるから、馬鹿がつくのはエミリだけだし」
「馬鹿じゃないもんねーだ。行こ、アル様」
そうでなければ世界は消滅する。
だが、推しのソフィアまでこんなだ。
こんな世界滅んでしまえばいい、って気持ちも芽生えてくる。
「ビターだ。ビターすぎる。でもレイモンドはこうじゃないと。マーサ、オームギたちに伝えろ。勇者に協力し、勇者を讃えるんだ」
滅ぼすのは簡単だ。裏切らなければよい。
そうすれば、ユーノルートのまま。
DSW-002はDSW-003、即ち自動運転モードにいつでも変形可能だ。
「もっと勇者を讃えろ。俺が狂ってしまうくらいにな」
「それが予言に従う者の顔。悪魔の様な顔をされるのですね」
推しヒロインに完全回復してもらった女が通り過ぎる。
以前までのシナリオでは死んでいた女。
そうとは知らず、男を白眼視して去っていく。
「ほっとけ。悪い顔は生まれつきだ」
「それは失礼致しました。でも、あの子にもしものことがあれば…」
「もしも?…てめぇに何が出来る」
「私には何もできません。ですが、あの子は女神の加護を受けし者。メビウス様が許しはしないでしょう」
一度立ち止まり、天に祈りを捧げて、マーサは建物内に消えた。
修道女の背中を最後まで見送った後、男は深い溜め息を吐いた。
「マリアといい、マーサといい。…説教されてばかり。そのメビウス様とやらが関わってるから、笑えないな」




