この車にはビターが足りない
以前、世界を救ったレイ。
データが消し飛んだから、何がどうだったか覚えていない。
ただ自分がプレイヤーだったことには気が付いている。
体も魂も慣れている。
だから逆に気付かないことだってある。
ハーレムを見させられる以外は全てが整っている。
この状態はかなり珍しいし、DLC後しか経験していない。
だとしても慣れていなくても納得は出来る。
「ネクタで最強装備は貰えたし、…俺以外だけど。俺が貰ったのだって、実ははした金だった訳だけど。パトロンってやつ?娘が英雄なんだから、パトロンじゃないかもだけど、旅はまさに順風満帆だな」
ドラステワゴンにエクナベル・コーポレーションのロゴがラッピングされている。
世界にクリーンをお届けする企業が、世界を平和に導く。
と書いている。
言いそうー。絶対思ってなさー。とか言われそう。
「ノブレス・オブリージュってやつか。何にしても助かる」
眠気対策のコーヒー入りの水筒はエイタ達の贈り物だ。
一台しか走っていないから、途中で止まっても問題ないが、ちょっと気持ちが悪い。
そんな時は休憩エイアならぬパーキングエリアに車を止める。
水筒の蓋部分にチョロチョロと注ぎ、アイドリング音をミュージックがわりにじっくりと味わう。
「苦っ…」
ブラックの苦すぎる味には甘いお菓子と相場が決まっている。
ただ、ハーレム勇者の甘いおかしなひとときは、相性は最悪。
「苦い。むしろからい。辛い‼…でも、これもまたデジャヴ。じゃなくて、俺、接待に知ってる‼なーんで、俺。レイモンドを経験してんだ?」
◇
パーキングエリアは休憩ポイント。
勇者がファストトラベルをする以外に使い道はない。
前はさて置き、勇者たちはネクタまでに順調にレベルを上げた。
運転手は、彼らに釣り合う場所まで、車を一気に進めていた。
そしていち早く車を降りて、屈伸ついでに夜空を見上げた。
「ふぁぁぁあああああ。流石に疲れたな。そういや、俺。一回分、睡眠とってないじゃん。そりゃコーヒーもブラックが出される訳だ」
女神像の周囲はほんのりと明るい。
その光のお陰で魔物が寄ってこない。
例のキャンピングカーモードも、ここで発動する。
「レイ。お疲れ様」
「アルか。冒険は楽しめてるか?」
「えっと…。みんなが優しいから。その…レイもありがと」
「俺のことはいいって。みんなに感謝しろよ。お前を慕ってる。お前とだから命を賭して戦うんだ」
「えと…、うん。分かってる」
「当然、俺も命を懸けてる。そんな顔をするな。ユーノは生きていたんだ。急ぎたい気持ちは分かるが」
「えっと…。レイ、その…。聞いていい?アレはなんだったの?ユーノ、途中から」
金色の髪が靡く。
アルフレドは車が止まり、運転手が降りたと分かって急いで駆けつけた。
そういえば、ムービー以来話をしていない。
そしてムービー以前、ネクタ以前もアルフレドの道案内はずっとレイのままだ。
「…悪い。俺にもよく分かんね」
「そう…だよね。ユーノ…、昔から自分のこと話したがらないし」
四人は幼馴染。
アルフレドと同様、ユーノはスタトの西の森を彷徨っている時に保護された。
因みにアルフレドの出自は、ドラゴニア王家の王子であっている。
でも、ユーノは——
とは言え、レイは当然ながらユーノの正体を知っている。
ユーリの正体も知っている。冒険を進めれば、勿論そこに辿り着く。
「アル。気持ちは分かる。俺だって両親を殺されたんだぜ。今すぐにでもアーマグ行って、ぶん殴りてぇ」
「…うん、ゴメン。僕なんかより、レイの方が」
攫われた幼馴染と殺された両親。
二人が抱える傷。どっちが上とか下とか比べられない。
そもそも、レイの役割はノーマルルートに戻すことだ。
親友かはさておき、幼馴染の肩に手を置き、片眼を瞑ってみせる。
「アル。お前が、なんかとか言うな。スタトの皆が家族って、誰が言ったんだっけ?」
「う…、そう…だけど」
「世界が広いことを知るんだ。勇者の肩に乗ってる責任が重すぎるなら、一緒に背負ってやるし」
「あ…、ありがと。レイがいて…本当に良かった」
「…おっと。運転手としての仕事がまだ残ってるんだ。みんなに伝えて来てくれ。車が変形するから、一旦外に退避しろって」
「変形って⁈そもそもこれは何なの?」
「古代の魔法具。キャンピングモードを搭載してるんだと。ビイタさんに色々聞いたんだけど、中に乗ってたら変形できない。だから、さ、行ってこい」
「…うん‼皆に言ってくるね‼」
運転手レイは勇者の背を優しく押し、ヒロインたちの元へ向かわせる。
その隙だらけの安心しきった背が、柔らかな体が車の中に戻るのをしっかり待ってから、深い溜息を吐く。
「あの顔を見たら不満が吹き飛ぶって。お前がそんなんじゃ…、魔族になれないだろうがよ。…レイモンドじゃないと駄目な理由は多分、魔族になるからだ。俺はもっと妬まないと、もっと恨まないと…。もっと世界を嫌いにならないと…」
相性最悪の甘いハーレムを見せられた。
でも今回のドラステワゴンコーヒーは、どうにもビターが足りないらしい。
まぁ…それでも。
この後何が起きるか、知っている。
「俺じゃなくても、RPGやってたらまぁ察する。次の街、ミッドバレーでアイツが来る。アルがあんなんで大丈夫なのか?ユーリの存在自体、メタ読み前提なんだけど」
◇
ミッドバレーに向かう前にRPG恒例のレベル上げを行う。
「この辺りはコウモりんの色違い、イエローコウモリんが出る。炎系魔法パイロで適当にあしらえ。狙いはブルーウルブスっていうオオカミみたいな魔物だ。エミリのスキルは出来るだけ多用するように、TPの消費はすぐに回復するからな。でも、フィーネとマリアもMP消費はケチるな。ここに戻ったら回復できるんだからな」
「だったら私がブルーウルブスを狩ればいいのね」
「フィーネ、話聞いてた?あたしが活躍するんだって」
勇者への好感度マックスのヒロインたちで、そっちに振り切っているからトラブル一つ起きない。
勇者は勇者で
「いっぱいいっぱい倒したら、あのアズモデって悪魔も」
「アル。ここで焦っても意味がない。レベル上げに効率を求めるのは良いが、大事なのは」
「…え、でも。僕はアイツに勝たないと」
モチベーションは高い。
そして目線は相変わらず遥か向こう。
勿論、ラスボスといつかは戦うのだけれど。
「落ち着け。大事なのは命だ。お前が死んだら…。いや、フィーネもエミリもマリアも絶対に死んじゃダメだ」
「やっと分かったみたいね。勇者様、ここはゆっくり行きましょう。マリアがいつでもいたしますから」
桃色の前髪の奥の翡翠色の瞳。
ハイライトを消して銀髪を睨み、ハイライトをつけ直して勇者様を励ます。
怒られたと思い出し、レイはバツの悪い顔をするが
「ねぇ、マリア。なんでドヤ顔してるか知らないけど、レイの指示は毎回こんなだよ。新入りなのに偉そうだし」
「えぇ!?だってアンタたち、グッタリしてたじゃない」
「それはそうよ。ずっと戦い続けてたんだから。冒険にイチイチ口を挟まないで欲しいわね」
「マリアのお陰でちゃんと休めたのに、何よ。その目!」
彼に味方するヒロインたちもいる。
そもそも
「もう…、三人とも。そういうのは後にしてよ」
「うん!あたしが前衛行く!」
「エミリはネクタまで前衛だったでしょ」
「その前はフィーネだったじゃん!」
「それなら勇者様。今回はマリアと」
通常ルートでのヒロイン達はライバルだ。
パーティの並びで好感度が変動するシステムが、採用されている。
「えぇ…。コイツら、こんななのか?」
「うん…。武道場でも大変だった…。レイが来なかったらと思うとゾッとするよ」
「マジ…か。なんか頭が痛い。…お前らは誰でも前衛を張れる。アル、魔物を倒すたびに交代で」
「分かった。やってみる」
ある意味仲良くレベリングに向かった勇者一行。
今回もレイは後方で腕組みをしたまま、見守ることになった。
さて。
「アイツら、本当に大丈夫か?アルに選んでもらわないと、マジで世界が終わるんだぞ。無かったことにされるから、無間地獄に陥ってることにも気付けない…」
DLC前のノーマルシナリオで、ここに来るまでにレイはアレが起きるから、言うべきか、言わざるべきかと悩んでいた。
ニイジマレイはそんな重大な悩みを忘れている。
触れていないのは当然、ちゃんとした理由がある。
「さっきも思ったが、レイモンドへのヘイトが低い。あくまでユーノシナリオを強調したいからか、大人の事情か知らないけど、ネクタのムービー同様、あのシーンも大幅カットされてるし」
ネタバレだから詳しくは言えないが
フィーネに打ち明ける必要はないくらいには無害化している。
とは言え、流れは同じ。レイはあそこで人間として殺されて、魔族に生まれ変わる。
「…やる気があるのは嬉しいが、相変わらずユーノユーノ」
遠くで戦っているから、流石にここまで経験値は飛んでこない。
設定の明確化によって、親近感というか近親の親しみを覚えるからアルフレドが心配だ。
そして世界を考えるなら、ヒロインたちがちゃんと気に入られるかも心配でならない。
エミリとフィーネは否定したが、保護者目線なのは間違いない。
「って、いうかさ。次、ソフィアじゃん…。ソフィアまでアル様、アル様言い出したら、俺の精神が持たない。もしかして、それが理由で…?嫌だ。それが理由で闇落ち魔族になるなんて絶対に嫌なんだけど‼」
子供たちがブルーウルブス頃、レイは新島礼として肩を落としていた。
ここでレベルを上げて、明日はパールホワイトスラドンの出没エリアを教える。
フィーネがブチ切れることも、レイが孤立することもない。
宿場町で休んだ後は、ネクタの次の街、ミッドバレーに辿り着く。
そこで再び、ユーノルートの片鱗が現れる。
その時、パーティメンバーがどうなってしまうのか、ゲーム一周、アルフレドルート一周、アルフレド周の記憶はない。
だから、あのレイでさえ知らない。




