第5話 初めての冒険者ギルド
ギルドの扉を押し開いた瞬間。カナタはその場で立ち止まった。
「おおぉぉぉ……」
思わず感嘆の声が漏れる。大きい。思っていたよりずっと大きい。
建物の中は酒場と集会所を合わせたような雰囲気だった。
木製の長机。壁に貼られた大量の依頼書。武器を背負った冒険者達。ローブ姿の魔法使いらしき人物。
大声で笑っている男達。真剣な顔で地図を見ているパーティ。どこを見ても異世界だった。
前世ではゲームやアニメでしか見たことのない景色。
それが今。目の前にある。本物として。
「すごい……」
胸が高鳴る。本当に異世界へ来たのだと改めて実感した。
すると。ギルド内の視線が集まる。カナタは気付いていない。だがかなり目立っていた。
水色の髪。整った顔立ち。軽装の少女。
しかもギルドへ入った瞬間から感動して立ち尽くしている。
新人丸出しだった。
「あの子新人か?」
「可愛いな」
「貴族のお嬢様じゃねぇか?」
「なんで一人なんだ?」
冒険者達がひそひそ話している。
しかし。カナタの興味は別の方向に向いていた。
「あっ」
耳が見えた。獣の耳。犬だろうか。頭の上にぴょこんと生えている。本物だった。本当に獣人だ。
思わず近寄ろうとして。
「いらっしゃいませ」
声を掛けられた。カナタは我に返る。危なかった。完全に観光客になるところだった。
受付へ向かう。そこには女性が立っていた。
茶色の髪。優しい顔立ち。柔らかな笑顔。落ち着いた雰囲気の受付嬢だった。
「こんにちは!」
「こんにちは」
受付嬢も笑顔を返す。元気な子だな。それが第一印象だった。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
カナタは少し考える。
そして。
「お金が欲しいです!」
受付嬢の笑顔が固まった。近くで聞いていた冒険者が吹き出す。
「ぶはっ!」
「正直だな!」
「嫌いじゃねぇぞ!」
笑い声が広がった。カナタは首を傾げる。そんなにおかしいだろうか。実際お金が欲しい。
屋台の串焼きも食べたい。宿も必要だ。だから働く。
至極当然だった。受付嬢は小さく咳払いする。
「依頼を受けたいということでしょうか?」
「それ!」
「なるほど」
話が早い。受付嬢は少し安心した。どうやら悪い子ではないらしい。かなり変わっているが。
「では冒険者登録ですね」
「冒険者になれるの!?」
カナタの目が輝く。その反応は予想以上だった。
まるで子供がおもちゃを見つけたような顔をしている。
「はい。問題なければ」
「やったぁ!」
思わず両手を上げる。近くの冒険者達が笑う。本当に分かりやすい子だった。受付嬢は書類を取り出した。
「それでは記入を始めますね」
「うん!」
「まずお名前を」
「カナタ!」
ペンが走る。ここまでは順調だった。
「姓はありますか?」
「ない!」
ペンが止まった。受付嬢が顔を上げる。カナタは笑顔だった。
「ない?」
「ない!」
「本当に?」
「本当に!」
受付嬢は少し悩む。貴族ではないらしい。珍しい名前だが、無いなら仕方ない。そのまま記入した。
「出身地は?」
ここでカナタも悩む。異世界。
そう答えられれば楽だ。だが絶対に信じてもらえない。
結果。
「遠いところ!」
受付嬢のペンが再び止まった。近くで聞いていた冒険者達が肩を震わせている。
「遠いところ……ですか」
「うん!」
「国名は?」
「知らない!」
今度は完全に止まった。受付嬢はゆっくり顔を上げる。
カナタは笑顔だった。悪気はない。本当にない。だから困る。
「知らないんですか?」
「うん!」
元気だった。受付嬢は人生で初めて頭痛を感じた。
その時。後ろから笑い声が聞こえた。
「嬢ちゃん」
大柄な冒険者だった。立派な斧を背負っている。門の前でも見かけた気がする。
「ここはセレスティア王国だ」
「おおー!」
カナタが感動する。初めて知った。
「そしてここは王都アウレリア」
数秒の沈黙。そして。
「王都だったの!?」
ギルド中に声が響いた。今度こそ全員が吹き出した。
「今知ったのか!」
「どうやってここまで来たんだよ!」
「迷子にも程があるだろ!」
笑い声が広がる。カナタは本気で驚いていた。
王都。つまり王様がいる街だ。そんな場所に異世界初日で来てしまったらしい。
「すごい!」
感想はそれだった。受付嬢は思う。この子。たぶん何とかなる。
根拠はない。でも何とかなる気がした。不思議と。
そんな気がしてしまう少女だった。やがて登録は無事終了する。
小さな金属プレートが差し出された。
「こちらが冒険者証です」
カナタは両手で受け取る。じっと見つめる。指でなぞる。少しだけ重い。
でも。その重さが嬉しかった。異世界へ来て。
初めて手に入れた居場所のような気がした。
「冒険者だ……」
小さく呟く。
その顔は。今までで一番嬉しそうだった。
そして。受付嬢はまだ知らない。
この少女が後に王都アウレリア中で知られる歌姫になることを。今の感想はただ一つ。
――なんだか、とても面白い子が来た。
それだけだった。




