第45話 王女様と褒美
「フィオナ様……?」
ルークが小さく呟いた。その言葉に。宿の食堂が静まり返る。王城から来た騎士は、一瞬だけ視線を逸らした。
しまった。そんな表情だった。だが、もう遅い。
ルークもエマも気付いている。
気付いていないのは、一人だけだった。
「フィオナ様って……」
ルークが確認するように言う。騎士は小さくため息を吐いた。そして静かに口を開く。
「フィオナ王女殿下のことです」
数秒。誰も動かなかった。カナタも固まっている。頭の中で言葉が繋がらない。
フィオ。王女。
フィオ。王女。
全然結び付かなかった。
「え?」
間抜けな声が漏れる。
「フィオが?」
「はい」
「王女?」
「はい」
「王様の娘?」
「はい」
「本物?」
「本物です」
次の瞬間。宿中に絶叫が響いた。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
厨房から宿の主人が飛び出してくるほどだった。
「だってフィオだよ!?」
「フィオナ王女殿下です」
「一緒に屋台行ったよ!?」
「存じております」
「お菓子食べたよ!?」
「報告を受けています」
「普通にフィオって呼んでたよ!?」
「今も呼んでいますね」
ルークが吹き出した。エマも肩を震わせている。カナタだけが本気で混乱していた。まさか王女だとは思わない。あんなに気さくで。一緒に笑って。一緒に歩いて。
普通の女の子だったのだから。騎士は改めて姿勢を正した。
「国王陛下より招待状を預かっています」
そう言って封書を差し出す。王家の紋章が刻まれた立派な封書だった。
「明日、王城へお越しください」
カナタは封書を見る。騎士を見る。また封書を見る。
そして。
「帰りたい……」
ルークが盛大に笑った。
翌朝。
カナタは人生で一番緊張していた。朝食を前にしても食欲が無い。パンをちぎっては戻し。スープを見つめてはため息を吐く。
「そんなに緊張するか?」
ルークが呆れたように言う。
「するよ!」
即答だった。
「王様だよ!?」
「王様だな」
「怒られないかな!?」
「怒られない」
「王女って知らずにフィオって呼んでたし!」
「たぶん今日も呼ぶだろ」
「呼ぶと思う……」
エマが思わず吹き出した。
その後。王城から迎えの馬車がやって来た。豪華だった。
白い車体。金色の装飾。王家の紋章。街の人々も自然と道を開ける。カナタは少し引いていた。
「すごい……」
馬車に乗り込み。王都中心部へ向かう。やがて巨大な城が見えてきた。白い城壁。空へ伸びる塔。広大な庭園。
まるで絵本の中の世界だった。カナタは思わず窓に張り付く。
「おぉー……」
その姿は完全に田舎から出てきた少女だった。
やがて王城へ到着する。
広い廊下。赤い絨毯。美しい装飾。案内されながら歩くだけで緊張する。
そして。
大きな扉の前で足を止めた。騎士が一礼する。
「こちらです」
重厚な扉が開く。広い部屋。高い天井。その中央には、一人の男性が座っていた。威厳のある壮年の男。
アルヴェリア王。この国の王だった。
そしてその隣には。見慣れた金髪の少女。フィオナがいる。
目が合った。
数秒。沈黙。そして。
「フィオ」
「はい」
「本当に王女だったんだ」
フィオナが苦笑する。
「本当に王女です」
「全然見えない」
「失礼です」
だがそのやり取りを聞いた王が豪快に笑った。
「ははははは!」
部屋に笑い声が響く。周囲の騎士達も少し驚いている。王がここまで笑うのは珍しいらしい。
「すまんな」
王が言った。
「フィオナも普通の友人が欲しかったのだ」
その言葉にフィオナが少し照れる。カナタも納得した。だからあんなに自然だったのか。だから友達になれたのか。
「怒っていないのか?」
王が聞く。カナタは首を傾げた。
「別に?」
「そうか」
「フィオはフィオだし」
フィオナは嬉しそうに笑った。王も満足そうに頷く。そして表情を改める。空気が変わった。国王としての顔になる。
「今回の件についてだ」
部屋が静かになる。
「風翼グリフォン討伐」
「王都防衛への貢献」
「そして娘を救ったこと」
王は真っ直ぐカナタを見る。
「礼を言う」
深く頭を下げた。王としてではない。一人の父親として。娘を救われた感謝だった。フィオナも立ち上がる。
「ありがとうございました」
深く頭を下げる。カナタは完全に困っていた。助けるのは当然だと思っていたからだ。
「そんな大したことじゃ……」
「いや」
王が首を振る。
「娘を守ったことは、私にとって何より大きい」
その言葉には重みがあった。
だからこそ。カナタも照れながら頭を掻くしかなかった。
「そこで褒美を与えたい」
王が言う。
「望みはあるか?」
騎士達も少し興味を持つ。
金貨。爵位。屋敷。普通ならそう願うだろう。
だが。カナタは少し考えた後。ぱっと顔を上げた。
「グリフォンの素材ください!」
部屋が静まり返る。
王も。騎士達も。フィオナも。一瞬固まった。
「素材?」
「はい!」
カナタは元気よく頷く。
「羽根とか!」
「爪とか!」
「牙とか!」
王は思わず笑った。
「何に使うのだ?」
その質問に。カナタの目が輝く。
「歌う時の可愛い服が欲しいの!」
予想外だったらしい。騎士達が顔を見合わせる。フィオナは少し笑った。いかにもカナタらしい答えだった。
だが。カナタは続ける。
「あとね!」
「かっこいい武器も欲しい!」
今度は王が眉を上げた。
「武器とな?」
「うん!」
カナタは真剣な顔になる。
「私は歌うのが好き」
「これからもいっぱい歌いたい」
その声は真っ直ぐだった。
「でも」
「今回みたいなこともあるでしょ?」
風翼グリフォンとの戦いが脳裏をよぎる。
「戦うのが好きなわけじゃないよ?」
「だけど」
「守りたい時は守れるようになりたいの」
王も。フィオナも。静かに聞いていた。
「だから」
そして最後は。いつもの笑顔だった。
「可愛い服と!」
「かっこいい武器!」
「それが欲しいの!」
数秒の静寂。
そして。
王は大きく笑った。
「ははははは!」
豪快な笑い声が部屋に響く。
「よかろう」
王は力強く頷いた。
「風翼グリフォンの素材を使い、お前だけの装備を作らせよう」
カナタの顔が一気に明るくなる。
「本当!?」
「ああ」
「やったぁ!」
その無邪気な笑顔を見ながら。王は思った。名誉でもない。財宝でもない。歌うための服と。誰かを守るための武器。
それを望む少女だからこそ。
人々は彼女を応援したくなるのだろうと――。




