第43話 風が届けた想い
オスグリフォンは限界だった。
翼は血に染まり。身体中に無数の傷がある。
それでも。倒れない。ただ立っているだけで奇跡だった。
◇◇◇
「攻撃を続けろ!」
ギルドマスターの声が飛ぶ。冒険者達が動く。騎士達も前へ出る。剣が振るわれる。槍が突き出される。矢が飛ぶ。
だが。オスグリフォンはまだ倒れない。
「なんて生命力だ……」
ベテラン冒険者が顔を歪める。普通なら何度死んでいてもおかしくない。それほど傷付いている。
それなのに。まだ立っている。
◇◇◇
黄金の瞳。その視線は戦場には向いていなかった。
遠く。森の方角。その一点だけを見つめている。
探している。確認している。そんな目だった。
そして。
カナタも見た。空の彼方。小さな影。翼。風翼グリフォン。
メスだった。生きている。森へ向かって飛んでいる。
逃げ切れたのだ。
◇◇◇
その瞬間。
オスグリフォンの瞳から緊張が消えた。ほんの少しだけ。安心したように。穏やかに。
「……」
カナタは息を呑む。守れたんだ。最後まで。傷付いて。逃げて。
それでも。守りたかった相手を。
◇◇◇
だが。次の瞬間。
オスグリフォンの身体が大きく揺れた。限界だった。脚が震える。翼も動かない。
それでも。
最後の力を振り絞るように。大きく咆哮した。
「ギャアアアアアアアッ!!」
王者の咆哮。空気が震える。誰もが身構えた。
◇◇◇
そして。
オスグリフォンが動く。最後の突撃。巨大な身体が前へ出る。
「来るぞ!」
騎士達が叫ぶ。
だが。傷が深過ぎた。狙いは定まらない。身体も言うことを聞かない。
それでも。
勢いだけで突っ込んでくる。その進行方向にいたのは。フィオナ達だった。
◇◇◇
「フィオナ様!!」
護衛騎士が叫ぶ。前へ出る。だが間に合わない。距離が足りない。フィオナも固まる。
子供達も。職員達も。誰も動けない。巨大な影が迫る。
◇◇◇
その時だった。
「やめてぇぇぇぇっ!!」
カナタの叫び声。考えるより先だった。身体が動いていた。
守りたい。ただそれだけ。
◇◇◇
風が吹く。強い風。今までで一番。カナタの周囲に魔力が集まる。本人は気付いていない。ただ必死だった。
「届けっ!!」
叫ぶ。その瞬間。風が爆発した。
◇◇◇
ドンッ!!
大地が鳴る。周囲の人間が目を見開いた。カナタの身体が跳ぶ。普通じゃない。人間の跳躍じゃない。
風が押し上げる。
空へ。高く。高く。まるで飛んでいるように。
◇◇◇
「なっ……!?」
ルークが固まる。エマも。騎士達も。フィオナも。誰も言葉を失う。カナタ自身も驚いていた。
でも止まれない。
目の前には。傷だらけのグリフォン。
◇◇◇
空中。
カナタは近くに落ちていた騎士の槍を掴む。
重い。普通なら持てない。だが。神の祝福を受けた身体は違う。振れる。届く。そう思った。
◇◇◇
オスグリフォンもカナタを見る。
黄金の瞳。その瞳には。敵意がなかった。不思議だった。
本当に。最後まで。敵を見る目ではなかった。
◇◇◇
「ごめんね……」
カナタは呟く。王都を守らなきゃいけない。フィオを守らなきゃいけない。みんなを守らなきゃいけない。
だから。
◇◇◇
槍が振り下ろされる。風を纏って。真っ直ぐ。一筋の光のように。
そして――。
◇◇◇
静寂。
風だけが吹いていた。オスグリフォンの身体が止まる。黄金の瞳が空を見る。
そして。
森を見る。最後に。遥か彼方。飛び去ったメスの方角を見る。
◇◇◇
その顔は穏やかだった。
まるで。全てを終えたように。守り切った者の顔だった。
◇◇◇
ゆっくりと。巨大な身体が倒れる。大地が震える。戦いは終わった。完全な決着だった。
◇◇◇
誰も声を出せない。冒険者達も。騎士達も。フィオナも。
ただ呆然と見ていた。空から降りてくる少女を。
歌のお姉ちゃん。歌を届ける少女。そのはずだった。
なのに。
今。王都を守った。風翼グリフォンを討った。
その事実が。誰にも信じられなかった。
◇◇◇
カナタはオスグリフォンの前へ歩く。
そして。
そっと羽根に触れる。
「ありがとう」
風が吹く。優しい風だった。まるで返事をするように。一枚の羽根が空へ舞う。
そして。
王都の空へ消えていった――。
◇◇◇
その時。
護衛騎士がフィオナの元へ駆け寄る。
「フィオナ様、お怪我は!?」
「大丈夫です」
フィオナは答える。
だが。視線はカナタから離れなかった。
そして。
誰よりも先に思う。この功績は。王城へ伝えなければならない。
娘を救った。王都を救った。
そして。
風翼グリフォン討伐の決定打。それを成し遂げた少女のことを――。




