第42話 守りたいもの
オスグリフォンが翼を広げる。傷だらけの翼。本来なら美しいはずの羽根は抜け落ち。血で汚れていた。
それでも。
その姿は威厳に満ちていた。王者。
そう呼ぶに相応しい存在だった。
◇◇◇
「囲め!」
ギルドマスターの声が響く。冒険者達が一斉に動く。左右へ展開。逃げ道を塞ぐ。騎士達も隊列を組む。
完全包囲。普通の魔物なら終わりだった。
だが。相手はグリフォン。簡単な相手ではない。
◇◇◇
オスグリフォンが低く唸る。黄金の瞳が周囲を見回す。
討伐隊。騎士達。
そして。
孤児院。フィオナ。子供達。全てを見ていた。
だが。やはり違和感がある。襲う気配がない。ただ警戒している。それだけだった。
◇◇◇
「来るぞ!」
冒険者が叫ぶ。次の瞬間。
オスグリフォンが動いた。速い。巨体とは思えない。一瞬で距離を詰める。
「ぐっ!」
盾役の冒険者が吹き飛ぶ。地面を転がる。
だが。追撃は無い。オスグリフォンはすぐに離れる。
まるで。突破したいだけのように。
◇◇◇
「おかしい」
カナタが呟く。ルークが振り向く。
「何がだ?」
「倒そうとしてない」
その言葉に。ルークも少し黙る。確かにそうだった。今の攻撃。本気なら首を飛ばせた。それだけの力がある。
だが。しなかった。吹き飛ばしただけ。
◇◇◇
再びグリフォンが動く。今度は騎士へ向かう。騎士達が剣を構える。
激突。金属音。土煙。
そして。
また離れる。殺していない。傷付けてはいる。
だが。致命傷は避けている。偶然とは思えなかった。
◇◇◇
その時だった。
孤児院の裏。一人の子供が転んだ。避難が遅れていた。
「きゃっ!」
小さな悲鳴。フィオナが振り返る。顔色が変わる。子供が一人取り残されている。
「危ない!」
思わず駆け出す。護衛騎士が叫ぶ。
「フィオナ様!」
だが。遅かった。
◇◇◇
オスグリフォンも気付く。
そして。
子供を見る。周囲が凍り付く。まずい。誰もが思った。
だが。次の瞬間。
さらに別の方向から悲鳴が上がる。
「うわぁぁっ!」
吹き飛ばされた騎士だった。体勢を崩し。フィオナ達の方へ転がってくる。完全な事故だった。
◇◇◇
フィオナが子供を庇う。
だが。間に合わない。
その時。
風が吹いた。
「届けっ!」
聞き慣れた声。カナタだった。無意識だった。考えるより先に叫んでいた。
風が走る。フィオナと子供を包むように。騎士の身体が僅かに逸れる。衝突を避ける。
「え……?」
フィオナが目を見開く。カナタ自身も驚いていた。
成功した。本当に。
◇◇◇
「今の……」
ミリアなら卒倒していた。
だが。そんな余裕は無い。オスグリフォンが空へ舞い上がる。
大きく。高く。しかし。異変が起きた。翼から血が舞う。
「っ!」
誰かが息を呑む。限界だった。飛ぶだけで苦しい。
それでも。
飛ぶ。
◇◇◇
オスグリフォンは空中で旋回する。
そして。
森を見る。遠く。遥か遠く。見えない場所。そこを。じっと見つめる。
まるで誰かの無事を祈るように。
◇◇◇
カナタの胸が締め付けられる。分かってしまった。
このグリフォンは。最後まで戦っていた。自分のためじゃない。誰かを守るために。
傷付いて。逃げて。それでも飛んできた。
「……」
カナタは拳を握る。
それでも。ここで止めなければならない。王都を守るために。フィオを守るために。みんなを守るために。
◇◇◇
オスグリフォンが再び降下する。
黄金の瞳。傷だらけの翼。王者の咆哮。空気が震える。
冒険者達が武器を握る。騎士達も構える。決着は近い。
誰もがそう感じていた。
そして。
フィオナは初めて見た。歌のお姉ちゃんではない。友達でもない。誰かを守るために前へ出るカナタの姿を――。




