第40話 守るための飛翔
ドォォォォン――
再び地響きが鳴る。今度は先程よりも近かった。
森全体が震える。木々の葉が揺れる。討伐隊にも緊張が走った。誰もが武器を握り直す。
だが。
姿は見えない。何も見えない。それなのに。確実に何かがいる。
森の奥深く。グリフォンですら恐れる何かが。
◇◇◇
オスグリフォンが低く唸る。黄金の瞳は森の奥を睨んでいた。後ろではメスグリフォンが身を縮めている。
怯えていた。明らかだった。討伐隊を恐れているわけではない。
森の奥。そこにいる何かを恐れている。
「なんなんだよ……」
ルークが顔をしかめる。ベテラン冒険者達も同じだった。経験豊富な者ほど違和感を覚えている。
傷だらけのオス。怯えるメス。そして森全体の異常。
どう考えても普通じゃない。
◇◇◇
その時だった。
オスグリフォンが振り返る。後ろにいるメスを見る。
数秒。じっと見つめる。
そして。
小さく鳴いた。低く。優しい声だった。カナタは目を見開く。何を言ったのかは分からない。
だが。何となく感じた。別れの言葉。そんな気がした。
◇◇◇
メスグリフォンが鳴く。嫌だと言うように。離れたくないと言うように。一歩前へ出る。
だが。オスは首を振るように鳴いた。
そして。
前へ出る。討伐隊とメスの間へ。完全に守るように。盾になるように。その姿に。誰も言葉を発せなかった。
◇◇◇
再び地響き。
ドォォォォン――
今度はさらに近い。森の奥で木々が大きく揺れた。何かが動いている。巨大な何かが。オスグリフォンの瞳が鋭くなる。
そして。
決断した。大きく翼を広げる。傷だらけの翼。本来なら空を支配する美しい翼。今は傷だらけだった。
それでも。
力強く広がる。
◇◇◇
「来るぞ!」
冒険者が叫ぶ。全員が構える。戦闘。誰もがそう思った。
しかし。
次の瞬間。
オスグリフォンは飛び上がった。討伐隊へ向かってではない。真上へ。大きく。高く。
そして。
森の外へ向かって飛ぶ。
「なっ!?」
驚きの声が上がる。予想外だった。
「逃げた!?」
誰かが叫ぶ。
だが。ギルドマスターは首を振った。
「違う」
低い声だった。
「誘っている」
全員が空を見る。オスグリフォンは一定の距離を保ちながら飛んでいる。完全に逃げるならもっと速度を出す。
だが。そうしない。
まるで。追って来いと言うように。
◇◇◇
その時。
後ろのメスグリフォンが動いた。森の奥とは逆方向。さらに深い森へ消えていく。誰も追わない。追えない。
全員の視線はオスへ向いていた。
「まずい」
ギルドマスターが呟く。
「方向は?」
偵察役が空を見る。そして顔色を変えた。
「王都です」
空気が凍る。王都。王都アウレリア。数十万の人が暮らす場所。もしグリフォンが侵入すれば。
被害は計り知れない。
「追うぞ!」
ギルドマスターが叫ぶ。討伐隊が動き出す。
◇◇◇
森を駆ける。全力だった。オスグリフォンは低空飛行を続ける。傷の影響か。本来の速度ではない。
だが。それでも速い。
「くっ!」
ルークが舌打ちする。
「追いつけるか!?」
「追うしかない!」
ベテラン冒険者が叫ぶ。誰も足を止めない。
◇◇◇
その頃。王都アウレリア。城門近くでは。王女フィオナが視察の準備をしていた。今日は孤児院への訪問予定だった。
城下町の外れ。小さな施設。定期的に訪れている場所だ。
「フィオナ様」
騎士が声を掛ける。
「準備が整いました」
「はい」
フィオナは微笑む。まだ知らない。
今この瞬間。傷だらけの翼獣が。王都へ向かっていることを。
そして。
その運命が。自分とカナタを大きく繋ぐことになるとは――。
◇◇◇
森を抜ける。討伐隊の前方。遠くに見え始める王都の城壁。
そして。オスグリフォンはさらに高度を下げた。
傷口から血が落ちる。飛ぶこと自体が限界に近い。
それでも飛ぶ。それでも前へ進む。
まるで。何かを守るために。何かを遠ざけるために。
その姿を見て。カナタの胸が痛んだ。
「どうして……」
小さく呟く。答える者はいない。
ただ。傷だらけの翼だけが。夕日に照らされながら。
王都へ向かって飛び続けていた――。




