第39話 傷だらけの翼
「片方が傷付いていた」
偵察役の言葉に。討伐隊の空気が変わった。
グリフォン。それだけでも危険な相手だ。
だが。
傷付いている。その情報は誰も予想していなかった。
「どういうことだ?」
ベテラン冒険者が眉をひそめる。偵察役は首を振った。
「詳しくは分かりません」
「距離がありました」
「ですが間違いなく負傷しています」
ギルドマスターは腕を組む。険しい表情だった。
「案内しろ」
短く命じる。偵察役が頷く。
そして。討伐隊は再び動き始めた。
◇◇◇
森の奥へ。さらに奥へ。木々は高くなり。空は見えなくなる。空気も重い。まるで森そのものが緊張しているようだった。
「嫌な感じだな」
ルークが小声で呟く。エマも頷いた。
「静か過ぎる」
確かにそうだった。鳥がいない。虫も少ない。魔物の気配すらほとんど無い。本来ならあり得ない。
大型魔物が現れたとしても。ここまで森全体が静まり返ることは少ない。
◇◇◇
そして。カナタはまた風を感じていた。
冷たい風。落ち着かない風。何かを伝えようとしているような。そんな不思議な感覚。
「どうした?」
エマが聞く。
「うーん」
カナタは首を傾げた。上手く説明出来ない。
ただ。胸の奥がざわつく。
「悲しそうなんだよね」
「風が?」
「うん」
エマは少し困った顔をした。普通なら意味が分からない。
だが。
カナタが真面目な顔をしているので笑えなかった。
◇◇◇
それから三十分ほど進んだ頃だった。先頭の偵察役が再び手を上げる。全員が止まる。緊張が走る。
「見えました」
小さな声。ギルドマスターが前へ出る。
「どこだ」
偵察役が指差す。前方。木々の隙間。崖に近い開けた場所だった。全員が慎重に近付く。
そして。見た。
◇◇◇
巨大な翼。黄金の瞳。獅子の肉体。風翼グリフォン。
間違いなかった。
「……っ」
誰かが息を呑む。想像以上の威圧感だった。存在しているだけで空気が変わる。王者。そんな言葉が似合う魔物だった。
だが。
誰もが違和感を覚える。傷だらけだった。右翼の羽根は大きく失われている。
肩には深い裂傷。脚にも傷跡。体中に戦いの痕が残っていた。
しかも。かなり新しい。
「何と戦った……?」
誰かが呟く。
答えられる者はいない。
◇◇◇
そして。エマが小さく声を上げた。
「もう一体いる」
全員の視線が動く。傷付いたグリフォンの後方。崖の奥。そこに。もう一体いた。少し小柄なグリフォン。
こちらも傷はある。だが軽傷だった。
メス。おそらくそうだろう。
そして。その位置関係を見て。誰もが気付いた。オスが前。メスが後ろ。完全に守っている。
「番か」
ベテラン冒険者が呟く。誰も否定しない。そうとしか見えなかった。
◇◇◇
オスグリフォンは討伐隊を見ていた。警戒している。だが。襲ってくる気配はない。
むしろ。近付けさせないようにしているだけ。後ろのメスを守るために。そんな風に見えた。
「妙だな」
ギルドマスターが言う。
「グリフォンにしては大人しい」
確かにそうだった。縄張り意識の強い魔物なら。とっくに襲い掛かっていてもおかしくない。
だが。目の前のオスは違う。守ることを優先している。
◇◇◇
その時だった。
風が吹く。森の奥から。冷たい風。重い風。
そして。オスグリフォンの様子が変わった。
黄金の瞳が鋭くなる。翼が大きく広がる。後ろのメスも身を縮めた。怯えているようだった。
「なんだ……?」
ルークが呟く。
その瞬間。
ドォォォォン――
地響き。地面が震える。木々が揺れる。討伐隊全員が武器を構えた。何かいる。それだけは分かった。
◇◇◇
だが。姿は見えない。森のさらに奥。深部。そこから聞こえてくるだけ。それなのに。
グリフォン達は明らかに恐れていた。オスは森の奥を睨む。メスを守るように前へ出る。
そして。低く唸った。威嚇。怒り。恐怖。様々な感情が混じった声だった。カナタは息を呑む。
その姿は。まるで。何かから逃げ続けてきたように見えた。
◇◇◇
そして。オスグリフォンがこちらを見る。一瞬だけ。カナタと視線が重なった。その瞳にあったのは。
敵意ではない。憎しみでもない。覚悟だった。守らなければならない。何があっても。そんな強い意思。
「……」
カナタは拳を握る。王都を守るため。討伐は必要だ。それは分かっている。
だが。
胸の奥がざわつく。何かを間違えているような。そんな感覚が消えない。
そして。再び地響きが鳴る。今度はさっきより近かった。オスグリフォンが翼を広げる。
大きく。力強く。
まるで何かを決意したように――。
続く。




