第38話 北の森へ
翌朝。
王都アウレリア北門。まだ日が昇って間もない時間だというのに。門の前には多くの冒険者が集まっていた。
今回の依頼は特別だ。風翼グリフォン討伐。そして森の異常調査。失敗は許されない。王都近郊の安全が掛かっている。
「人多いねぇ」
カナタは周囲を見回した。大剣や槍を持った冒険者。
重装備の戦士。弓を背負った狩人。普段見る依頼とは規模が違う。
ルークも頷く。
「緊急依頼だからな」
「みんな強そう」
「実際強いぞ」
エマも辺りを見回していた。緊張感がある。新人冒険者が参加するような依頼ではない。本来なら。
◇◇◇
やがて。
ギルドマスターが前へ出る。周囲が静かになる。
「これより討伐隊を編成する」
低い声が響いた。
「目標は風翼グリフォン」
「確認個体は二体」
ざわめきが起きる。何度聞いても重い情報だった。二体。
しかも番の可能性が高い。
「だが」
ギルドマスターは続ける。
「討伐だけが目的ではない」
全員が耳を傾ける。
「森の異常を調査する」
空気が少し変わる。
「グリフォンだけが問題ではない」
「他の魔物の動きもおかしい」
「何かが起きている可能性がある」
その言葉に。多くの冒険者が顔を見合わせた。原因不明。それが一番厄介だった。
◇◇◇
しばらくして。討伐隊は出発した。
王都を離れる。街道を進む。徐々に人の姿が減っていく。
そして。
森が近付いてくる。北の森。王都近郊最大の森林地帯。普段なら薬草採取や狩りで利用される場所だ。
だが。今日は違った。静かだった。異様なほど。
「……」
カナタは周囲を見る。鳥の声が少ない。虫の音も少ない。風だけが吹いている。
「変だな」
ルークも呟く。エマが頷いた。
「静か過ぎる」
普通の森ではない。何かがいる。そう思わせる空気だった。
◇◇◇
森へ入って一時間。討伐隊は慎重に進んでいた。
すると。前方から報告が入る。
「フォレストウルフだ!」
全員が武器を構える。
だが。現れた狼型魔物は一頭だけだった。
しかも。様子がおかしい。
「痩せてる?」
カナタが呟く。その通りだった。本来なら群れで行動する魔物。
だが。一頭。しかも傷だらけ。怯えているようにも見える。
「……」
フォレストウルフは討伐隊を見た。
そして。逃げた。森の奥ではない。横方向へ。何かから逃げるように。
◇◇◇
さらに進む。今度はホーンボア。角を持つ大型猪。本来なら非常に好戦的な魔物。
しかし。こちらも違った。逃げた。戦わない。怯えたように。何かを恐れるように。
「おかしい」
ベテラン冒険者が呟く。
「こんなの見たことがねぇ」
周囲も同意する。森全体が異常だった。魔物達が落ち着かない。何かから逃げている。そんな風に見える。
◇◇◇
昼頃。
討伐隊は一旦休憩を取ることになった。冒険者達が水を飲む。簡単な食事を取る。
その間。カナタは少し離れた場所へ歩いていた。風を感じたかった。
最近。風が何かを伝えている気がする。上手く言えない。
ただ。気になるのだ。
「どうした?」
エマが来る。カナタは空を見上げた。木々の隙間。青空が見える。
「風が変なんだ」
「風?」
「うん」
エマには分からない。
だが。カナタは真剣だった。
「悲しそう」
ぽつりと言う。エマは少し驚く。悲しい風。普通ならそんな表現はしない。
だが。不思議と笑えなかった。
「グリフォン?」
「分からない」
カナタは首を振る。本当に分からないのだ。
ただ。怒りではない。敵意でもない。もっと違う何か。そんな気がしていた。
◇◇◇
そして。
休憩が終わる頃だった。偵察へ出ていた冒険者が戻ってくる。息を切らしていた。顔色も悪い。
全員が立ち上がる。嫌な予感がした。
「見つけた!」
その一言で空気が変わる。ギルドマスターが前へ出る。
「どこだ」
「北西だ!」
冒険者は息を整える。そして続けた。
「間違いない!」
「風翼グリフォンだ!」
ざわめきが広がる。ついに見つかった。
だが。冒険者の顔はまだ青い。それが気になった。
「どうした」
ギルドマスターが聞く。
すると。冒険者は震える声で答えた。
「片方が……」
全員が息を呑む。
「傷付いていた」
静寂。風が吹く。誰も喋らない。
傷付いたグリフォン。番。異常な森。怯える魔物達。バラバラだった違和感が。
少しずつ一つに繋がり始めていた――。




