第34話 再会の約束
フィオナが再び王都へ出られたのは。
最初にカナタと出会ってから数日後のことだった。
長かった。本当に長かった。フィオナ本人からすれば。
だが周囲から見れば数日である。
「フィオナ様」
侍女が呆れたように言う。
「まだ数日です」
「数日です」
フィオナは真顔だった。
「三日です」
「はい」
「長くありませんか?」
「長くありません」
即答だった。
フィオナは小さく頬を膨らませる。その姿は王女というより年相応の少女だった。
ここ数日。勉強の合間。食事の時間。寝る前。
気付けば思い出していた。
水色の髪の少女。楽しそうに笑う姿。市場を案内してくれたこと。
そして。
噴水広場で聞いた歌声。不思議だった。何度も聞いたわけではない。それなのに心に残っている。
だから。
また会いたいと思った。ただそれだけだった。
◇◇◇
その頃。
王都の市場。
「ふふーん♪」
カナタは今日も鼻歌を歌っていた。最近すっかり癖になっている。市場の人達も慣れた。子供達も慣れた。ルークも慣れた。エマも慣れた。
本人だけ気付いていない。
「また歌ってるな」
ルークが呆れる。
「歌いたいから!」
カナタは胸を張った。全く反省していない。
エマが少し笑う。そんな三人が市場を歩いていると。見覚えのある金髪が見えた。
「あっ!」
カナタの顔がぱっと明るくなる。
そして。
全力で手を振った。
「フィオーーー!」
市場中に響く声だった。フィオナは思わず肩を震わせる。周囲の人々も振り向く。護衛達は頭を抱えた。
目立つ。非常に目立つ。
だが。
カナタは全く気にしていない。
「こっちこっちー!」
満面の笑みだった。フィオナも思わず笑う。やっぱり変わらない。その笑顔を見ると安心する。
「こんにちは」
近付いて挨拶する。
「こんにちは!」
カナタも元気いっぱいだった。
そして。
すぐに隣の二人を指差す。
「紹介するね!」
フィオナは少し緊張した。カナタの友達。つまりカナタが信頼している人達だ。
「ルーク!」
「おう」
茶色い髪の青年。どこか面倒見が良さそうな雰囲気がある。
「エマ!」
「よろしく」
こちらは落ち着いた少女だった。優しそうな目をしている。
フィオナも頭を下げる。
「フィオです」
王女らしい礼儀正しい動作だった。ルークが少し目を瞬く。エマも気付いた。育ちが良い。かなり良い。
だが。
それ以上は聞かない。カナタの友達ならそれで良かった。
「フィオは友達なんだ!」
カナタが胸を張る。フィオナは少し照れた。友達。
そう言われるのは嬉しかった。
◇◇◇
四人は市場を歩き始めた。カナタが先頭。完全に案内役だった。
「あそこのパン屋さん美味しいよ!」
「この果物甘いんだよ!」
「広場も近いし!」
止まらない。本当に止まらない。ルークが苦笑する。
「張り切ってるな」
「だってフィオ久しぶりだもん!」
フィオナは少し嬉しくなった。覚えていてくれた。
会いたいと思っていたのは自分だけじゃなかった。
そう思えた。
◇◇◇
やがて。
四人は噴水広場へ辿り着く。今日も平和だった。
子供達が走り回っている。市場の人達が談笑している。噴水の水音が心地良い。
すると。
子供達の一人が気付く。
「あっ!」
そして叫んだ。
「歌のお姉ちゃんだ!」
一瞬だった。周囲の子供達が一斉に振り向く。
「本当だ!」
「いたー!」
「歌ってー!」
いつもの流れだった。カナタは苦笑する。
「またー?」
「お願い!」
「聞きたい!」
「一曲だけ!」
フィオナはその光景を見て笑う。本当に人気者だ。噂なんかじゃない。実際に見れば分かる。
カナタはたくさんの人に愛されている。
「どうしようかなー」
少し悩む。
だが。
その時間は短かった。カナタはフィオナを見る。
「フィオ」
「はい?」
「歌聞く?」
フィオナは少し驚く。
そして。
静かに頷いた。
「聞きたいです」
本音だった。カナタは嬉しそうに笑う。
「じゃあ一曲だけ!」
歓声が上がる。子供達が喜ぶ。市場の人達も集まってくる。ルークとエマは慣れた様子で近くのベンチへ座った。フィオナもその隣へ腰掛ける。
そして。
カナタは噴水の前へ立った。
風が吹く。水色の髪が揺れる。歌紡ぎのポシェットが揺れる。広場が静かになる。
そして。
歌が始まった。優しく。温かく。心へ染み込むような歌声だった。フィオナは静かに聞いていた。
初めて聞いたあの日から。時々。ふと歌声を思い出していた。
勉強の合間。窓の外を眺める時。眠る前。不思議なほど心に残っていた。
だから。
また聞きたいと思っていた。
そして今。
再びその歌声を聞いている。やっぱり好きだと思った。何度でも聞きたくなる。そんな歌だった。
ルークも腕を組む。エマも静かに目を閉じる。誰も気付かない。
歌を聞く人々の表情が少し柔らかくなっていることに。
疲れていた人が元気になる。落ち込んでいた人が笑顔になる。
歌姫の祝福。
まだ誰も知らない力。それは今日も静かに人々へ届いていた。
そしてその頃。王都の遥か外。深い森の奥。
そこでは。
本来なら王都近くに現れないはずの巨大な魔物が静かに翼を広げていた。
黄金の瞳。鋭い爪。巨大な翼。風を纏う獣。
――風翼グリフォン。
その視線は。静かに王都アウレリアへ向けられていた。




