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異世界歌姫は今日も自由!  作者: ザナトス


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31/49

第31話 フィオ

その日の朝。

王城の一室。フィオナは鏡の前に立っていた。

「本当に行かれるのですか……」

侍女が頭を抱えている。

フィオナは少しだけ視線を逸らした。

「散歩です」

「王城の外へ?」

「散歩です」

「お忍びですね」

「散歩です」

苦しい言い訳だった。誰が聞いてもお忍びだった。それでもフィオナは諦めない。

一度だけ。本当に一度だけ。歌のお姉ちゃんを見てみたい。

ただそれだけだった。

「護衛は付けます」

「それは仕方ありません」

さすがにそこは譲れない。

王女なのだ。何かあっては困る。

そしてしばらく後。フィオナは簡素な服へ着替えていた。王女らしい豪華な服ではない。

街娘風の服装。それでも隠しきれない気品がある。だが本人は気付いていない。

「では行ってまいります」

フィオナは少し嬉しそうだった。まるで冒険へ向かう子供のように。

◇◇◇

その頃。

王都の市場。

「ふふーん♪」

カナタは今日も鼻歌を歌っていた。

完全に定着した。本人は無意識。ルークとエマは慣れた。市場の人達も慣れた。

「おはよー!」

「おはよう!」

いつもの挨拶。いつもの市場。今日も平和だった。カナタは露店を眺める。

果物。パン。装飾品。見ているだけで楽しい。

その時だった。

「わぁ……」

小さな声が聞こえた。振り向く。一人の少女が立っていた。

金色の髪。青い瞳。年齢はカナタと近い。見たことのない顔だった。観光客だろうか。

そんなことを思う。

一方。フィオナは固まっていた。

見つけた。噂の少女。水色の髪。肩から下げた不思議なポシェット。

そして。

想像以上に普通だった。もっと神秘的な人を想像していた。

だが実際は違う。楽しそうに笑っている。市場の人達と話している。

子供達と笑い合っている。本当に普通の少女だった。

「こんにちは!」

突然声を掛けられた。

フィオナが飛び上がる。

「ひゃっ!?」

カナタが目を丸くする。

「大丈夫?」

「だ、大丈夫です!」

全然大丈夫そうじゃなかった。フィオナは慌てる。

緊張していた。王族としてではない。

普通の友達として話す経験が少なかったからだ。

カナタは首を傾げる。変わった子だな。それが第一印象だった。

「初めて見る顔だね」

「そ、その……」

フィオナは言葉に詰まる。何と言えばいいのだろう。歌のお姉ちゃんを見に来ました。

それは恥ずかしい。かなり恥ずかしい。

だから。

「散歩です」

思わず口から出た。

「私も!」

即答だった。

カナタである。

「散歩楽しいよね!」

「え?」

「市場好き!」

フィオナは少し呆然とした。こんな風に話し掛けられたことがない。王女としてならある。

だが。

一人の少女として話し掛けられたことは少なかった。

不思議な感覚だった。

そして。

少し嬉しかった。

「私はカナタ!」

元気よく名乗る。フィオナは少し迷う。本名はまずい。さすがにまずい。

だから。

「フィオ……です」

愛称を名乗った。

すると。

カナタが笑う。

「フィオ!」

いきなりだった。フィオナが固まる。

今。呼び捨てにされた。王城ならあり得ない。

騎士も。貴族も。使用人も。誰もそんな呼び方はしない。

だが。不思議と嫌ではなかった。

むしろ。少し嬉しい。

「フィオって呼んでいい?」

「え?」

「駄目?」

上目遣いだった。フィオナは負けた。一瞬で負けた。

「だ、大丈夫です」

「やった!」

カナタは満面の笑みだった。フィオナも思わず笑ってしまう。その光景を。少し離れた場所から護衛達が見守っていた。

「仲良くなりましたね」

「早すぎるだろ」

護衛は呆れていた。まだ数分である。なのに。もう友達みたいだった。

◇◇◇

その後。

カナタはフィオナを連れて市場を歩き始めた。

「ここのパン美味しいんだよ!」

「そうなのですか?」

「うん!」

「こちらの果物もおすすめだよ!」

「へぇ……」

フィオナは驚いていた。全部が新鮮だった。

市場。店。人々。笑顔。王城では見られない景色。そして何より。カナタとの会話が楽しかった。

王女としてではなく。一人の少女として接してくれる。

それが嬉しかった。

やがて。

フィオナは思う。来て良かった。本当に。そう思った。

そしてカナタはまだ知らない。隣を歩く少女が。アルヴェリア王国第一王女だということを。

全く、欠片も気付いていなかったのである。

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