第30話 お忍び計画
王城の朝は早い。
フィオナは朝食を終え。今日も勉強へ向かっていた。
歴史。政治。外交。王族として必要な知識は多い。
それは理解している。理解しているのだが。
「うぅ……」
机へ突っ伏した。
「フィオナ様」
侍女が困った顔をする。
「もう少しです」
「その言葉を昨日も聞きました……」
「一昨日も申し上げました」
「ですよね……」
フィオナは遠い目をした。
最近の楽しみが少ない。毎日同じような日々。もちろん不満ばかりではない。
だが。
たまには外へ出たい。市場を歩きたい。王都を見て回りたい。そんなことを考えてしまう。
その時だった。
「そういえば」
侍女が口を開く。
「広場の歌の少女ですが」
フィオナの顔が上がる。
反応が早い。本当に早い。
「その話をしましょう」
「まだ何も話しておりませんが」
「気になります」
即答だった。侍女は苦笑する。フィオナは椅子へ座り直した。先程までの疲れた顔が消えている。
分かりやすい。とても分かりやすい。
「市場ではさらに有名になっているようです」
「へぇ……」
「先日は百人近く集まったとか」
フィオナは目を丸くした。
百人。それはかなり多い。吟遊詩人でも簡単ではない。
「そんなに人気なのですか?」
「はい」
フィオナは少し考える。ますます気になる。
冒険者の少女。歌のお姉ちゃん。水色の髪。楽しそうに歌う。頭の中で勝手に想像が膨らんでいく。
「見てみたいですね」
ぽつりと呟く。侍女は嫌な予感がした。非常に嫌な予感だった。案の定。
フィオナは言った。
「少しだけ」
「駄目です」
即答だった。
「まだ何も言っていません」
「分かります」
「分かるのですか?」
「分かります」
侍女は断言した。長年仕えている。だから分かる。
今のフィオナは確実に何か企んでいる。
「お忍びは駄目です」
「まだ言ってません」
「考えておりました」
「……」
図星だった。
フィオナは視線を逸らす。侍女はため息を吐いた。本当に分かりやすい。
◇◇◇
その頃。
王都の市場。
「ふふーん♪」
カナタは今日も鼻歌を歌っていた。完全に定着していた。本人は気付いていない。
だが。
最近は本当によく歌う。歩きながら。買い物しながら。依頼へ向かいながら。とにかく歌う。
ルークは慣れてきた。エマも慣れてきた。市場の人達も慣れてきた。
「おはよう!」
パン屋のおばちゃんが手を振る。
「おはよー!」
カナタも元気よく返す。
「今日は歌わないのかい?」
「今日は歌わないよー」
「残念だねぇ」
そんな会話も日常になりつつあった。
すると。
広場の方から子供達が走ってくる。
「あっ!」
「歌のお姉ちゃんだ!」
「おはよー!」
カナタも手を振る。完全に地域の人気者だった。本人だけ自覚がない。
「今度いつ歌うの?」
「まだ決めてないよー」
「えー!」
いつもの流れだった。周囲が笑う。カナタも笑う。そんな穏やかな時間。誰も知らない。
王城では。一人の王女が。
その歌のお姉ちゃんに会う方法を真剣に考えていることを。
◇◇◇
その日の夕方。
フィオナは部屋で考え込んでいた。窓の外を見る。王都の街並み。遠くに見える市場。人々の暮らし。
本当は自分も歩いてみたい。話してみたい。見てみたい。
そして。
少しだけ気になっていた。歌のお姉ちゃん。どんな人なのだろう。どんな歌を歌うのだろう。なぜそんなに人が集まるのだろう。
「……」
フィオナは考える。
そして。小さく呟いた。
「一回だけです」
誰もいない部屋。その言葉を聞く者はいない。だから気付かなかった。
扉の外で侍女が頭を抱えていたことに。
「始まりましたね……」
小さなため息。長い付き合いだ。分かる。
フィオナはもう止まらない。きっと近いうちに。何らかの方法で王都へ出る。
そして。
歌のお姉ちゃんを探し始める。そんな予感がしていた。
一方その頃。
当のカナタは。宿で夕食を食べながら。
「このシチュー美味しい!」
と幸せそうにしていた。運命の出会いまで。
あと少し。
けれど本人達はまだ知らない。
王女フィオナと。歌を届ける少女カナタ。二人の出会いが。
王都アウレリアに新しい風を運ぶことになるのを。




