第29話 王城のお姫様
アルヴェリア王国。
王都アウレリアの中心。高い城壁に囲まれた王城。
王国の象徴とも言えるその場所では。今日も多くの者達が忙しく働いていた。
貴族。騎士。文官。侍女。様々な人々が行き交う。
その中に。
一人の少女がいた。長い金髪。透き通るような白い肌。
青い瞳。年齢は十六歳ほど。
アルヴェリア王国第一王女。フィオナ・アルヴェリア。
王国の宝石とも呼ばれる少女だった。
もっとも。本人はそんな呼ばれ方を全く嬉しいと思っていないのだが。
「はぁ……」
フィオナはため息を吐く。目の前には大量の書類。
机の上にも書類。横にも書類。積み上がる書類。
「まだあります」
侍女が微笑む。フィオナは机へ突っ伏した。
「まだあるのですか……」
「あります」
「嘘でしょう……」
現実だった。
王女だからだ。勉強。歴史。政治。礼儀作法。外交。舞踏。
毎日やることが多い。もちろん理解している。王族として必要なことだ。
だが。たまには外へ出たい。市場へ行きたい。普通に街を歩きたい。そんなことを考える時もあった。
その時だった。
扉がノックされる。
「失礼します」
一人の侍女が入ってきた。
そして。少し楽しそうな顔で言う。
「フィオナ様」
「なんです?」
「最近王都で面白い噂が広まっております」
フィオナが顔を上げる。面白い。その単語に反応した。最近の楽しみが少ないのだ。
「どのような噂ですか?」
侍女は微笑む。
「広場で歌う少女の話です」
「歌?」
フィオナは首を傾げる。歌手だろうか。吟遊詩人だろうか。そんな予想をする。
だが。
返ってきた答えは違った。
「冒険者の少女だそうです」
「冒険者?」
思わず聞き返した。侍女は頷く。
「広場で歌ったところ、大勢の人が集まったとか」
「へぇ……」
少し興味が湧いた。さらに侍女は続ける。
「市場ではかなり有名になっているようです」
「そんなにですか?」
「はい」
フィオナは椅子へ座り直す。
少しだけ興味が出てきた。
歌。冒険者。広場。自分とはまるで違う世界だ。
「どんな方なのです?」
侍女は少し考える。
そして。
「水色の髪の少女だそうです」
「水色?」
珍しい。かなり珍しい。フィオナはさらに興味を持つ。
「他には?」
「歌のお姉ちゃんと呼ばれているとか」
フィオナは吹き出した。
「歌のお姉ちゃん?」
王都で噂の人物。その呼び名が歌のお姉ちゃん。なんだか想像と違った。
もっとこう。神秘的な人物を想像していた。
だが。どこか親しみやすそうでもある。
「面白い方ですね」
自然と笑みが零れる。久しぶりだった。勉強以外の話でここまで興味を持ったのは。
◇◇◇
その頃。
王都の市場。
「ふふーん♪」
当の本人は鼻歌を歌っていた。全く知らない。自分の噂が王城まで届いていることなど。本当に何も知らない。
今日も自由だった。水色の髪を揺らしながら歩く。
気分が良い。神様の夢を見たからだろうか。
歌を届ける。その言葉が妙に心に残っていた。
だから。自然と鼻歌も増える。
「また歌ってる」
ルークだった。
呆れた顔をしている。
「え?」
「朝からずっとだぞ」
「そうだっけ?」
自覚が無かった。エマも苦笑している。
「今日だけで四回目」
「四回も?」
「四回」
完全に無意識だった。カナタは少し恥ずかしくなる。
だが。
楽しそうなのは事実だった。
「まあいいじゃん!」
結論が雑だった。ルークが笑う。エマも少し笑う。そんな三人の横を。市場の人々が通り過ぎる。
「おはよう!」
「今日も元気だね!」
「歌のお姉ちゃんだ!」
いつもの光景。カナタはもう慣れ始めていた。
笑顔で手を振る。挨拶を返す。誰とでも話す。王族も貴族も関係ない。子供も大人も関係ない。それがカナタだった。
そして。
そんな少女の噂は。少しずつ。少しずつ。王城の奥へ届いていく。まだ会うことはない。まだ話すこともない。
けれど。
運命は静かに動き始めていた。
王城で退屈そうに空を眺める王女フィオナ。
王都で楽しそうに鼻歌を歌う少女カナタ。
本来なら交わらない二人。
だが。
歌は時に。思いもよらない縁を運んでくるのだった。




