第27話 自由に飛べ!
夕暮れの広場。
空は茜色に染まり。噴水の水音が静かに響いていた。広場には多くの人が集まっている。
子供達。市場の商人達。冒険者達。仕事帰りの人々。
前回より明らかに多い。カナタは広場の中央で立ち尽くしていた。
「やっぱり多いよぉ……」
思わず本音が漏れる。正直。逃げたい。少しだけ。
いや、かなり。こんなに人が集まるなんて思っていなかった。
ただ歌うだけなのに。どうしてこうなったのか。本当に分からない。すると最前列から声が飛ぶ。
「頑張れー!」
子供達だった。元気いっぱいに手を振っている。市場のおばちゃん達も笑顔だ。ルークは親指を立てている。
エマは静かに頷いていた。ミリアもいた。
仕事を終えて駆け付けたのだろう。少し離れた場所から見守っている。その顔を見た時だった。
不思議と緊張が少し和らぐ。知っている顔がたくさんあった。最初に歌った時は違う。知らない人ばかりだった。
でも今は違う。
王都で出会った人達がいる。仲良くなった人達がいる。待っていてくれる人達がいる。
だから。
怖くなかった。カナタは大きく息を吸う。夕暮れの空を見上げる。そして笑った。いつものように。
明るく。自然に。
「聞いてください!」
広場が静かになる。さっきまで話していた人達も。
歩いていた人達も。皆がカナタを見る。
「『自由に飛べ!』」
その言葉と共に。カナタは歌い始めた。
「知らない空を見上げていた――」
優しい歌声だった。けれど力強い。広場へ広がる。
風に乗って広がる。前回よりもずっと自然だった。
緊張している。
それでも。歌うことが楽しい。
そんな気持ちが歌声に乗っていた。
子供達は目を輝かせる。聞いたことがある。それでも嬉しい。また聞ける。それだけで嬉しかった。
市場のおばちゃん達も静かになる。
普段なら賑やかな人達だ。だが今は誰も喋らない。
歌を聞いている。ただそれだけだった。
「昨日までとは違う景色――」
歌声が続く。
王都の風景。空。人々。全てが歌に溶け込んでいくようだった。ミリアは目を閉じる。
不思議だった。何故だろう。疲れが消えるわけではない。問題が無くなるわけでもない。
それでも。
少しだけ心が軽くなる。
そんな気がした。
仕事で疲れていたはずなのに。自然と肩の力が抜けていく。
「なんなんでしょうね……」
小さく呟く。もちろん答えは無い。
だが。
この歌には確かに何かがあった。ルークも聞いている。
普段は騒がしい彼も静かだった。冒険者になってから。
上手くいかないことも多い。失敗もある。
不安もある。それでも。この歌を聞くと。前を向ける気がした。エマも同じだった。元々口数は多くない。感情を表に出す方でもない。
それでも。
歌を聞いていると胸の奥が温かくなる。どこか優しい気持ちになれる。だから好きだった。
歌も。そして歌っている少女も。やがて歌はサビへ入る。
「自由に飛べ――」
その瞬間だった。広場の空気が変わる。誰もが自然と顔を上げる。
空を見る。夕焼けを見る。歌を聞く。
「風の向こうへ――」
歌声が伸びる。どこまでも。まるで本当に空へ飛んでいくようだった。
広場の片隅では。偶然通り掛かった旅人が立ち止まる。商談帰りの商人も足を止める。
何だろう。気になった。聞いてみたいと思った。
それだけだった。けれど気付けば耳を傾けている。歌にはそんな力があった。
「この世界が広いのなら――」
歌うカナタ自身も笑顔だった。
楽しい。
本当に楽しい。歌うことが好きだ。
そして。
聞いてくれる人がいることも嬉しい。だから歌声はどこまでも伸びる。
自然に。真っ直ぐに。歌は続く。
二番へ入る。
人々は聞き続ける。誰も帰らない。誰も急がない。その時間だけ。広場は歌のための場所になっていた。
そして最後。
ラスサビ。
「自由に飛べ――」
カナタは空を見上げた。
異世界へ来た日。不安だった。寂しかった。何も分からなかった。
でも今は違う。
友達がいる。知り合いがいる。待っていてくれる人達がいる。
だから。
自然と笑顔になる。
「今日を好きになれるように――」
最後の歌詞。最後の音。歌声が夕暮れへ溶けていく。
静寂。
広場が静かになる。誰も動かない。誰も喋らない。歌の余韻だけが残る。
そして。
パチ。
小さな拍手が聞こえた。誰か一人だった。
だが。
それはすぐに広がる。
パチパチ。
パチパチパチ。
やがて。
大きな拍手になる。広場中を包む拍手。
歓声。笑顔。前回よりも遥かに大きい。
「ありがとう!」
子供達が叫ぶ。
「最高だった!」
市場のおじさん達も笑う。冒険者達も拍手している。
ミリアも。ルークも。エマも。皆笑顔だった。
カナタは呆然とする。信じられなかった。
ただ歌っただけだった。好きだから歌っただけだった。
それなのに。
こんなにも多くの人が喜んでくれる。胸の奥が熱くなる。
少しだけ涙が出そうだった。
嬉しかった。本当に。嬉しかった。
その時。
肩に掛けた歌紡ぎのポシェットが。誰にも見えないように淡く輝く。
中央の金色の星。その周囲の装飾が。ほんの僅かだけ変化した。数値は無い。説明も無い。
けれど確かな成長だった。
歌好きの少女。
歌を届ける少女。
その歩みはまだ始まったばかり。
それでも今日。カナタの歌は確かに届いた。たくさんの人の心へ。
優しく。温かく。そして自由に。
風の向こうへ――。




