第26話 もう一度、あの歌を
翌日。
王都アウレリアは今日も賑やかだった。朝から市場には人が集まり。冒険者達はギルドへ向かい。
商人達は元気よく声を張り上げている。
そんな活気の中。カナタもいつものように王都を歩いていた。
「今日は何しようかなー」
依頼は午前中で終わっていた。荷物運びの簡単な仕事。報酬も悪くない。天気も良い。気分も良い。そんな平和な日だった。
市場を歩く。すると。
見覚えのある顔が次々に声を掛けてくる。
「おはよう!」
パン屋のおばちゃんだった。
「おはよう!」
カナタも笑顔で返す。
「あんた最近人気だねぇ」
「違うってば」
「そうかい?」
全く信じていない顔だった。
その時。店の奥から子供達が飛び出してくる。
「あっ!」
「いた!」
「歌のお姉ちゃんだ!」
まただった。カナタは頭を抱える。最近はもう諦め始めている。
「カナタだよ?」
「歌のお姉ちゃん!」
「聞いてよ!」
聞いてもらえなかった。子供達は元気いっぱいだ。
そして。今日も同じ質問をする。
「ねぇ!」
「ん?」
「歌わないの?」
カナタが固まる。またその話だった。
だが。今日は少し違った。
「私も聞きたいねぇ」
魚屋のおばさん。
「前の歌良かったからな」
果物屋のおじさん。
「今度は最初から聞きたいな」
雑貨屋のお姉さん。周囲から次々に声が上がる。カナタは目を丸くした。
思ったより多い。本当に多い。みんな覚えていた。
「えっと……」
困る。とても困る。歌うのは好きだ。嫌ではない。
だが。こんなに期待されると緊張する。
その時だった。
「迷ってるのか?」
後ろから声。ルークだった。エマもいる。いつの間に来たのか。二人とも少し笑っている。
「だって……」
カナタが周囲を見る。子供達。市場の人達。皆期待した顔をしている。
「歌えばいいじゃん」
ルークが言う。
簡単そうに。
「簡単に言う!」
「簡単だろ?」
「簡単じゃない!」
即答だった。
すると。エマが小さく口を開く。
「でも」
「ん?」
「みんな聞きたいんだと思う」
その言葉に。周囲が静かになる。市場の人達も。子供達も。
皆同じ気持ちだった。歌を聞きたい。それだけだ。
カナタは空を見上げた。青空。穏やかな風。数日前のことを思い出す。
夕暮れの広場。なんとなく歌った。ただそれだけだった。
でも。
その歌を覚えていてくれる人がいる。待ってくれている人がいる。その事実が胸を温かくした。
「……」
少しだけ考える。
そして。小さく笑った。
「分かった」
子供達の顔が輝く。
「本当!?」
「うん」
「やったー!」
歓声が上がった。市場中に響くくらいの歓声だった。カナタは思わず苦笑する。
そこまで喜ばれるとは思わなかった。
「夕方ね」
そう言うと。さらに盛り上がった。
「みんな呼ばなきゃ!」
「お父さんにも言う!」
「絶対行く!」
子供達は走り出した。市場の人達まで笑っている。
「これは凄いことになりそうだな」
ルークが呟く。
「今から怖い」
カナタは本音を言った。
すると。エマが少しだけ笑う。
「大丈夫」
「本当に?」
「たぶん」
「たぶん!?」
少し不安だった。
そして。夕方。広場。噴水の周囲には既に人が集まっていた。カナタは固まる。
「多くない!?」
思わず叫んだ。前回とは比べものにならない。
子供達。市場の人達。冒険者達。通りすがりの人。
そして。ギルドの受付を終えたミリアの姿まであった。
「ミリアさん!?」
「聞きに来ました」
当然のように言う。
「なんで!?」
「聞きたいので」
逃げ場が無かった。完全に無かった。ルークとエマもいる。
市場の人達もいる。子供達は最前列だ。
皆笑顔だった。期待している。待っている。
カナタは深呼吸した。緊張する。すごく緊張する。
けれど。嫌ではなかった。
むしろ。嬉しかった。こんなにも多くの人が。
自分の歌を待っていてくれる。それが嬉しかった。風が吹く。水色の髪が揺れる。夕焼けが広場を染める。
歌紡ぎのポシェットの星が。ほんの僅かに輝いた気がした。
そして。カナタは笑う。いつものように。明るく。楽しそうに。
「それじゃあ――」
広場が静かになる。誰もが耳を傾ける。
王都アウレリアの夕暮れ。広場の歌のお姉ちゃん。その歌声を待つ人達。
そして。
歌を届ける少女。カナタは息を吸った。
「聞いてください!」
笑顔で言う。
「『自由に飛べ!』」
その瞬間。広場中の期待が一つになった。
歌声が響く。
その瞬間を待ちながら――。




