第23話 広場の歌のお姉ちゃん
翌日。
カナタはいつものように冒険者ギルドへ向かっていた。王都アウレリアの朝は今日も賑やかだ。市場では商人達が準備を始めている。屋台からは美味しそうな匂いが漂う。
馬車が通り過ぎる。子供達が走り回る。異世界へ来てからまだ日も浅い。
それなのに。この景色が少しずつ好きになっていた。
「おはよう!」
市場の近くを通った時だった。パン屋のおばちゃんが声を掛けてくる。
「おや、元気娘」
「元気娘じゃないよ!」
「そうかい?」
「そうだよ!」
だが。
おばちゃんは笑っている。最近よく話すようになった。顔を見ると声を掛けてくれる。
カナタも自然と立ち寄るようになっていた。
「これから依頼かい?」
「うん!」
「頑張りな」
「頑張る!」
そんなやり取りをしていると。店の奥から小さな男の子が顔を出した。
「あっ」
昨日広場で会った子供の一人だった。男の子の目が輝く。
「歌のお姉ちゃん!」
カナタが固まる。
まただ。最近この呼び方が増えている。
「お姉ちゃんじゃなくてカナタ!」
「歌のお姉ちゃん!」
「聞いて!」
全く聞いてくれない。男の子は楽しそうに笑っている。おばちゃんまで笑い出した。
「なるほどねぇ」
「なるほどじゃないよ!」
恥ずかしい。とても恥ずかしい。だが嫌ではなかった。
少しだけ。本当に少しだけ。嬉しくもあった。男の子は店の中へ戻る。
そして友達らしい子供達を連れてきた。
「いた!」
「本当だ!」
「歌のお姉ちゃん!」
人数が増えた。
カナタは思わず後退る。囲まれた。完全に囲まれた。
「人気者だな」
後ろから声がする。振り向く。ルークだった。
その隣にはエマもいる。二人とも笑いを堪えている。
「助けて!」
「無理」
即答だった。
「ひどい!」
エマまで肩を震わせている。完全に面白がっていた。
結局。子供達に捕まったままギルドへ向かうことになる。
道中も大変だった。
「次いつ歌うの?」
「分からないよ」
「今日?」
「歌わない!」
「明日?」
「分からない!」
質問攻めだった。ルークは大笑いしている。
エマも珍しく笑顔だった。ギルドへ到着する頃には。カナタは少し疲れていた。
精神的に。受付へ向かう。
ミリアがいた。
「おはようございます」
いつもの笑顔。
そして。カナタの後ろを見る。
子供達。ルーク。エマ。妙な集団だった。
「……何があったんですか?」
「聞いて!」
カナタが訴える。
だが。
説明する前に子供達が叫んだ。
「歌のお姉ちゃん!」
ミリアが固まる。数秒後。吹き出した。
「ふふっ」
珍しい。ミリアが声を出して笑った。カナタはショックを受ける。味方だと思っていたのに。
「ミリアさんまで!」
「ご、ごめんなさい」
全然謝っている顔ではなかった。
むしろ楽しそうだった。ギルド内の冒険者達まで反応する。
「ああ、広場の歌の子か」
「最近有名だよな」
「聞いた聞いた」
カナタは机へ突っ伏した。なぜこんなことになったのか。本当に分からない。ただ歌っただけなのに。
その時だった。ギルドの扉が開く。
一人の中年冒険者が入ってきた。顔には疲れが見える。
依頼帰りなのだろう。
だが。カナタを見ると少し驚いた。
「あ」
その反応にカナタは嫌な予感がした。
「もしかして広場で歌ってた嬢ちゃんか?」
「うぅ……」
図星だった。冒険者は頭を掻く。少し照れ臭そうだった。
そして。ぽつりと言う。
「ありがとな」
カナタが顔を上げる。
「え?」
「この前の歌」
男は少し笑った。
「色々あって落ち込んでたんだ」
周囲が静かになる。男は続けた。
「でもな」
「……」
「なんか頑張ろうって思えた」
それだけだった。大袈裟な話ではない。命を救われたわけでもない。奇跡が起きたわけでもない。
ただ少しだけ。前を向けた。それだけだ。
だが。
カナタの胸にはしっかり届いた。
「そっか」
自然と笑顔になる。
「なら良かった」
その笑顔を見て。男も笑った。周囲の冒険者達も穏やかな顔になる。そしてミリアは思う。
やっぱり。この子の歌には何かがある。
歌声だけではない。人を笑顔にする何かが。
その時。
歌紡ぎのポシェットが淡く輝いた。誰も気付かない。
カナタですら気付かない。
だが確かに。小さな光は昨日より強くなっていた。
歌好きの少女。歌を届ける少女。その歩みはゆっくりだ。
けれど確実だった。そして王都アウレリアでは。
今日もまた。広場の歌のお姉ちゃんの噂が広がっていくのだった。




