第22話 少しずつ増える居場所
翌朝。
カナタはいつものように元気よく目を覚ました。
窓から差し込む朝日。鳥の鳴き声。木漏れ日の亭にもすっかり慣れてきた。
異世界へ来たばかりの頃は全てが新鮮だった。今も新鮮なことは多い。
だが。
少しずつ日常になり始めている。それがどこか嬉しかった。
「今日も頑張ろう!」
気合いを入れる。そして朝食を終えると冒険者ギルドへ向かった。王都の朝は賑やかだ。
パン屋からは焼きたての香り。市場では商人達が準備を始めている。子供達の笑い声も聞こえる。
そんな景色を見ながら歩いていると。
「おっ」
聞き覚えのある声。振り返る。
ルークだった。
「おはよう!」
カナタが手を振る。
「朝から元気だな」
「ルークも元気そう!」
「まあな」
ルークは苦笑した。そのまま二人でギルドへ向かう。途中でエマとも合流した。
三人揃うと少し賑やかになる。まだ知り合って間もない。
だが。
不思議と話しやすかった。ギルドへ到着する。依頼掲示板を見る。今日は森ではなく。王都内の雑用依頼を受けることになった。
荷物運び。倉庫整理。市場への配送補助。地味な依頼だ。
だが新人には人気らしい。
「今日は平和だな」
ルークが言う。
「昨日が大変だったからね」
エマも頷く。カナタは笑顔だった。
「平和好き!」
それは本音だった。もちろん冒険も嫌いではない。
だが。人と話したり。街を歩いたりするのも好きだった。依頼は順調に進んだ。市場の倉庫。商店街。広場近くの雑貨店。色々な場所を回る。
そして。
少しずつ顔を覚えられ始める。
「おや?」
パン屋のおばちゃんが声を掛けてきた。以前荷物を届けた店だ。
「元気そうだね」
「うん!」
「相変わらず良い返事だ」
おばちゃんが笑う。
そして。焼きたての小さなパンを一つ差し出した。
「ほら」
「えっ」
「頑張ってるご褒美」
カナタの目が輝いた。
「いいの!?」
「いいんだよ」
嬉しそうに受け取る。そして一口。
「おいしい!」
満面の笑みだった。ルークとエマが笑う。本当に美味しそうに食べる。見ているだけで幸せそうだった。
その後も依頼は続く。
雑貨店のおじさん。市場の商人。食堂の店主。少しずつ顔見知りが増えていく。
「最近よく見るな」
そんな言葉も増え始めた。カナタは気付いていない。
だが。王都での居場所が少しずつ広がっていた。
昼頃。依頼も一段落する。
三人は市場近くの広場で休憩することになった。
ベンチへ座る。風が気持ち良い。
「王都にも慣れてきた?」
エマが聞く。カナタは少し考えた。そして頷く。
「うん」
本当にそう思った。最初は何も分からなかった。
知らない世界。知らない街。知らない人達。不安もあった。
でも今は違う。宿の人達。ミリア。ルーク。エマ。
市場のおばちゃん。知っている顔が増えた。それだけで街の見え方が変わる。
「良かったな」
ルークが笑う。
「うん!」
その時だった。広場の反対側から子供達の声が聞こえてきた。
「いた!」
「本当だ!」
「歌のお姉ちゃんだ!」
カナタが固まる。嫌な予感しかしない。
そして。数人の子供達が駆け寄ってきた。
「歌のお姉ちゃん!」
「やっぱりだ!」
「広場の人だ!」
見つかった。また見つかった。カナタは思わず顔を覆う。
ルークは吹き出した。エマも笑いを堪えている。
「歌のお姉ちゃんって呼ばれてるのか」
「初めて聞いた」
「やめて!」
恥ずかしかった。とても恥ずかしかった。子供達は気にしない。むしろ楽しそうだ。
「あの歌良かった!」
「また聞きたい!」
「ねー!」
一斉に言われる。
カナタは困る。まだ歌う予定は無い。心の準備も無い。
だが。嬉しくないわけでもなかった。歌を覚えていてくれた。それが少し嬉しかった。
「今は歌わないよ?」
そう言うと。子供達は少し残念そうな顔をした。
だがすぐ笑う。
「じゃあ今度!」
「約束!」
「また聞かせて!」
元気いっぱいだった。カナタは思わず笑ってしまう。
「うん」
小さく頷く。
その瞬間。子供達は大喜びした。まるで大冒険の約束をしたかのように。そして走り去っていく。
その背中を見送りながら。ルークが言った。
「有名人だな」
「違うよ!」
即答だった。
だが。エマは少しだけ笑う。
「でも嬉しそうだった」
「えっ」
「さっき」
カナタは言葉に詰まる。
確かに。少し嬉しかった。歌を覚えていてくれる人がいた。また聞きたいと言ってくれる人がいた。それが嬉しかった。胸の奥が少し温かくなる。
そして。
肩に掛けた歌紡ぎのポシェットが。誰にも気付かれないほど僅かに輝いた。まだ小さな光。
けれど確かな変化。歌好きの少女は。
少しずつ。少しずつ。歌を届ける少女になろうとしていた。
そして王都アウレリアにも。広場の歌の少女の噂が。静かに広がり始めていた。




