第18話 広場の歌声
翌朝。
木漏れ日の亭の一室で。カナタは大きく伸びをした。
「ん~~~~っ!」
気持ちの良い朝だった。窓から差し込む朝日。鳥の鳴き声。
王都の街が目覚めていく音。異世界へ来てまだ数日。
それなのに。この宿にも少しずつ慣れてきていた。
ベッドから降りる。窓を開ける。爽やかな風が頬を撫でた。
長い水色の髪がふわりと揺れる。青空が広がっていた。今日も良い天気だ。
「よしっ!」
元気よく気合いを入れる。
そして。
昨日のことを思い出した。夕暮れの広場。気持ち良い風。綺麗な空。そして歌。そこまでは良かった。
問題はその後だ。
「うぅ……」
顔を両手で覆う。思い出しただけで恥ずかしい。人が集まった。拍手された。歓声まで上がった。あれは反則だと思う。
心の準備が全く出来ていなかった。
「恥ずかしかったなぁ……」
ベッドへ倒れ込む。じたばたする。誰にも見られていないので遠慮は無い。
だが。
不思議なこともあった。嫌ではなかった。
むしろ。少し嬉しかった。歌を聞いてくれた人達が笑顔だった。楽しそうだった。その光景が頭に残っている。
「また歌いたいな」
ぽつりと呟く。そしてすぐに首を振る。
「いやいや!」
また人が集まったら大変だ。今度は心の準備をしてからにしよう。そう決意するカナタだった。
もっとも。その決意はあまり長く持たないのだが。
朝食を終える。歌紡ぎのポシェットを肩へ掛ける。昨日光った気がした。だが今は何も変わらない。
いつも通りだ。白と生成り色を基調としたポシェット。
金色の星。白い翼。お気に入りの♫チャーム。やはり気のせいだったのだろう。そう思いながら宿を出る。
向かう先は冒険者ギルド。朝の王都は賑やかだった。市場では商人達が準備を始めている。
パン屋からは良い香り。道端では子供達が走り回っている。
そんな景色を眺めながら歩く。
そして。冒険者ギルドへ到着した。扉を開く。
その瞬間だった。
「だから本当にいたんだって!」
「嘘だろ?」
「俺も見たぞ」
「夕暮れの広場の話だろ?」
中が妙に騒がしい。カナタは首を傾げた。何かあったのだろうか。有名な冒険者でも来たのかもしれない。そんなことを考えながら中へ入る。
すると。数人の冒険者がこちらを見た。
「ん?」
さらに別の冒険者も見る。また一人。また一人。
なぜか視線が集まる。理由が分からない。カナタは首を傾げながら受付へ向かった。
「おはようございます」
ミリアだった。
今日も綺麗な笑顔だ。
「おはよう!」
元気よく返事をする。ミリアは少しだけ笑った。
そして。水色の髪を揺らしながら立つ少女を見る。昨日と変わらない。本当に変わらない。それが逆に不思議だった。
昨日。あれだけの人を集めた。あれだけの拍手を受けた。普通なら浮かれるか。緊張するか。どちらかだろう。
だが。
カナタはいつも通りだった。依頼掲示板を見て。何を受けようかなと考えている。本当に普通だ。
「……」
ミリアは少しだけ笑ってしまう。この子らしい。
そんな時だった。
「おい!」
大きな声が響く。振り向く。ベテラン冒険者の男がこちらへ歩いてきた。
「昨日広場で歌ってた子だろ?」
カナタの身体が固まる。嫌な予感がした。とても嫌な予感がした。
「やっぱりだ!」
男は嬉しそうに笑う。すると周囲も反応した。
「ああ!」
「あの歌の子か!」
「水色の髪だからすぐ分かった!」
「昨日聞いたぞ!」
どんどん広がっていく。カナタは思わず一歩後退した。
「うそぉ……」
見つかった。完全に見つかった。しかも思っていた以上に知られている。
なぜだろう。昨日一回歌っただけなのに。
「歌良かったぞ!」
「ありがとう……」
反射的に返事をする。
「また聞かせてくれ!」
「今度は仲間連れてくるからな!」
「俺も聞きたい!」
次々に声が飛ぶ。カナタは困る。
だが。少しだけ嬉しい。歌を褒められるのはやっぱり嬉しい。
そんな時だった。若い冒険者が近付いてきた。昨日も広場にいた男だ。
「なあ」
「うん?」
「昨日さ」
男は少し照れ臭そうに笑う。
「元気出たんだよ」
「元気?」
「依頼失敗して落ち込んでたんだけど」
頭を掻く。少し恥ずかしそうだ。
「歌聞いたら、もう一回頑張ってみようかなって思えた」
カナタは目を瞬いた。予想していなかった言葉だった。
ただ歌っただけ。自分が好きだから歌っただけ。
それなのに。誰かの力になった。そう言われた。
胸の奥がじんわり温かくなる。
「そっか」
自然と笑顔になる。
「なら良かった」
その笑顔は眩しかった。周囲の冒険者達までつられて笑ってしまうほどに。ミリアはその様子を見ていた。
そして思う。
昨日広場で見た人達も。今ここにいる冒険者達も。皆どこか明るい。もちろん偶然かもしれない。歌が良かっただけかもしれない。
それでも。どうしても気になった。カナタの歌には。人の心を少しだけ軽くする何かがある。そんな気がしてならなかった。
その時。誰にも気付かれないほど僅かに。歌紡ぎのポシェットの星が淡く輝く。
まるで。その言葉を喜ぶように。だが誰も気付かない。
もちろんカナタもだ。彼女はただ笑っていた。歌が誰かに届いたことを。純粋に嬉しく思いながら。
そして知らない。
歌好きの少女が。少しずつ。歌を届ける少女へと歩み始めていることを。




