第17話 風に乗せて
「えぇぇぇっ!?」
カナタの声が広場へ響いた。
歌が終わった。それは分かる。
だが。目の前の状況が理解できなかった。人がいる。たくさんいる。噴水の周り。ベンチの近く。広場の入り口。
いつの間にか大勢の人が集まっていた。
そして全員が拍手している。自分へ向かって。
「な、なんで!?」
思わず後ずさる。だが拍手は止まらない。むしろ増えていく。誰かが口笛を吹いた。誰かが歓声を上げた。
子供達は楽しそうに飛び跳ねている。カナタは完全に固まった。ただ歌っただけだった。
本当にそれだけだった。
夕焼けが綺麗だった。
風が気持ち良かった。
歌いたくなった。だから歌った。
それだけなのに。
なぜこんなことになっているのか。全く分からない。
「もう一曲!」
誰かが叫ぶ。
「聞きたい!」
「すごかったぞ!」
次々と声が飛ぶ。カナタは慌てて両手を振った。
「む、無理です!」
即答だった。すると周囲から笑い声が起きる。
怒っている人はいない。
むしろ皆楽しそうだった。その様子を見て。カナタは少しだけ肩の力を抜いた。どうやら嫌われてはいないらしい。それだけでも安心だった。
その時だった。
「カナタさん」
聞き覚えのある声。振り返る。そこにはミリアが立っていた。夕暮れの光を受けながら。少し驚いたような顔をしている。
「ミリアさん!?」
「驚きました」
「私も驚いてる!」
本気だった。ミリアは思わず吹き出しそうになる。本当にこの子は面白い。周囲の人達を集めた本人が。
一番驚いている。そんなことがあるだろうか。
「今の歌、とても素敵でした」
ミリアが言う。真っ直ぐな言葉だった。お世辞ではない。カナタにもそれが分かった。だからこそ照れる。
「ありがと……」
少しだけ視線を逸らす。
歌うことは好きだ。けれど褒められるのは慣れていない。ましてや知らない人達の前だ。
恥ずかしい。かなり恥ずかしい。ミリアはそんな様子を見て微笑む。
そしてふと周囲を見る。まだ人は帰っていない。歌が終わったのに。皆どこか穏やかな顔をしている。
不思議だった。
疲れた顔をしていた商人が笑っている。険しい顔だった冒険者が仲間と談笑している。泣きそうだった小さな子供が笑顔になっている。
偶然だろうか。
そう思う。
だが。なぜか違う気もした。
「……」
ミリアはカナタを見る。銀色の髪。まだ新人の冒険者。
それなのに。どこか不思議な雰囲気を持っている。歌にも。そして本人にも。何かがある気がした。
もちろん確信はない。ただの気のせいかもしれない。
それでも。心に引っ掛かった。
その頃。広場の片隅では。一人の商人が帰る準備をしていた。今日の売上は良くなかった。朝から嫌なこともあった。
疲れていた。本当なら真っ直ぐ家へ帰るつもりだった。
だが。ふと気付く。
「あれ?」
身体が軽い。もちろん本当に疲れが消えたわけではない。
それでも。少しだけ気分が良かった。
「……明日も頑張るか」
自然とそんな言葉が出る。自分でも不思議だった。別の場所では。冒険者が仲間へ話していた。
「さっきの歌、良かったな」
「ああ」
「なんか元気出た」
「分かる」
そんな会話が交わされる。誰も気付かない。歌の影響だとは思わない。ただ良い歌だった。それだけだと思っている。
だが。確かに何かが届いていた。
小さな変化。小さな温もり。それはまだ弱い。けれど確かに存在していた。カナタ自身も知らない。
歌姫の祝福。
その最初の力が。静かに芽吹いていたことを。やがて人々は帰り始める。
夕暮れは終わり。夜が近付いていた。ミリアも帰る時間だった。
「また明日」
「うん!」
「依頼、頑張ってくださいね」
「頑張る!」
元気な返事。ミリアは笑う。そして別れた。カナタも木漏れ日の亭へ戻る。夜風が心地良い。
王都の夜は賑やかだった。
屋台。酒場。笑い声。どこも楽しそうだ。その景色を見ながら歩く。
そして思う。
今日は良い日だった。本当に。良い日だった。宿へ戻る。部屋へ入る。ベッドへ腰掛ける。少し疲れた。
けれど心地良い疲れだ。肩から歌紡ぎのポシェットを外す。
神様からの贈り物。大切な宝物。何気なく眺める。
その時だった。
ふわり。星の飾りが淡く光った。本当に一瞬。瞬きほどの時間。
「ん?」
カナタは首を傾げる。見間違いだろうか。ポシェットを持ち上げる。だがもう光は無い。変わった様子もない。
「気のせいかな?」
そう呟いてベッドへ置く。そして気付かない。
星の周囲の金刺繍が。ほんの僅かだけ。以前より輝きを増していたことに。
誰も知らない。
まだ。誰も気付かない。けれど確かに。歌好きの少女は。歌を届ける少女への一歩を踏み出していた。
王都アウレリアの夜。静かな変化は。誰にも知られることなく始まっていた。




