第15話 夕暮れの広場
カナタが選んだ依頼は荷物運びだった。
討伐でもない。採取でもない。本当にただの荷物運び。
だが報酬は悪くない。何より王都の中を歩き回れる。
それが少し楽しそうだった。
「お願いします!」
依頼主は市場の商人だった。年齢は四十代くらいだろうか。
大きな荷車の横で腕を組んでいる。
「おう、嬢ちゃんか」
「頑張ります!」
「元気だな」
商人は笑った。そして荷車を指差す。箱が山のように積まれている。思っていたより多い。
カナタは少し驚いた。
「結構あるね」
「今日は忙しくてな」
「任せて!」
勢いよく答える。商人は少し不安そうな顔をした。
だが。その心配はすぐ消えた。カナタは軽々と箱を持ち上げる。神様から与えられた身体能力。本人はまだ自覚していない。
だが普通の少女ではない。
「お、おお……」
商人が目を丸くする。
「これどこまで運ぶの?」
「向こうの店だ」
「分かった!」
カナタは歩き出す。軽い。驚くほど軽い。思わず鼻歌が出そうになる。
荷物運びは昼過ぎまで続いた。
市場。雑貨店。武具店。食堂。様々な場所へ荷物を届ける。
そのおかげで王都の街並みをたくさん見ることができた。
気付けば。昨日より街に慣れている自分がいた。
「ありがとうね」
パン屋のおばさんが笑顔で言う。
「うん!」
「また来なさい」
「来る!」
そんな会話も増えた。知らない人ばかりの世界。そう思っていた。
だが違う。少しずつ。この世界に知っている人が増えていく。それが嬉しかった。
昼頃。
依頼は無事に終了した。冒険者ギルドへ戻る。受付にはミリアがいた。
「お疲れ様です」
「終わった!」
「無事に終わったみたいですね」
「楽しかった!」
ミリアは少し驚く。荷物運びを楽しいと言う新人は珍しい。
だが。カナタなら納得できる気もした。
「王都をいっぱい見れたから!」
「ああ、なるほど」
それなら分かる。ミリアは小さく笑った。報酬を受け取る。
少しずつ増えていくお金。それだけで嬉しい。
冒険者になった実感があった。
ギルドを出る。まだ日は高い。宿へ戻るには早かった。
市場を歩く。屋台を眺める。雑貨を見て回る。知らないものばかりだった。
だが面白い。時間があっという間に過ぎていく。
気付けば。空が赤く染まり始めていた。夕暮れだ。
その時。ふと思い出す。昨日見つけた広場。噴水のある場所。風が気持ち良かった場所。
自然と足が向いていた。石畳を歩く。人混みを抜ける。
やがて。見覚えのある景色が見えてきた。中央の噴水。並ぶベンチ。夕日に染まる広場。やはり好きだと思った。
カナタは噴水の縁へ腰掛ける。
風が吹く。長い髪が揺れる。空を見上げる。綺麗だった。異世界へ来てから。驚くことばかりだった。
楽しいことも。不安なことも。全部まとめて。この世界は面白い。そんなことを考える。
すると。胸の奥が少しだけ温かくなった。歌いたい。そう思った。前世からずっと歌が好きだった。
悲しい時も。嬉しい時も。歌っていた。
そして今。この世界でも。歌いたいと思った。誰かに聞かせたいわけじゃない。拍手が欲しいわけでもない。
ただ。歌いたかった。
カナタはゆっくり立ち上がる。周囲には数人しかいない。
夕暮れ時。皆それぞれの時間を過ごしている。だから大丈夫だと思った。
深呼吸する。風が頬を撫でる。空を見上げる。
そして。そっと口を開いた。
「――知らない空を見上げていた」
静かな歌声だった。
だが。透き通るような声だった。広場を吹き抜ける風に乗って。歌声が広がっていく。歩いていた男が足を止める。
噴水の近くにいた少女が振り返る。ベンチに座っていた老人が目を開く。誰も気付いていない。自分達が足を止めた理由を。
ただ。もっと聞きたいと思った。
それだけだった。
夕暮れの王都アウレリア。
その片隅で。後に歌姫と呼ばれる少女の物語は。静かに動き始めた。




