第14話 新しい一日
朝日が窓から差し込んでいた。
木漏れ日の亭。カナタはゆっくりと目を開く。見慣れない天井。見慣れない部屋。
だが。昨日ほどの戸惑いはなかった。しばらくぼんやりと天井を見つめる。静かだった。
窓の外からは鳥の鳴き声が聞こえてくる。風も心地良い。
異世界へ来て初めて迎える朝。不思議な気分だった。
「……朝かぁ」
小さく呟く。昨日。この世界へ来たばかりだ。神様との別れ。
王都アウレリア。冒険者登録。初めての依頼。不思議な泉。
歌紡ぎのポシェット。そして初めての報酬。
たった一日。
それなのに。驚くほど濃い一日だった。
「楽しかったな」
自然と笑みが浮かぶ。もちろん不安もある。
知らない世界だ。
分からないことだらけだ。
けれど。怖いよりも楽しみの方が大きかった。もっと見てみたい。もっと知りたい。そんな気持ちが胸の中にあった。
カナタはゆっくり起き上がる。窓を開けた。
爽やかな風が部屋へ流れ込む。王都アウレリアの朝。
遠くから人々の声が聞こえてくる。商人。職人。冒険者。多くの人が今日という一日を始めていた。
「私も頑張ろう」
そう呟いて部屋を出る。一階の食堂へ向かった。
宿の食堂は思ったより賑やかだった。
冒険者らしい人達。商人らしい人達。旅人達。様々な人が朝食を取っている。
カナタも空いている席へ座った。運ばれてきたのはパンとスープ。豪華ではない。
だが温かい。一口食べる。美味しい。二口食べる。
やっぱり美味しい。気付けば夢中になっていた。昨日から思っていたが。
異世界のご飯は結構好きかもしれない。
「おかわり欲しいな……」
小さく呟く。残念ながら朝食は一人前だった。少しだけ名残惜しい。
宿の主人がそんな様子を見て笑っていた。
「嬢ちゃん、本当に美味そうに食うな」
「美味しいから!」
即答だった。
主人は豪快に笑う。悪い気はしなかった。こういうやり取りも少し楽しい。
朝食を終える。準備を整える。歌紡ぎのポシェットを肩へ掛ける。まだ中身はほとんど空だ。
だが。それでも少し嬉しい。神様から貰った最後の贈り物。
自然と大切に扱ってしまう。宿を出る。今日の目的地は決まっていた。
冒険者ギルド。依頼を受ける。お金を稼ぐ。そして王都を知る。
今のカナタにはそれだけで十分だった。石畳の道を歩く。朝の王都は活気に満ちていた。
店の準備をする人。荷車を引く人。市場へ向かう人。昨日は余裕が無かった。だから気付かなかった。
この街は生きている。そんな感じがした。
しばらく歩いていると。冒険者ギルドが見えてきた。
大きな建物。昨日訪れたばかりだ。なのに少し安心する。
扉を開く。ギルドの中へ入る。朝だからだろう。
昨日より人は少ない。依頼を探している冒険者達がちらほら見えるくらいだ。カナタは受付へ向かう。
すると。すぐに声が掛かった。
「おはようございます」
柔らかな笑顔。
ミリアだった。
「おはよう!」
カナタも自然と笑顔になる。ミリアは少し安心したように微笑んだ。
昨日の新人冒険者。無事に帰ってきた。それだけで少し嬉しい。
「よく眠れましたか?」
「ぐっすり!」
「それは良かったです」
ミリアは頷く。本当に元気だ。見ていてこちらまで元気になる。そんな不思議な子だった。
「今日は依頼を探しに来たんですか?」
「うん!」
カナタは元気よく返事をする。
「何かおすすめある?」
ミリアは少し考える。そして依頼書を数枚取り出した。
「薬草採取ばかりでは飽きますからね」
「飽きる前に終わった!」
「そうでしたね」
ミリアは少し笑う。
依頼書を見せる。素材回収。荷物運び。街道巡回の補助。どれも初心者向けだ。カナタは興味深そうに眺める。
どれも初めて見る依頼だった。
「荷物運びもあるんだ」
「ありますよ」
「冒険者って何でもするんだね」
「何でもします」
ミリアは即答した。その言葉にカナタは笑う。
思っていた以上に現実的だった。冒険者という職業は。
だが嫌ではない。むしろ面白そうだ。
その時だった。ふと窓の外が目に入る。青空。流れる雲。穏やかな風。昨日見た広場を思い出した。
噴水。ベンチ。夕焼け。あの場所は不思議だった。
なぜだろう。また行きたいと思う。理由は分からない。
けれど。なんとなく好きだった。
「……」
カナタは少しだけ空を見つめた。そして気付く。
歌いたい。そんな気持ちが胸の奥にあることを。まだ歌わない。今は依頼が先だ。
だけど。今日の帰り。もし時間があったなら。
あの広場へ行こう。そんなことを考えながら。
カナタは次の依頼書へ手を伸ばした。
まだ知らない一日が。今まさに始まろうとしていた。




