第13話 初めての異世界飯
冒険者ギルドを飛び出したカナタは。一直線に走っていた。
目的地は決まっている。串焼き屋だ。
朝からずっと気になっていた。王都へ入った時から。
薬草採取へ向かう時も。ギルドへ報告へ行く時も。
何度も誘惑してきた強敵である。今こそ決着の時だった。
「待ってろー!」
誰に言っているのか分からない。だが本人は真剣だった。お腹も限界だった。
やがて。見覚えのある屋台が見えてくる。肉を焼く音。香ばしい匂い。漂う煙。全部が美味しそうだった。
カナタは屋台の前で立ち止まる。
そして。財布代わりの革袋を取り出した。
「買える……」
感動した。今なら買える。お金がある。働いて稼いだお金が。
「買います!」
勢いよく言った。屋台のおじさんが笑う。
「ああ、昼の嬢ちゃんか」
覚えられていた。ちょっと恥ずかしい。
「今度は金あるのか?」
「ある!」
胸を張る。おじさんは大笑いした。
「そりゃ良かった」
そして。焼きたての串焼きを一本差し出した。湯気が立っている。香りが凄い。もう我慢できなかった。
「いただきます!」
かぶりつく。肉汁が溢れる。香ばしい。柔らかい。少し濃い味付け。だが美味しい。とにかく美味しい。
「おいしい……!」
思わず呟く。感動していた。前世の焼き鳥とも違う。バーベキューとも違う。異世界の味だった。
けれど。美味しいものは美味しい。それだけだった。夢中で食べる。あっという間だった。気付けば串だけ残っていた。
「なくなった……」
少し悲しい。もっと食べたい。非常に食べたい。そんな顔をしていたのだろう。
おじさんが笑う。
「もう一本か?」
「ください!」
即答だった。おじさんは再び笑った。元気な嬢ちゃんだ。そんな感想しか出てこない。
二本目も美味しかった。
三本目も美味しかった。
気付けば革袋の中身が少し減っていた。だが後悔はない。
全くない。むしろ満足だった。
「ごちそうさまでした!」
「また来いよ」
「来る!」
絶対来る。そう心に誓う。王都アウレリアで初めてのお気に入りだった。屋台を後にする。
すると。少し落ち着いてきた。お腹が満たされたからだろう。人は食事が大事だ。
本当に。カナタはしみじみ思った。
その時。ふと思い出す。「宿」
まだ決まっていなかった。今夜の寝床である。大事だ。かなり大事だった。さすがに野宿は避けたい。
王都なのだから。カナタは周囲を見回した。宿らしい建物はいくつか見える。
だが。どこが良いのか分からない。
値段も分からない。初心者である。異世界初心者。そんな時だった。
「お?」
声が聞こえた。振り返る。ギルドで見た大柄な冒険者だった。薬草依頼を勧めてくれた男である。
「帰ってたのか」
「帰ってた!」
「依頼は?」
「成功!」
カナタが胸を張る。男は笑った。
「だろうな」
なぜだろう。失敗している姿が想像できなかった。そんな気がする。
「宿探してるのか?」
「分かるの?」
「顔に書いてある
カナタは慌てて顔を触る。書いてない。当然だった。男は大笑いした。
「初心者向けなら『木漏れ日の亭』だな」
「木漏れ日の亭」
覚えやすい。優しそうな名前だった。
「高くない?」
「新人でも泊まれる」
それはありがたい。カナタは素直に頭を下げた。
「ありがとう!」
「気にするな」
男は手を振る。良い人だった。王都へ来てから。本当に親切な人が多い。少し嬉しくなる。
教えられた場所へ向かう。やがて宿を見つけた。
木造の建物。派手ではない。だが温かみがある。看板には確かに。
『木漏れ日の亭』
と書かれていた。
「ここかぁ」
悪くない。むしろ好きな雰囲気だった。カナタは中へ入る。宿の主人と話す。値段を聞く。払える。問題ない。部屋も空いている。
さらに。夕食付きらしい。
「泊まります!」
即決だった。主人が笑う。迷いが無かった。
こうして。異世界で初めての宿が決まった。部屋へ案内される。広くはない。豪華でもない。
けれど。綺麗だった。ベッドもある。机もある。窓もある。
十分だった。むしろ嬉しい。カナタはベッドへ飛び込んだ。
柔らかい。思わず笑う。
「異世界だなぁ」
今更だった。本当に今更だった。
だが。そう思った。
学校へ行っていた昨日。
神社で歌っていた昨日。
それが遠い昔みたいだった。けれど不思議と後悔はない。
楽しいからだ。この世界は。まだ何も知らない。だから面白い。しばらく休んだ後。
カナタは再び外へ出た。
まだ少しだけ時間があった。王都の夜を見てみたかった。
石畳の道を歩く。夕焼けが街を染める。人々の笑い声。家々から漏れる灯り。どこか懐かしい景色だった。
そして。
歩いているうちに。小さな広場へ辿り着く。中央には噴水。
周囲にはベンチ。人々がゆっくり過ごしている。
穏やかな場所だった。カナタは足を止める。風が吹く。
夕焼けが綺麗だった。自然と。歌いたいなと思った。
まだ歌わない。
けれど。そんな気持ちになる場所だった。カナタは知らない。この広場が。これから何度も訪れる場所になることを。
そして。数日後。
この場所で歌う一曲が。
王都アウレリアの人々の記憶に残ることを。まだ知らなかった。




