第12話 初めての報酬
森を出た時には。太陽は西へ傾き始めていた。
昼の強い光は少し和らぎ、街道を優しい色で照らしている。
カナタは王都アウレリアへ向かって歩いていた。
肩には《歌紡ぎのポシェット》。
足取りは軽い。むしろ少し弾んでいた。気分が良かった。
薬草採取は成功した。神様から最後の贈り物も受け取った。
しかも今から初報酬が貰える。楽しくないはずがない。
「早く帰ろう」
思わず笑みが浮かぶ。
その瞬間。
ぐぅぅぅぅ。
お腹が鳴った。かなり大きな音だった。カナタは空を見上げる。
「……うん」
お腹も限界らしい。朝から何も食べていないのだ。
薬草採取や不思議な泉で忘れていたが、普通に空腹だった。
むしろよくここまで我慢したと思う。
「帰ったら絶対ご飯」
今度こそそう決めた。神様との再会より大事かもしれない。
いや、さすがにそれは言い過ぎかもしれない。
少しだけ。そんなことを考えながら歩いていると。やがて王都アウレリアの城壁が見えてきた。
高い石壁。巨大な門。行き交う人々。
ほんの数時間前に来たばかりなのに。不思議と少し安心する。知らない世界で。
初めて帰って来たいと思った場所だった。
「ただいま」
小さく呟く。誰に聞かせるわけでもない。
だが。その言葉は自然に口から出ていた。
南門へ近付く。門番達が立っていた。その中の一人がカナタを見る。
「あ」
「あ!」
お互い気付いた。最初に王都へ入った時の門番だった。門番は苦笑する。
「戻ったか」
「戻ったよ!」
「初依頼だったな」
「うん!」
元気な返事だった。門番は少し安心する。怪我もない。荷物もある。どうやら無事だったらしい。
「順調だったか?」
「薬草いっぱい採れた!」
「そうか」
門番は頷く。
この少女なら案外大丈夫かもしれない。そんな気がしていた。理由は分からない。
だが不思議とそう思う。
「気を付けてな」
「うん!」
カナタは元気よく手を振った。そして王都へ入る。夕方の街は昼とは少し違った。仕事帰りの人が増えている。
露店も賑わっていた。パンの香り。肉を焼く匂い。甘いお菓子の匂い。全部危険だった。非常に危険だった。
「だめだめだめ」
首を振る。先に報告。先に報告である。冒険者としての責任だ。
たぶん。きっと。そんな感じだ。ギルドへ向かう。
途中。串焼き屋の前で五秒ほど立ち止まった。危なかった。本当に危なかった。しかし耐えた。
偉い。自分を褒めて良いと思う。そしてようやく。冒険者ギルドへ辿り着いた。大きな扉を開く。
ガタン。
ギルドの中は昼間より少し賑やかだった。
依頼を終えた冒険者達が戻ってきているらしい。
酒を飲んでいる者。依頼の報告をしている者。仲間と談笑している者。様々だった。
「あ」
「帰ってきたな」
昼間に見た冒険者達もいる。何人かはこちらを覚えていた。
カナタは少しだけ嬉しくなった。知っている人がいる。
それだけで安心する。受付へ向かう。
すると。受付嬢がすぐに顔を上げた。柔らかな笑顔。優しい雰囲気。見慣れた顔。まだ半日も経っていないのに。
不思議だった。
「お帰りなさい」
受付嬢が微笑む。カナタも自然と笑顔になった。
「ただいま!」
その言葉に。
受付嬢は少しだけ目を丸くした。
それから優しく笑う。
「無事で良かったです」
その言葉が少し嬉しかった。心配してくれていたのだろう。
「薬草採ってきたよ!」
「確認しますね」
受付嬢は机の上へ薬草を並べる。カナタは《歌紡ぎのポシェット》から薬草を取り出した。
受付嬢の視線が少しだけポシェットへ向く。
だが何も言わない。今は依頼の確認が先だった。薬草の状態を確認する。
葉。茎。色。どれも問題ない。むしろ綺麗だった。
受付嬢は感心する。新人にしては丁寧だ。雑に採る者も少なくない。だがカナタの薬草は状態が良かった。
「完璧です」
「ほんと?」
「はい」
受付嬢は頷いた。そして微笑む。
「依頼達成です」
その瞬間。カナタの顔がぱっと明るくなった。
「やったぁ!」
思わず拳を握る。近くの冒険者達が笑う。本当に分かりやすい。受付嬢も少し笑った。
「そういえば」カナタは首を傾げた。
「まだ名前聞いてなかった」
受付嬢が目を瞬かせる。確かにそうだった。半日も話しているのに。お互い名乗っていない。
「失礼しました」
受付嬢は軽く頭を下げた。
「私はミリアです」
「ミリア!」
「はい」
優しい響きだった。カナタはすぐ覚えた。
「私はカナタ!」
「それは知っています」
ミリアが少し笑う。カナタも笑った。なんだか話しやすい。そんな人だった。
そして。ミリアは小さな革袋を取り出す。
「こちらが報酬です」
カナタは両手で受け取った。
ずしり。思ったより重い。袋を開く。中には硬貨が入っていた。
夕日の光を受けて輝いている。
「これが……」
初めて自分で稼いだお金。異世界で初めて得た報酬。
胸の奥が少し熱くなった。前世では味わったことのない感覚だった。
「おめでとうございます」
ミリアが言う。その言葉が妙に嬉しい。カナタは硬貨を見つめる。
そして。満面の笑みを浮かべた。
「ご飯食べてくる!」
即答だった。ミリアが吹き出す。周囲の冒険者達も笑った。
「そうしてください」
「お腹空いた!」
それは見れば分かった。十分過ぎるほどに。カナタは大事そうに革袋を握る。
初めてのお金。初めての報酬。
そして。初めての異世界飯。今日はきっと忘れない日になる。そんな気がしていた。
そしてカナタは勢いよくギルドを飛び出した。
向かう先は決まっている。串焼きの屋台だ。
朝からずっと気になっていた。
今度こそ。絶対に食べるのである。




