第7話「売るか、守るか」
「売るか、守るか」
その話は、食後すぐに始まった。
小屋の中。
簡素な机代わりの板を挟んで、三人が向かい合っている。
空気は、妙に張り詰めていた。
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「結論から言う」
ガルドが口を開く。
「売るべきだ」
迷いのない声だった。
「この環境、この作物、この水。どれも市場価値が高すぎる」
「だから売らない」
主人公は即答する。
「話聞け」
「聞いてる。で、いらない」
「いるんだよ」
ガルドは机を軽く叩いた。
「いいか? これを外に流せば――」
指を折りながら並べていく。
「金が入る。人が集まる。流通ができる。全部が回り始める」
「回らなくていい」
「回るんだよ」
言い切る。
「お前ひとりで抱え込める規模じゃねえ」
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レイナが静かに口を開いた。
「外部依存はリスクです」
淡々とした声。
「供給の不安定化、情報の拡散、干渉の増加」
「分かってる」
ガルドはうなずく。
「だが、それ以上にリターンがある」
「短期的には、です」
「長期的にもだ」
視線がぶつかる。
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「内部の安定が最優先です」
レイナは続ける。
「この環境は、閉じているから成立しています」
「閉じてるから発展しねえ」
ガルドが返す。
「外と繋がることで、初めて価値が最大化される」
「最大化は必要ありません」
「必要だ」
「不要です」
言葉の応酬。
だが、どちらも感情的ではない。
冷静なまま、互いに譲らない。
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主人公は、その間で。
「……普通に暮らしたいだけなんだが」
ぼそっと呟いた。
二人とも、聞いていない。
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「試すだけでいい」
ガルドが提案する。
「少量だ。ほんの少し外に流す」
「却下です」
レイナが即座に言う。
「却下するな」
「却下です」
「試すだけだぞ?」
「試行が前例になります」
「なるだろうな」
「なら却下です」
完全に噛み合わない。
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「……少しだけならいいんじゃないか」
主人公が口を挟んだ。
二人の視線が一斉に向く。
「様子見るくらいなら……別に」
「……」
レイナが沈黙する。
数秒、思考するように目を閉じて――
「条件付きで許可します」
「お、いいねえ」
ガルドが笑う。
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その日のうちに、準備は整った。
野菜を数点。
水を少量。
すべて最小限。
「これ以上は出さない」
主人公が念を押す。
「ああ、分かってる」
ガルドは軽く手を上げた。
だが、その目は――笑っていない。
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数日後。
ガルドは戻ってきた。
いつもより早い。
そして――
「……おい」
息が荒い。
「どうした」
主人公が聞く。
ガルドは、ゆっくりと顔を上げた。
「売れた」
「だろうな」
「違う」
首を振る。
「売れたとかそういう話じゃねえ」
「は?」
「奪い合いだ」
空気が変わる。
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「王都で出した」
ガルドは続ける。
「最初は普通に売るつもりだった」
「普通に売れ」
「売れねえんだよ」
苛立ちが混じる。
「一口食った瞬間、全部変わった」
「……」
「貴族が食いついた。騎士が並んだ。冒険者が群がった」
その光景を思い出すように、目を細める。
「値段なんて関係ねえ」
「……」
「上がり続けた」
ぽつりと呟く。
「どこまででも」
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レイナが静かに聞く。
「結果は」
「価格暴騰」
短い答え。
「そして――」
一拍。
「目をつけられた」
主人公の眉がわずかに動く。
「誰にだ」
ガルドは苦く笑った。
「全部だよ」
「……」
「商会、貴族、騎士団……あと多分、国もだ」
沈黙が落ちる。
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「……だから言ったんだ」
レイナが小さく言う。
「外部干渉が発生すると」
「分かってる」
ガルドはうなずく。
「だが、ここまでとは思わなかった」
「想定の範囲内です」
「マジかよ」
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「で、どうする」
主人公が聞く。
ガルドは少し考えてから答えた。
「もう遅い」
「は?」
「場所はまだバレてねえ」
だが、と続ける。
「時間の問題だ」
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外を見る。
静かな森。
だが、その外側では――
確実に何かが動き始めている。
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「……面倒なことになったな」
主人公が呟く。
「なったな」
ガルドが答える。
「なりました」
レイナも言う。
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小さな試みだった。
ほんの少し、外に出しただけ。
それだけで――
世界が動いた。
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静かだった生活は、もう戻らない。
そのことだけは、三人とも理解していた。
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そして。
森の外から――
“何か”が、こちらへ向かい始めていた。




