第6話「価値の発見」
「金になる」
その一言で、空気が変わった。
「……帰れ」
主人公は即座に言った。
だが、ガルドは動かない。
むしろ、楽しそうに笑っていた。
「冗談だろ? こんなもん見せられて帰れるかよ」
「帰れ」
「帰らねえ」
やり取りは平行線だ。
レイナは一歩引いた位置で、その様子を観察している。
視線は主に――ガルドの反応に向けられていた。
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「もう一回いいか?」
ガルドが畑を指さす。
「何がだ」
「さっきの野菜だ」
「……好きにしろ」
半ば投げやりに答える。
どうせ一本や二本で何か変わるとも思っていない。
ガルドは再び野菜を抜き、その場でかじった。
今度は、ゆっくりと味わうように。
そして――
「……は?」
声が漏れた。
さっきよりも、明確に。
変化を“理解してしまった”声だった。
「おい、ちょっと待て」
自分の手を見る。
握る。開く。
軽くジャンプしてみる。
「……なんだこれ」
身体が軽い。
力が入りやすい。
視界が妙にクリアだ。
「さっきより……上がってる?」
自分の状態を確認するように、何度も動く。
経験則で分かる。
これは一時的なものじゃない。
「……ステータスが上がってる」
ぽつりと呟く。
「ステータス?」
主人公が首をかしげる。
「違うのか?」
「違うだろ」
「いや違わねえ」
ガルドは断言する。
「身体能力、回復力、集中力……全部底上げされてる」
「気のせいだ」
「気のせいでこんな変わるか」
レイナが一歩前に出た。
「想定通りです」
「想定してたのかよ」
主人公が即座にツッコむ。
レイナは淡々と続ける。
「この環境で育成された作物は、高効率な生体強化効果を持つと予測していました」
「やめろその言い方」
「検証が完了しました」
「勝手にするな」
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ガルドはしばらく黙り込んでいた。
畑を見る。
小屋を見る。
水源を見る。
そして――主人公を見る。
「……お前、分かってるのか?」
「何がだ」
「これの価値だよ」
主人公は少し考えてから答える。
「うまい野菜だろ」
「違う」
即否定だった。
「それだけじゃねえ」
ガルドはゆっくりと歩きながら言う。
「これは“商品”だ」
「食い物だろ」
「だから商品だ」
言葉の圧が違う。
「普通の食い物じゃねえ。これは――」
一度、言葉を区切る。
そして、はっきりと。
「人を強くする食い物だ」
静寂が落ちる。
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レイナが口を開く。
「外部市場に流通させた場合、極めて高い価値を持つでしょう」
「だろうな」
ガルドが即座に同意する。
「貴族、騎士、冒険者……どいつも欲しがる」
「欲しがらない」
主人公が割り込む。
「いや欲しがる」
「欲しがらない」
「欲しがる」
「欲しがらない」
無意味な応酬が数秒続いた。
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「話を戻すぞ」
ガルドが強引に進める。
「つまりだ」
指を一本立てる。
「これを俺が買う」
「は?」
「全部だ」
「は?」
主人公は完全に固まった。
「全部ってなんだ」
「言葉の通りだ。ここで採れるもの、全部買い取る」
「なんでだよ」
「売るためだよ」
当たり前のように言う。
「市場に流せば、とんでもない値がつく」
「いらない」
「は?」
今度はガルドが固まる番だった。
「いらないって何だよ」
「金」
主人公はあっさりと言う。
「別に困ってないし」
「困るだろ普通」
「困ってない」
事実だった。
食べるものはある。水もある。住む場所もある。
それ以上、何が必要なのか分からない。
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レイナが静かに口を挟む。
「外部との接点はリスクになります」
「だろうな」
ガルドは否定しない。
「だが、利益もでかい」
「必要ありません」
「ある」
二人の視線がぶつかる。
空気がわずかに張り詰める。
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主人公は、その間で頭を抱えた。
「……なんでこうなる」
静かに暮らしたいだけなのに。
ただそれだけなのに。
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ガルドは一歩踏み出す。
「いいか、これはチャンスだ」
真剣な声だった。
「お前は何もしなくていい。作るだけでいい。後は俺が全部やる」
「やらなくていい」
「やるんだよ」
押しが強い。
「世界が変わるぞ、これで」
「変えなくていい」
「変わるんだよ」
言い切る。
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レイナが小さく息を吐いた。
「……対立が発生しましたね」
「するな」
主人公が即座に否定する。
だが、すでに遅い。
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静かだったはずの場所に。
“価値”という概念が持ち込まれた。
そしてそれは――
必ず、衝突を生む。
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ガルドは笑う。
レイナは分析する。
主人公は頭を抱える。
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こうして。
小さな畑から始まった生活に、初めて“火種”が落ちた。
まだ小さい。
だが確実に――
燃え広がる準備を始めていた。




