第5話「商人、到着」
その男は、迷っていた。
「……おかしい」
低く呟き、足を止める。
森の中。見慣れたはずの地形が、どうにも噛み合わない。
商人として各地を渡り歩いてきた経験がある。地図も頭に入っている。方角も見失っていない。
それなのに――
「こんな森、あったか?」
記憶と現実が一致しない。
だが、それ以上に。
「……静かすぎる」
違和感の正体は、それだった。
森なのに、生き物の気配が薄い。
鳥の声も、獣の足音も、遠い。
完全に消えているわけではないが、明らかに“避けている”。
「……嫌な感じだな」
本能が警告している。
ここは普通じゃない、と。
それでも、男は進んだ。
引き返すという選択肢は、彼にはない。
理由は単純。
「ここまで来て、何もなしはありえねえ」
商人だからだ。
違和感は、価値の兆候でもある。
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しばらく歩いた先。
視界が開けた。
「……は?」
思わず声が漏れる。
そこには――
整えられた空間があった。
森の中とは思えないほど、綺麗に区切られた土地。
小屋。
畑。
そして――
「水……か?」
近くに、澄み切った水源がある。
そのすべてが、妙に“整いすぎていた”。
「……なんだここ」
思わず呟く。
違和感が、確信に変わる。
これは自然じゃない。
誰かが作った空間だ。
だが――
「気配が……薄い?」
人の気配はある。
だが、それ以上に、この場所そのものが異質だった。
空気が違う。
澄んでいるというより、研ぎ澄まされている。
無駄がない。
それが一番近い表現だった。
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畑に近づく。
しゃがみ込み、土を触る。
「……なんだこれ」
指先に伝わる感触。
湿り気、粒の細かさ、温度。
すべてが“ちょうどいい”。
「こんな土、見たことねえぞ……」
作物を見る。
育ち方が異常だ。
均一で、無駄がなく、生命力が強い。
「……ふざけてやがる」
思わず笑う。
これは、ただの畑じゃない。
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水源へ移動する。
手ですくい、口に含む。
――瞬間。
「……は?」
固まった。
身体の奥に、何かが流れ込んでくる感覚。
疲れが抜ける。
思考が冴える。
「なんだこれ……」
水だ。
ただの水のはずなのに、明らかにおかしい。
「……おいおい」
笑いがこみ上げてくる。
「当たりどころじゃねえぞ、これ」
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「何してる」
背後から声がした。
振り返る。
男が立っていた。
特に特徴のない、普通の男。
だが――
この空間にいる時点で、普通じゃない。
「……ここの住人か?」
「まあな」
短い返答。
警戒はしているが、敵意はない。
「勝手に入って悪かったな」
「帰れ」
即答だった。
「おいおい、話くらい――」
「帰れ」
二度目。
取りつく島もない。
だが、男――ガルドは、にやりと笑った。
「帰らねえ」
はっきりと言い切る。
主人公はため息をついた。
「面倒なの来たな……」
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そのとき。
別の足音が近づいてくる。
レイナだった。
「侵入者ですか」
「侵入者だな」
淡々とした会話。
ガルドは二人を見比べる。
「……なるほどな」
関係性を一瞬で把握する。
主導権は男。
だが、女もただ者じゃない。
「ここ、あんたらの拠点か?」
「違う」
「違います」
二人同時に否定した。
「いや、どう見てもそうだろ」
ツッコミを入れつつ、ガルドは再び周囲を見る。
小屋。
畑。
水。
空気。
そして――
作物。
視線が止まる。
「……これ、食えるか?」
畑の野菜を指さす。
「まあな」
主人公は軽く答える。
特に警戒もなく、一本抜いて渡した。
「ほら」
「いいのか?」
「別に減るもんじゃない」
「減るだろ」
言いながらも受け取る。
その場でかじる。
――次の瞬間。
「……は?」
また固まった。
さっきの水以上だ。
味もそうだが、それ以上に。
身体が変わる。
内側から整えられるような感覚。
「おい……」
震える声で呟く。
「なんだこれ」
「野菜だ」
「違うだろ」
即否定だった。
レイナが横から口を挟む。
「高効率栄養供給体です」
「やめろその言い方」
主人公が即座に止める。
だが、ガルドはもう聞いていない。
視線は、畑に釘付けだった。
「……はは」
乾いた笑いが漏れる。
「なるほどな」
ゆっくりと、理解する。
この場所の価値を。
そして――
それが何を意味するのかを。
「……なんだよ」
主人公が不審そうに見る。
ガルドは顔を上げた。
その目は、完全に商人のそれだった。
「これは――」
一拍。
確信を込めて、言い切る。
「金になる」
静かだった森に、別の種類の気配が入り込む。
それは、欲望の匂い。
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主人公は頭を抱えた。
「……帰れ」
だが、その言葉は――
もう、意味を持たなくなり始めていた。




