第4話「理解してしまった女」
朝。
目を開けた瞬間、違和感があった。
「……なんだこれ」
天井はいつもの小屋だ。風も静かだし、環境に変化はない。
だが――
「視線がある」
横を見る。
いた。
レイナが、じっとこちらを見ていた。
「……何してる」
「観察です」
「やめろ」
即答だった。
だが、レイナはまったく動じない。
「睡眠時間、推定七時間三十二分。寝返りは三回。呼吸は安定」
「やめろって言ってるだろ」
「健康状態は極めて良好。昨日の食事が影響している可能性が高いです」
「聞いてない」
布団代わりの毛皮を引き寄せて顔を隠す。
だが、視線は感じる。
ずっと感じる。
「……いつから見てた」
「起床の約一時間前からです」
「怖いわ」
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なんとか外に出る。
いつもの朝の作業を始めるためだ。
「水、汲んでくるか……」
川へ向かおうとすると、レイナがすっと横に並ぶ。
「同行します」
「来なくていい」
「観察の継続が必要です」
「必要ない」
だが、ついてくる。
距離を取っても、ぴったりと。
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川に到着。
水をすくう。
「……やっぱりうまいな」
飲みながら呟くと、横から声が入る。
「その水は通常の水ではありません」
「違う」
「高い浄化作用と、身体機能の最適化を促す性質を持っています」
「持ってない」
「既に検証済みです」
「いつだよ」
「先ほど採取し、簡易分析を行いました」
「何してんの」
レイナは手帳のようなものを取り出し、さらさらと書き込む。
「水源は安定。供給量も問題なし。生活基盤として極めて優秀」
「ただの川だ」
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小屋に戻る途中、畑を見る。
作物はさらに成長していた。
「……また伸びてるな」
軽く土をいじる。
問題はない。
「成長速度は通常の約四倍」
即座に分析が入る。
「違う」
「土壌の栄養状態、日照、水質――いずれも異常値です」
「普通だ」
「普通ではありません」
きっぱりと言い切られる。
「これは――」
レイナは、畑全体を見渡した。
「最適化されています」
「してない」
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昼。
料理をする。
鍋に水を入れ、食材を刻み、火にかける。
いつもの作業だ。
「……この工程」
後ろで、レイナがじっと見ている。
「火力調整、投入順、加熱時間……すべて無駄がありません」
「適当だ」
「適当ではこの結果にはなりません」
ぐつぐつと煮える音。
香りが立ち上る。
「完成です」
「まだ何も言ってない」
勝手に評価が下る。
器に盛り、一口食べる。
「……うまいな」
「栄養効率、吸収率ともに最適」
「普通のスープだ」
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食後。
レイナは黙って立ち上がると、小屋の外へ出た。
「……どこ行くんだ」
追いかける。
すると――
地面に線を引き始めた。
「何してる」
「区画整理です」
「やめろ」
「生活導線の最適化を図ります」
「いらない」
だが、止まらない。
畑の配置、小屋との距離、水源への動線。
すべてを見ながら、線を引いていく。
「ここに作業スペース。こちらに保存区域。将来的には――」
「将来とかないから」
「あります」
断言された。
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夕方。
小屋の中。
レイナは何かを書き続けていた。
紙の束が増えていく。
「……それ何だ」
「記録です」
「何の」
「生活モデルの」
さらっと言う。
「この環境、この行動、この結果。すべて再現性があります」
「ない」
「あります」
即否定が返ってくる。
「これは極めて完成度の高い生活体系です」
「違う」
「いえ」
レイナは顔を上げた。
その目は、確信に満ちていた。
「これは最適化された生活モデルです」
「違う」
間髪入れずに否定する。
だが、レイナは微動だにしない。
「無駄がなく、持続可能で、外部環境にも強い」
「だから違うって」
「理想的です」
「やめろ」
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沈黙。
そして――
レイナは、静かにうなずいた。
「結論が出ました」
「出すな」
「ここを拠点とします」
「聞いてない」
即答だった。
「観察対象として最適です」
「人を対象扱いするな」
「生活圏としても優秀です」
「帰れ」
「却下します」
やはり通じない。
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その日、正式に――
レイナは住み着いた。
本人の意思で。
勝手に。
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主人公は空を見上げた。
「……静かに暮らしたいだけなんだが」
その願いは、すでに少しずつ崩れ始めている。
だが――
まだこの時点では。
本当の意味での“崩壊”は、始まっていなかった。




