第8話「共有優先の原則」
静けさが戻った――ように見えたのは、ほんの一瞬だった。
小屋の中。
三人は無言で座っている。
外はいつも通りの森。風も穏やかで、何も変わっていない。
だが――
「……変わったな」
主人公がぽつりと呟いた。
ガルドの持ち帰った話が、すべてを変えていた。
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「対応が必要です」
レイナが口を開く。
声はいつも通り落ち着いている。
だが、その内容は明確だった。
「このままでは外部干渉が拡大します」
「もうしてるだろ」
主人公が返す。
「初期段階です」
「嫌な言い方するな」
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レイナは立ち上がると、地面に線を引いた。
以前と同じ、区画整理の延長のような動き。
「何してる」
「ルールを定めます」
「今?」
「今です」
即答だった。
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ガルドが腕を組む。
「聞こうじゃねえか」
興味深そうに笑う。
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レイナは淡々と説明を始めた。
「まず前提として、この生活圏の維持を最優先とします」
「それはそうだ」
主人公がうなずく。
「そのために、資源の使用を制限します」
「資源?」
「食料、水、その他すべてです」
「……まあ、分かる」
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レイナは一度区切り、はっきりと言った。
「共有優先の原則を制定します」
「なんだそれ」
主人公が即座に聞き返す。
「この拠点に存在する資源は、まず内部で共有されます」
指で円を描く。
「個人の所有より、全体の安定を優先」
「……」
「外部への提供は、その後です」
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「つまり、売る量を制限するってことか」
ガルドが言う。
「はい」
「全部は出さねえ」
「出しません」
二人の視線が交わる。
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「生活優先です」
レイナは続ける。
「食料はまず自分たちが使う分を確保」
「まあそうだな」
「余剰のみ外部へ」
「……」
ガルドは少し考える。
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主人公は、話についていけていなかった。
「……初耳なんだが」
ぽつりと呟く。
「今決めましたので」
「今!?」
驚くのも無理はない。
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ガルドがゆっくりと口を開く。
「完全に売らねえって話じゃねえんだな」
「はい」
「余剰だけ」
「はい」
「……悪くねえ」
小さくうなずく。
「量は減るが、価値は上がる」
「上げる必要はありません」
「上がるんだよ」
自然に。
そう言い切る。
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「希少性が出る」
ガルドの目が細くなる。
「出せる量が限られるなら、価格は跳ねる」
「価格の話はしていません」
「するべきだ」
「しません」
またしても平行線。
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だが、今回は少し違った。
ガルドは完全には否定しない。
むしろ――
「いいじゃねえか」
笑った。
「ブランドになる」
「やめろ」
主人公が即座に止める。
「なんだよ、いいだろ」
「よくない」
「なるんだよ」
断言する。
「“ここでしか手に入らない”って時点で価値がある」
「いらない」
「いる」
また始まる。
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レイナは静かにまとめに入った。
「では結論です」
誰も止めない。
「共有優先の原則を基盤とし、余剰資源のみ外部流通」
はっきりと言い切る。
「これを本拠点の基本方針とします」
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三者三様の沈黙。
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主人公は思う。
――普通の判断だ。
食べる分を残して、余ったら少し分ける。
それだけの話。
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レイナは思う。
――制度が完成した。
安定した持続可能な生活圏。
理想的なモデル。
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ガルドは思う。
――始まったな。
希少資源。
限定供給。
高付加価値。
完璧な商材だ。
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同じ結論。
だが、見ているものは全員違っていた。
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その日の夕方。
主人公は外に出た。
いつものように、畑を見て、水を確認する。
変わらない風景。
のはずだった。
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「……ん?」
遠くに、動く影が見えた。
一つじゃない。
二つ、三つ――
「……あれ」
目を細める。
人影だ。
森の外から、こちらへ向かっている。
「……おい」
思わず声が漏れる。
小屋の方へ振り返る。
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「増えてる!!」
叫びに近かった。
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レイナが外に出て、状況を確認する。
「想定通りです」
「なんでだよ!」
「必然です」
淡々と答える。
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ガルドも外に出て、遠くを見る。
そして――
にやりと笑った。
「始まったな」
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静かだった森に。
人が集まり始める。
それは、ゆっくりと。
だが確実に。
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こうして――
スローライフは、崩壊を始めた。




