第50話「スローライフの崩壊」
最初に消えたのは、“名前”だった。
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アルカディア中心区。
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人がいる。
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建物がある。
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道が伸びる。
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水が流れる。
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すべてが、整っている。
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誰が見ても。
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分かる。
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これはもう。
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村ではない。
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都市でもない。
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もっと、大きい何かだ。
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「……何これ」
主人公は、素直にそう言った。
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答える者は、すぐ近くにいる。
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レイナだ。
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「理想国家、ほぼ完成です」
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「やめてくれ」
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即答だった。
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ガルドが笑う。
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「世界の中心だな」
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「やめてくれ」
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ミアが静かに言う。
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「ここが基準になる」
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「やめてくれ」
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ルルナが目を閉じる。
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「導きの終着点」
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「やめてくれ」
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エルドは短く言う。
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「守る必要すら減りました」
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「守るな」
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誰も否定しない。
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できない。
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すでに。
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そうなっているから。
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外では。
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争いが減った。
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商いが回る。
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人が集まる。
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離れない。
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価値が集中する。
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流れが集まる。
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ここを中心に。
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世界が、動く。
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主人公は、ゆっくりと辺りを見回す。
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人が笑っている。
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誰も争っていない。
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困っている者もいない。
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足りないものも、ない。
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理想的だ。
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完璧だ。
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文句のつけようがない。
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それでも。
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「……スローライフって何だっけ」
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誰も答えない。
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答えられない。
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なぜなら。
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それはもう。
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ここには、ないから。
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あるのは。
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完成した何か。
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巨大な仕組み。
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世界の中心。
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個人の生活ではない。
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だが。
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主人公は、立ち上がる。
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歩く。
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いつもの場所へ。
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畑。
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土を触る。
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柔らかい。
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水を汲む。
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澄んでいる。
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火を起こす。
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音がする。
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料理を作る。
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香りが広がる。
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それだけ。
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何も変わっていない。
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周りが変わっただけだ。
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すべてが。
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勝手に。
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大きくなっただけだ。
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主人公は、座る。
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出来上がった料理を前に。
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ゆっくりと、息を吐く。
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「……まあ、いいか」
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誰も聞いていない。
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だが。
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それでいい。
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食べる。
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いつも通りに。
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その瞬間。
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世界の中心で。
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ただ一人。
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“生活”が続く。
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その日。
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アルカディアは――
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完全に、スローライフを失った。
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だが。
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主人公だけは。
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最後まで。
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変わらなかった。
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世界の中心で。
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ただ。
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暮らし続けた。




