第48話「環境」
最初に変わったのは、“息”だった。
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アルカディア外縁。
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誰かが、ふと顔を上げる。
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「……あれ?」
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空気が、違う。
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重くない。
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澱んでいない。
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深く吸える。
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自然に。
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もう一度、吸う。
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長く。
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ゆっくりと。
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「……なんだこれ」
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兵士が呟く。
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その隣でも。
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別の者が、同じように息をする。
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止まっていたはずの軍勢。
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だが今は。
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動かない理由が、少し変わっていた。
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緊張ではない。
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ただ。
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落ち着いている。
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境界の内側。
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主人公は、いつも通りだった。
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水を汲む。
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土を触る。
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苗を見る。
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それだけ。
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だが。
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外側が変わる。
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ゆっくりと。
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確実に。
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風が流れる。
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水が澄む。
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土が柔らかくなる。
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見えない範囲で。
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広がっていく。
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「……範囲拡張、確認」
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レイナが静かに言う。
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「やめてくれ」
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「生活圏の影響が外部に波及」
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「やめてくれって」
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エルドが周囲を見る。
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「……敵意が薄い」
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「最初から持つな」
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ガルドが空気を吸い込む。
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「……いいな」
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「よくない」
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「長居したくなる」
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「帰れ」
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ミアが、ゆっくりと地面に触れる。
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「……柔らかい」
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「踏むな」
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ルルナは、目を閉じる。
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「満たされています」
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「やめてくれ」
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境界の向こう。
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兵士たちが座り込む。
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武器を置く。
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空を見る。
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誰も命令していない。
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だが。
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自然に。
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そうしている。
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「……なんでこんなところで」
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誰かが呟く。
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「……帰りたくねえな」
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別の声。
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笑いが漏れる。
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緊張が、ない。
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怒りも、ない。
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ただ。
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静けさ。
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満足。
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呼吸。
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指揮官が、ゆっくりと周囲を見る。
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兵は、もう戦う顔をしていない。
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理由は、分かる。
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簡単だ。
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ここで戦う意味がない。
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壊す理由がない。
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むしろ。
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壊したくない。
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それだけだ。
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「……撤退準備だ」
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小さな声。
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だが。
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誰も反対しない。
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する理由がない。
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戻る。
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自然に。
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争わずに。
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何も決着をつけずに。
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ただ。
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終わる。
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主人公は、変わらない。
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水を汲み。
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土を触り。
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空を見ている。
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それだけで。
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外が変わる。
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世界が変わる。
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レイナが、静かにまとめる。
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「対立、弱体化」
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「言うな」
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「継続的影響、確認」
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「言うなって」
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ガルドが笑う。
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「もう勝ちだな」
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「勝ってない」
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ミアが、ほっと息を吐く。
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「……戦わなかった」
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「戦うな」
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ルルナが、静かに言う。
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「争いは、消えます」
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「やめてくれ」
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エルドは短く言う。
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「守る必要が減ります」
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「守るな」
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主人公は、ぽつりと呟く。
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「……普通に暮らしてるだけなんだが」
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その言葉は。
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今度は、誰も否定しなかった。
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その日。
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アルカディアは――
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争いそのものを、弱めた。
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戦わずに。
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壊さずに。
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ただ。
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“良くなる”ことで。
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対立を、消していった。




