第47話「食事」
最初に崩れたのは、“理由”だった。
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アルカディア外縁。
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止まっている。
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軍が。
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人が。
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意思が。
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ぶつかる寸前で。
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凍ったように。
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誰も動かない。
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動けない。
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一歩で始まる。
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一歩で終わる。
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その距離。
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重い沈黙。
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「……腹減ったな」
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場違いな声だった。
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主人公。
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誰も反応しない。
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できない。
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だが。
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本人は気にしない。
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「飯作るか」
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「やめてくれ」
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レイナが反射で言う。
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「やめません」
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即答だった。
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主人公は、歩く。
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いつもの場所へ。
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境界のすぐ内側。
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火を起こす。
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水を使う。
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音がする。
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切る。
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焼く。
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煮る。
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香りが、広がる。
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ゆっくりと。
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確実に。
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風に乗って。
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境界を越える。
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軍へ。
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指揮官が、わずかに顔を上げる。
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「……何だ」
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別の兵が呟く。
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「匂い……?」
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動かないはずの空気が。
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揺れる。
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主人公は、皿に盛る。
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並べる。
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置く。
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境界線の手前に。
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「食え」
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短い言葉。
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誰も動かない。
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当然だ。
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戦場だ。
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敵だ。
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罠かもしれない。
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だが。
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匂いがある。
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湯気がある。
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音がある。
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“生活”がある。
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一人。
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兵士が、動いた。
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止める声が上がる。
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「待て!」
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だが、止まらない。
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歩く。
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一歩。
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境界に近づく。
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さらに一歩。
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手を伸ばす。
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取る。
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食べる。
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「……」
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止まる。
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世界が、止まる。
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一口。
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飲み込む。
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そして。
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「……うまい」
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その一言で。
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崩れた。
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何かが。
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別の兵が動く。
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また一人。
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さらに。
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止まらない。
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食べる。
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飲む。
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息を吐く。
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「……なんだこれ」
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「……体が軽い」
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「……頭が」
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指揮官も、動く。
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ゆっくりと。
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取り。
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食べる。
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目を閉じる。
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長く息を吐く。
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「……」
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言葉が出ない。
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代わりに。
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静寂。
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張り詰めていたものが。
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ほどける。
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力が抜ける。
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構えが消える。
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エルドが、わずかに目を細める。
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「……緩んでいる」
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レイナが記録する。
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「戦意、低下」
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「言うな」
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「理性、回復」
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「言うなって」
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ガルドが笑う。
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「終わったな」
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「終わってない」
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「いや、終わりだ」
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ミアが、呆然と呟く。
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「……なんで?」
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誰も答えない。
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答えは、単純すぎる。
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満たされたから。
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それだけ。
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指揮官が、静かに言う。
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「……なんで戦うんだ?」
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誰も答えない。
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理由が、消えたから。
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さっきまであったはずの。
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怒りも。
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目的も。
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正義も。
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全部。
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どうでもよくなる。
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腹が満ちて。
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体が軽くなって。
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頭が静かになると。
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戦う理由が、分からない。
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主人公は、いつものように座る。
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何もしていない。
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ただ、作っただけ。
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それだけで。
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戦争が、消える。
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その日。
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アルカディアで――
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戦争の理由は、なくなった。
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ただ。
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うまかったから。




