第34話「制度の限界」
それは、初めての“遅れ”だった。
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「……更新が追いつきません」
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レイナの声が、わずかに遅れた。
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ほんの、わずかに。
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だが。
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それは、この場所では異常だった。
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「やめてくれ」
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主人公は、反射的に言った。
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アルカディア中央。
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いつもの机。
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いつもの紙。
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だが、その量が違う。
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積まれている。
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終わっていない。
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処理されていない。
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「……珍しいな」
ガルドが呟く。
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「初めて見た」
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「見るな」
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レイナは、手を止めない。
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だが。
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間に合っていない。
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「人口増加に対し、配給調整が遅延」
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「やめてくれ」
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「労働割当、未処理」
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「やめてくれって」
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「居住区の再編、未完了」
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「やめてくれ」
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言葉が、積み重なる。
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それはつまり。
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“詰まっている”。
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主人公は、ぼそりと呟く。
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「……無理じゃん」
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「無理ではありません」
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即答。
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だが。
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その声は、ほんの少しだけ。
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遅れた。
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エルドが周囲を見る。
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「小競り合いが増えています」
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「やめてくれ」
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「配給の順序で揉めています」
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「やめてくれって」
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外から声が聞こえる。
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「なんであいつが先なんだ!」
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「順番だろ!」
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衝突。
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小さい。
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だが、確実な。
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ミアが不安そうに言う。
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「……制度が、回ってない」
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「やめてくれ」
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ルルナの周りでも。
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人が増えすぎている。
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祈りが、管理できない。
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意味が、分裂する。
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「解釈のズレが発生しています」
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「言うな」
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ガルドは、静かに言う。
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「価値がでかすぎる」
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「やめてくれ」
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「一つの枠に収まってねえ」
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「やめてくれって」
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その通りだった。
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食料。
経済。
信仰。
政治。
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すべてが。
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大きくなりすぎた。
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レイナの手が、止まる。
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ほんの一瞬。
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だが――
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止まった。
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完全に。
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「……再計算が必要です」
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その言葉は。
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初めてだった。
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“修正”ではない。
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“再計算”。
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つまり。
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前提が崩れている。
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主人公は、ゆっくりと顔を上げる。
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「……壊れてる?」
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「壊れていません」
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一拍。
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「揺らいでいます」
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静かな言葉。
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だが、それは。
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この場所にとって。
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最大の異常だった。
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完全だったはずの仕組み。
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最適だったはずの制度。
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それが――
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揺れる。
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外では、また声が上がる。
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「物資が足りない!」
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「仕事が偏ってる!」
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「ここは本当に平等なのか!?」
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疑問が、生まれる。
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初めて。
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アルカディアの中で。
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レイナは、静かに目を閉じる。
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「……修正します」
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「やめてくれ」
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主人公は、座り込む。
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「……ただ暮らしたいだけなんだが」
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その願いは、変わらない。
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だが。
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この場所は、変わった。
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止まらない。
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だが。
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完全でもない。
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初めての。
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綻び。
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初めての。
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歪み。
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その日。
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アルカディアに――
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“揺らぎ”が生まれた。
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静かに。
確実に。
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崩壊ではない。
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だが。
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その前触れのように。




