第2話「普通の生活」
朝、目を覚ましたとき――静かすぎて少し驚いた。
「……寝すぎたか?」
外に出る。
森は相変わらず穏やかで、風の音だけが耳に届く。昨日と変わらないはずなのに、どこか空気が澄んでいる気がした。
深呼吸をひとつ。
「……いいな」
それだけで、なんとなく体が軽い。
昨日の疲れが一切残っていないどころか、むしろ調子がいいくらいだった。
「まあ、環境がいいんだろうな」
そう結論づけて、次の行動に移る。
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まずは水だ。
生活に必要不可欠なもの。これがなければ始まらない。
「確か、この辺りに……」
昨日のうちに軽く周囲を見て回っていた記憶を頼りに、森の奥へ進む。
しばらく歩くと、小さな川を見つけた。
「お、あった」
流れは穏やかで、水も透き通っている。
手ですくってみる。
「……綺麗だな」
濁りは一切ない。底の小石まではっきり見える。
恐る恐る口に含む。
「……うまい」
思わず声が漏れた。
ただの水のはずなのに、妙にすっきりしていて、身体に染み込むような感覚がある。
「当たりだな、この場所」
満足して、いくつか容器代わりになりそうなものに水を汲む。
これで当面は困らない。
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次は食料の確保だ。
「畑、作るか」
小屋の近くに戻り、適当な場所を選ぶ。
地面に手を当てると、自然とやり方が頭に浮かんできた。
土の状態、水はけ、日当たり――考えるより先に、身体が動く。
「……なんか分かるな」
鍬もないが、石と木を使って簡単な道具を作り、土を耕す。
石をどの角度で使えば効率がいいか、どれくらいの深さまで掘ればいいか、すべて感覚で理解できた。
あっという間に、整った畝がいくつも出来上がる。
「こんなもんか」
種になりそうなものを拾い、植えていく。
水を軽くかけて、作業は終了。
「育てばいいけどな」
軽い気持ちだった。
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やることが一段落して、腹が減ってきた。
「何か食うか」
森で見つけた野草や果実を持ち帰り、小屋の中で調理を始める。
火の起こし方も、気づけば自然と分かっていた。
石を組み、枝を重ね、適切な空気の流れを作る。
火が安定して燃え始める。
「便利だな、このスキル」
苦笑しながら、鍋代わりの容器に水を入れ、材料を放り込む。
味付けは……なんとなくでやってみる。
だが、手が勝手に最適な分量を選んでいた。
しばらくして、湯気とともにいい匂いが立ち上る。
「……うまそうだな」
一口、口に運ぶ。
――瞬間。
「……ん?」
妙に、身体が軽くなった。
疲労が抜けるどころか、力がみなぎるような感覚。
「……気のせいか?」
もう一口。
やっぱり調子がいい。
「栄養バランスがいいのかもな」
そう納得して、全部平らげた。
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食後、外に出る。
ふと畑に目をやって――足が止まった。
「……あれ?」
さっき植えたばかりのはずの場所に、芽が出ている。
それどころか、もう葉が広がり始めていた。
「いや、早くないか?」
しゃがみ込んで観察する。
どう見ても、昨日植えたばかりの種だ。
なのに、数日分は成長している。
「……土がいいのか?」
首をかしげる。
この辺りは未開の土地だし、栄養が豊富なのかもしれない。
「まあ、育つならいいか」
深く考えないことにした。
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川の様子も見に行く。
水面は相変わらず澄んでいる――いや、むしろ昨日より透明度が増している気がした。
「……気のせいだよな」
手を入れる。
ひんやりとしていて、心地いい。
飲んでみる。
やっぱりうまい。
「環境いいなここ」
満足げにうなずく。
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その頃。
森の奥では、小さな異変が起きていた。
獣たちが、一定の範囲に近づかなくなっていたのだ。
狼は足を止め、低く唸るだけで引き返す。
大きな魔物も、見えない境界線を避けるように進路を変える。
理由は分からない。
ただ、本能が告げていた。
――あそこは危険だ、と。
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だが、その中心にいる男は。
「……静かでいいな」
のんびりと空を見上げていた。
自分の周囲で何が起きているのか、まったく知らずに。
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こうして“普通の生活”は始まった。
少しだけ、世界を変えながら。




