第19話「名前のない場所」
その報告は、静かに広がっていた。
---
「森の中に、拠点がある」
---
最初は、ただの噂だった。
---
「食料が無尽蔵にあるらしい」
「傷が一瞬で治る」
「侵入できない」
---
誇張。
作り話。
誰もがそう思った。
---
だが――
---
「統制されている」
---
その一言で、意味が変わった。
---
商人は眉をひそめる。
騎士は報告書を握る。
---
「……村ではないのか?」
---
「違う」
---
「では拠点か?」
---
「それとも、領地か」
---
答えは出ない。
---
ただ一つ、確かなのは。
---
「名前がない」
---
それだけだった。
---
名のない場所。
だが、機能している。
統制されている。
---
それは――
---
“危険”だった。
---
外の世界にとって。
---
理解できないものは、分類される。
分類できないものは、警戒される。
---
そして――
---
名前を求められる。
---
――――――――――
---
「……名前?」
---
その頃。
当の本人は、畑の前で首をかしげていた。
---
「必要か?」
---
主人公は本気でそう思っていた。
---
レイナが即答する。
---
「必要です」
---
「なんでだよ」
---
「識別のためです」
---
「いらなくない?」
---
エルドが腕を組む。
---
「外部との関係上、不可欠です」
---
「関係持ちたくないんだが」
---
バルドも口を出す。
---
「物を売るなら名前はいる」
---
「売らない方向でいこう」
---
ルルナが静かに言う。
---
「名は、意味を持ちます」
---
「宗教的に言うな」
---
完全に包囲されている。
---
主人公はため息をついた。
---
「……じゃあ、適当でいいだろ」
---
「不可」
即否定。
---
「やめてくれ」
---
レイナはすでに考えていた。
---
「本圏の特徴を整理します」
---
「やめろ」
---
「静穏な環境」
---
「やめろって」
---
「自治的運営」
---
「やめろ」
---
「高効率な生活基盤」
---
「もういい!」
---
一拍。
---
そして。
---
「名称を決定します」
---
「決めるな!」
---
レイナは、はっきりと言った。
---
「《静穏自治領アルカディア》」
---
沈黙。
---
「……長くない?」
---
主人公の第一声はそれだった。
---
「適切です」
---
「どこが」
---
「機能と理念を反映しています」
---
「理念とかないんだが」
---
エルドが小さくうなずく。
---
「悪くない」
---
「乗るな」
---
バルドも頷く。
---
「覚えやすい」
---
「長いだろ!」
---
ルルナは静かに手を合わせる。
---
「祝福されし名です」
---
「やめてくれ」
---
全員が納得していた。
---
主人公以外。
---
「……もういい」
---
投げた。
---
完全に。
---
その瞬間。
---
名前が決まった。
---
――《静穏自治領アルカディア》
---
ただの呼び名。
ただの識別。
---
のはずだった。
---
だが。
---
外では。
---
「……アルカディア、だと?」
---
その名前が、独り歩きしていた。
---
商人が口にする。
騎士が記録する。
---
「静穏自治領アルカディア」
---
繰り返される。
---
「未知の拠点」
「高効率生産」
「独自統治」
---
意味が付与される。
価値が乗る。
---
やがてそれは――
---
「一つの“勢力”として認識される」
---
そう結論づけられた。
---
名は、力を持つ。
---
呼ばれるたびに。
広まるたびに。
---
現実になる。
---
その頃、当の本人は。
---
「……長いんだよなあ」
---
畑でぼやいていた。
---
何も知らずに。
---
ただ、いつも通り。
---
静かに暮らしたいと願いながら。
---
だが、その願いとは裏腹に。
---
名前は広がる。
---
止まらずに。
---
確実に。
---
世界へと。
---
――《静穏自治領アルカディア》。
---
それはもう。
---
“ただの場所”ではなかった。




