第11話「逃げてきた少女」
昼下がり。
畑には、相変わらず意味の分からない速度で育つ野菜たち。
水は澄みすぎていて、もはや鏡のようだった。
風は穏やかで、空気はやけに軽い。
――平和だ。
「何も起きないのが一番だな……」
主人公は、しみじみとそう呟いた。
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「否定します」
背後から、いつもの声。
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「なんでだよ」
「外部要因が接近しています」
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嫌な予感しかしない。
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その瞬間だった。
ガサ、と大きく茂みが揺れた。
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飛び出してきたのは――
一人の少女だった。
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息が荒い。
服は汚れ、所々破れている。
足元もふらついていて、今にも倒れそうだ。
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「……は……っ……」
何か言おうとして、言葉にならない。
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そして、そのまま。
倒れた。
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「またかよ」
主人公は迷いなく近づく。
もう慣れていた。
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「生きてるか?」
軽く確認する。
呼吸あり。
意識はほぼない。
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「……まあ、いいか」
結論は早い。
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少女を抱え上げる。
軽い。
あまりにも軽い。
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小屋へ戻る。
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中に入ると、エルドがすぐに反応した。
「新たな来訪者ですか」
「倒れてた」
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エルドの目が細くなる。
「追跡の可能性があります」
「あるだろうな」
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レイナはすでに観察に入っていた。
「衣服の質、装飾の残存」
短く分析する。
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「……貴族関係です」
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「やめてくれ」
主人公は即答した。
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「関わると面倒なやつだろそれ」
「高確率でそうなります」
「拾っちゃったよ……」
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だが、もう遅い。
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ベッドに寝かせる。
いつもの流れ。
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火をつける。
鍋に水を入れる。
野菜を刻む。
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「とりあえず、飯だな」
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エルドが少しだけ驚いた顔をする。
「事情は聞かないのですか」
「後でいいだろ」
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レイナは静かに言う。
「非効率です」
「効率で人助けすんな」
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スープができる。
湯気が立つ。
香りが広がる。
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主人公はそれを、少女の口元へ運ぶ。
「飲めるか?」
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わずかに反応がある。
意識は曖昧。
だが、体が覚えている。
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ゆっくりと、スープを飲む。
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――変化は、すぐだった。
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呼吸が安定する。
顔色が戻る。
体の震えが止まる。
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エルドが低く呟く。
「やはり……異常だ」
「普通だ」
「普通ではありません」
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少女の目が、ゆっくりと開いた。
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ぼんやりとした視界。
天井。
光。
人影。
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「……ここ……は……」
かすれた声。
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主人公は、いつものように答える。
「森の中」
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「……ちが……」
言いかけて、止まる。
体を起こす。
そして、周囲を見る。
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違和感。
あまりにも静か。
あまりにも安全。
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「……追手……は……?」
震える声。
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主人公は肩をすくめる。
「たぶん来る」
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「え」
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「でもまあ、大丈夫だろ」
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エルドが一歩前に出る。
「問題ありません」
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その一言に、迷いはなかった。
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少女は、その顔を見る。
そして理解する。
――この人は、戦える。
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だが、それ以上に。
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この場所そのものが、おかしい。
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「……なんで……」
呟く。
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レイナが答える。
「生活圏です」
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「……」
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理解はできない。
だが――
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安心してしまう。
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少女の体から、力が抜ける。
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「……助けて……ください……」
小さな声。
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主人公は、少しだけ困った顔をした。
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「もう助けてるだろ」
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それだけだった。
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少女は、一瞬きょとんとして――
そして、小さく笑った。
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「……変な人……」
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「よく言われる」
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しばらくの静けさ。
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だが、その静けさは長くは続かない。
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外から、気配が近づいていた。
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複数。
整った足音。
統率された動き。
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エルドの目が鋭くなる。
「来ました」
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少女の顔が、一瞬で青ざめる。
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「……あの人たち……」
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震える声。
明らかに、知っている。
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「知り合いか?」
主人公が聞く。
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少女は、ゆっくりとうなずいた。
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「……家の……者です……」
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空気が一瞬、止まる。
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「……あー」
主人公は空を仰いだ。
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「一番面倒なやつだ」
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レイナが即座に結論を出す。
「外交問題に発展する可能性が高いです」
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「やめてくれ」
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エルドはすでに外を見ている。
「どう対応しますか」
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主人公は少しだけ考えて――
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「どうもしない」
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「は?」
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「とりあえず飯食わせる」
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「今ですか」
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「今だ」
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少女に向き直る。
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「ほら、まだあるぞ」
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スープを差し出す。
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外では、足音が止まる。
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中では、湯気が立つ。
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少女は少し迷ってから――
そっとそれを受け取った。
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そして、飲む。
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その瞬間。
完全に、こちら側に入った。
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外では。
すでに声が上がっていた。
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「そこにいるはずだ!」
「包囲しろ!」
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完全に囲まれている。
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主人公はため息をついた。
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「……面倒だな」
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そして、ぽつりと呟く。
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「飯くらい、静かに食わせろよ」
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その言葉が。
この場所の“立場”を決定づける。
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内側は、守る。
外側は、拒む。
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境界が、はっきりと引かれた。
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そして――
物語は、ついに“外”と繋がった。
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これはもう、ただの来訪者ではない。
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“関係者”だ。
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外交問題の、始まりだった。




