帰路
本当にこれは現実なの?
昨日から急展開過ぎる。
目の前で繰り広げられる映像に脳味噌の処理が追い付かない。
最近は割とほのぼのと過ごしていたのに…違うか。
というか、早すぎて何がなにやら全く見えなかった。
いつの間にか、道間という男は消えていた。
「…絹代さん」
善哉さんが息を切らして目の前に立っている。
少し振り返り、横目でこちらを見下ろす。
「はい」
「怪我はない?」
向き直り、しゃがんだ。
善哉さんの目は、いつもより少しだけ焦燥感が滲んでいた。
まだ息が上がっていて、ハァハァと呼吸音が聞こえる。
呼吸をする度に、肩が上がったり下がったりして、苦しそうだ。
こんな善哉さんは初めて見る。
「はい。田村さんと、善哉さんが守ってくれたので…」
田村さんは結界の中で倒れたまま動かない。
動けない所を更に道間に攻撃されていたから、心配だ。
清彦の後に、すぐヒーリングしに行かなきゃ。
「絹代さん、話があるんだけど」
善哉さんはドサッと地面に座った。
「善哉さん、その腕…」
善哉さんはカッターシャツを肘の辺りまで折っている。
腕の筋肉繊維に沿って血が噴き出し、呼吸する度にツラツラと手首の辺りまで流れて来るのが目に入った。
「ん?あぁ」
「後でヒーリングするので」
「ちょっと、イヤリング貸して?」
善哉さんは腕を私の顔の近くに伸ばした。
「え?はい」
そういえば、このイヤリングは念じれば誰でもヒーリングができる道具だと善哉さんが言っていた。
自分で外そうと思ったら、善哉さんが制止した。
「ヒーリング中断しない様に、俺が外してもいい?」
「え…はい」
左耳を向けて、差し出した。
「ごめん、触るよ」
コクリとうなずくと、善哉さんは髪を耳に掛けて、イヤリングをクルクル回して外した。
そのまま田村さんの方へ向かって行った。
「う…」
「清彦!?」
清彦がうっすらと目を開いた。
「う!姫…」
良かった。気が付いた!
「大丈夫?清彦急に倒れて、何が起こったか分からなくて…」
「むぅッッ!!!そうじゃ!!我は姫をお守りするのじゃ!!!」
刮目すると、目の前で立ち上がった。
「…って、あ奴。道間はどこじゃ?」
キョロキョロする背中を見て、しみじみほっとした。
「善哉さんが追い払ってくれたよ」
気付くと、善哉さんが田村さんをお姫様抱っこして歩いてくるのが見えた。
「かなり重症だが、助かりそうだ」
安堵した顔で田村さんを見る善哉さん。
「本部の奴らも、もうすぐ出てくるだろう。」
山裾の方を振り返る。
「無事…なんですか?」
「あぁ、道間はあの状態だから。空間にあいつらを締め出す力は残っていない。俺らはもう帰ろう」
良かった…。
「って、善哉さん!せめて腕治してから行きましょう!」
田村さんを抱える腕はブルブル震え、血が流れている。
「…嫌、早くここから離れよう」
そう言うと善哉さんは田村さんを背中におんぶし、歩き出した。
私も清彦も、善哉さんについて歩く。
「善哉殿、この腕…!!」
「うるせぇぞ。黙って歩け」
清彦は何か言おうとしたけど、言葉を飲み込んだ。
善哉さんの顔や頭から汗が流れ落ちていた。
やっぱり、腕、結構重症なんじゃないだろうか…?
歩きながらでも…!
善哉さんに駆け寄り、腕に手をかざした。
「大丈夫だから!絹代さんの体力がもたなくなる」
善哉さんは強い口調で訴える。
確かに、清彦をヒーリングした時点で身体が横になりたがっている。
でも、そんな事言ってたら…
「私こそ大丈夫なんです!皆さんに、守ってもらって…切り傷ひとつ負ってないんですから」
「外傷はなくても、死にかけの清彦をヒーリングしたろ?帰る体力残しておいてもらわないと困る」
「帰れます!!じゃあ、少しだけでも」
善哉さんは口をもにょっとさせ、反論しようとしたけど押し殺した。
「…じゃあ、本当に少しだけなら良い」
そう言うと前に向き直った。
右耳に残ったイヤリングを外し、ヒーリングをしながら使ってみようと思った。
歩きながら、善哉さんはチラチラとこちらを見下げて様子を確認する。
よし。
腕が、元通りになる様を思い浮かべ、念じる。
善哉さんの腕を、元通りに治療して。お願い!!
翠玉は、煌々と白金とグリーンの光を発する。
イヤリングは完全に光と化し、拡がったり縮んだりして、善哉さんの両腕を包んだ。
「絹代殿!!すごい!!すごく緑で身体に良さそうな光!!」
何だそれ…
こちらを確認する善哉さんの顔も、翠玉色の光に照らされていた。
血が止まり、筋繊維に沿ってボコボコと凹凸した腕の膨張も治まって行く。
善哉さんの首に流れる汗が止まった。
「…ありがとう」
見上げると、善哉さんは疲労困憊の表情で微笑んでいた。




