解
「道間は月に1度異空間から出て来る事が確認できている。昨日がその日だ」
基本、道間は異空間から出て来る事はないらしい。
何で月に1度、こんな風に追跡されるかも知れない危険を冒してまで出て来るんだろう?
「日が落ち切ってから出て来て、翌日昼までには異空間へ帰って行くのが常の様だ」
桜庭さんは黒縁眼鏡を人差し指で上げながら言った。
色白の肌に、七三分けの黒髪が映えてる。
「僕たちが居る空間に、視認できる形で登場する。この好機を逃がす手はない」
相葉さんは濃い顔で眉をしかめた。
視認できるという事は、俺らでも気配を辿って追いかける事ができるという事だ。
なるほど。ま、俺にはそれでもさっぱり道間の気配は分からないけど。
「それまでに私達は道間に勘繰られないよう、今まで慎重に道間の気を追っていました」
寺田さんは落ち着いた声で言う。
道間にバレないように気配を辿るのが、本部の精鋭トップ5が集結しても難しいんだ。
本当、道間って奴はどんだけチートな術師なんだよ。
それから、30分程黙々と歩き続けた。
段々と周りの風景がおかしくなってくる。
絹代さんは声を出さずに驚いていた。
一見普通の街並みに見えるが、看板や標識の文字が日本語じゃない。
かと言って外国語でもない、不気味な文字だ。
やがて景色は町から外れた。
俺たちの周りには、舗装されていない砂利道と少し錆びたガードレール、低い木柵、伸び放題の草…。
そんな景色が辺り一面に広がっていた。
「…もうすぐだぞ」
勅使河原さんはそれだけ言うと、山の裾野で立ち止まった。
着いたか。
俺の出番きた。
勅使河原さんの隣に行く。
後の4人は絹代さんの前にざっと立ちはだかった。
左手を出し、右手を添わす。
息を吐いて、ゆっくりと吸い込む。
「"解"!!!」
同時に添わした右手を素早く左へ回す。
こちらから見える山の景色がマーブル模様みたいにグニャグニャと歪み切る。
よし、成功した。
ついさっき閉じたばかりだもんな。
俺の術でも開く事に興奮した。
その瞬間、勅使河原さんが俺の前に結界を出す。
「ぐぬッ!!」
勅使河原さんの短い声で全てを悟る。
俺は、こんな一瞬ではクソしょぼい結界しか出せない。
有刺鉄線をティッシュみたいに丸めたようなものが幾つも現れ、勅使河原さんが防ぎきれずに通過したのが5、6個勢いよく飛んで来た。
俺のうっすい結界を破壊し、目の前に迫った。
そこで俺の記憶は途切れた。
「大丈夫ですか?」
目を開けると、絹代さんが目の前に居た。
「いてッ」
身体に外傷はないが、全身に走る痛みで霊体がズタズタにやられているのが分かる。
「…本部の皆さんは、中に入れた?」
起き上がろうとしたら、絹代さんが制止した。
「はい。田村さんが空間を開いた後に、すぐ…」
「それは良かった。じゃ、俺たちの役目はこれで終わりだから。帰ろっか?」
立ち上がろうとして、首を動かした。
俺は見てしまった。
絹代さん越し100m先に、着物を着たロン毛の男がこちらに歩いて来る。
霧掛かっていて、シルエットはぼんやりとしている。
「…嘘、だろ?」
立ち上がろうとしたけど、膝立ちになるのが精一杯だった。
「どうしたんですか?」
「絹代さん逃げて!!」
「だめです、まだ立てるようには見えません!」
「いいから!!道間が来る!!下がって!!!」
「え」
絹代さんの顔が青ざめる。
俺と同じ方向に顔をやると、静かに数歩、後ろに下がっていった。
頼むから、そのまま逃げてくれ!
「ふん。俺を見くびりすぎやしないか?」
顔つきが分かるくらいに近付いてきた。
冷酷に俺を見下している。
超ロン毛。透き通るような白い肌。
腰まで長い黒髪の間から、吊り目が覗いた。
くそっ。やっぱバレてたのか。
「俺の住む空間は禁足地なんだ。無断で入ってはいけないんだよ。」
目の前に来た。
着物から風が吹いてきて、冷気が俺の顔に当たる。
「ふぅん…本部の勅使河原達か。一体、何しに俺の神聖な空間を汚しに来たのかな?」
その瞬間、首を締め上げられた。
と思ったらすぐに地面に叩き付けられた。
「話してよ、ねぇ?」
「ぐぁっ!!」
さっき首を締め上げたのは茨のついた蔦だったようだ。
今度は俺の腹にその蔦が巻き付いて、締め上げる。
胃液が口からこぼれる。
はぁ~最悪。絹代さんが目の前で見てるのに…。
てか早く逃げて。って、怖くて動けないか。
「もう俺、どうでもよくなっちゃってさぁ。無敵の人、ってやつ?本部の人間にどう思われたってどうでもいいからさぁ」
そう笑って俺の顔を覗き込んだ。
「何が目的か吐けよ」
益々蔦は俺の腹を強く締め付ける。
やばい、このままじゃ…
「上半身と下半身が離れちゃうね♪」
「う…」
元々本部で活躍していた人間だと聞いてるけど、何がこいつをこんなに変えたんだ?
人殺しも平気なのか。
それとも只の脅しか。
茨が食い込んで血が出るはずなのに、俺の身体からは一滴も血が出ない。
「顔、紫色になってるけどほんとに大丈夫~?」
ケタケタと腹を抱えて笑っている。
「君の術は厄介だね。ま、吐いても吐かなくても良いよ。」
頭が爆発しそう。
脳味噌から下に、血液が流れていく感覚がない。
あ、俺死ぬんだわ。
でも幸いなのは、絹代さんの姿が道間には見えていない事だ。
道間が本部の人間を追って異空間に逃げた後でも、絹代さんだけは無事に帰れる。
それだけが救いだ。




