ヒーリングを習う
バスの横転事故から5日後。
遂に私はヒーリングを習う事になった。
今回は私が中村さんの元へ行く。
1日みっちり、研修だ。
いつもの出勤時間、電車で中村さんの住むG県N市へと向かった。
景山さんがこの前まで出張に行っていた場所と同じで、びっくりした。
ここから、滞在していた場所は少し離れているとの事だったけど。
K駅からは、新幹線と普通列車を乗り継ぎ、約1時間半でたどり着いた。
外は曇り。日差しが暑すぎず助かるけど、蒸し暑い空気が駅のホームに立ち込めていた。
でも、K市内よりかは幾分涼しい。
駅に着いたら、中村さんに電話する約束になっている。
電話を掛けると、すぐに出てくれた。
「もしもし、ご無沙汰しております。善哉事務所の若葉絹代です」
『ご無沙汰しております。中村美知子です。絹代さん、駅前で車をつけて待ってるから、タクシー乗り場のある出口から出てこれますか?』
「分かりました。すぐに向かいます」
外に出ると、ピンクの軽自動車の側に女性が立っていた。
オレンジブラウンの長い髪を一括りにし、ヘアターバンを掛けている。
薄手の白いTシャツに、色鮮やかなエスニックロングスカートを履いていて、何となく目立つ存在感を放っていた。
あの人かな…?と思い見ていると、女性は手を振った。
私も手を小さく振り、会釈する。
駆け寄ると、女性は破顔した。
「今日は、お世話になります。よろしくお願いいたします」
礼をすると、太陽みたいな笑顔で礼を返してくれた。
「絹代ちゃんね。私、ヒーラーやってるけど、普段は旦那の会社で働いてます。」
「そうなんですか」
「じゃあ、助手席に乗って。今から家まで行って、そこでヒーリングのやり方を伝えるね」
「ありがとうございます!」
「N市には、初めて来たの?」
車内は、ラベンダーのいい香りがしていた。
「いえ、実は何度か母と来た事がありまして…。馬籠宿って、N市ですよね?」
5年前くらいに、母と車で来た。
K市内から、車で行くと遠かったな…。
山間いに存在する小さな集落。
霧がかった深緑の山々から、神秘的な雰囲気が漂っていたのを記憶している。
「うん、N市だね!絹代ちゃんは、何で善哉事務所で働く事になったの?」
「それは…」
すると、清彦が背後から突然登場した。
「ふぐッ…!!絹代殿は、我をかばって善哉殿に斬られたのじゃ…」
「うわ!!びっくりした!!」
中村さんは目を真ん丸く見開き、驚いた。
ハンドル操作が荒ぶり、車が左右に振れる。
「ちょっ、いきなり出てくんな!!」
中村さん運転中なんだから、やめれ!
「類君から聞いてたけど、あなたが平安時代の霊ね?」
中村さんは落ち着きを取り戻した。
「…はい。清彦…この霊が、私の前世と恋人だったらしいのです。それで、夜道で米ぬかを投げつけられ、それが全ての始まりでした」
「…ん?」
中村さんは訳が分からないという風に首を傾げた。
そりゃそうだ。意味不明だもんなこの説明。
でも、ほんまの事なんや…。
むせび泣く清彦をよそに、何とか善哉事務所で働くに至った経緯を説明し終えた。
「絹代ちゃん、大変だったね~!!」
中村さんはアハハと明るく笑い飛ばした。
「…でも、皆さん優しくて…知らない世界に来たみたいで、毎日楽しいです」
「うふふ、良かったね」
そう言っている間に、中村さんの自宅に到着した。
優しいオレンジ色と乳白色の、ツートンカラー外壁。
家の前には、ラベンダーがわんさかと咲いている。
他にも、ローズマリーやミニトマトなどが元気よく伸びていた。
「うわぁ…めちゃ可愛いお家ですね」
ラベンダーとハーブの爽やかな香りが鼻孔を包む。
「ありがとう。」
中村さんはそう言うと家へ案内してくれた。
中は白い壁紙で覆われ、清潔感がハンパなかった。
家に入ってすぐ、右手の部屋に入らせてもらった。
カラカラと軽い引き戸を引くと、そこは6畳程度の洋間だった。
冷房の風が吹いてきて、とっても涼しい。
正面には大きな出窓があり、レースカーテンが張ってあった。
その前に低めのガラステーブルとオレンジ色のソファー、1人掛けの黄色のソファーが置かれていた。
「いつもここでお客さんをヒーリングしてます。絹代ちゃん、どうぞ座って」
「ありがとうございます」
オレンジ色のソファーに座った。
中村さんは冷たいお茶をガラスのコップに入れて持ってきてくれた。
ちべたくて美味しい…!!
「…絹代ちゃんは、前世でヒーラーだったと聞いてます。それに、街の浄化作業もしていたと。」
中村さんは微笑んでいるけど、目は真剣だった。
「はい…。私は全くそんな記憶ないのですが…」
「でも、前に電話しながらヒーリングしてたでしょう?初めてで、できるわけないからね。」
「…そうなんですか?」
「もちろん。というか、あの善哉さんが雇うって、何者なんだろうってずっと気になってたのよ」
中村さんは、身体を前のめりにした。
「…善哉さん達は、業界では有名でお強い人たちなんだとようやく実感してきました。まだ3ヶ月程しか働いてませんが」
実感していく程、自分が場違いな気がして胸が苦しくなる。
「有名も何も、善哉事務所のメンバーは日本でも指折りの精鋭の集まりだよ!」
「そう、なんですか…」
「だから、この業界の人たちは絹代ちゃんに大注目してるのよ。」
「はぁ…?」
自分の知らない所で、そんな事になってるの…!?
お恥ずかしい。
「私がヒーリング教えるってのは恐縮しちゃうわ」
そう言うと中村さんはアハハと笑った。
「いえ!私、自分で何やってるのか分かってないですし、半信半疑で…!」
善哉さんは、私を斬ってしまった事をずっと負い目に感じてる気がする。
だから…善哉事務所のメンバーになれたのは、私の実力とは言えないと思う。
「大丈夫!」
中村さんはそう言うと、自身の両掌を5cm程離して向かい合わせた。
「絹代ちゃん、両手を出して?」
「は、はい!」
中村さんの両手が、私の広げた両手と向かい合う。
両手から、圧のようなものを感じる。
「感じるでしょ?これが気」
「…なんとなくですが」
中村さんはにっこり微笑む。
「じゃあ今度は、自分の手のひらをこう、向かい合わせて」
「はい」
自分の両掌を向かい合わせる。
「自分の気を、循環させるの。分かる?」
「…ハイ」
イメージ。できる。
「たまに、こうして自分の気を循環させてみてね」
中村さんはそう言うと、私の肩に両手をかざした。
「肩こってるでしょ。」
「え?はい!何で…?」
分かるんだろ?
瞬時に肩がポカァ…って暖かくなる。
そして全身がぬくぬくと温まってきた。
「こうして、循環させるの。分かるよね?」
「はい…」
身体の中から、ポカポカと暖かくなる。
巡っている感じ、するする。
「じゃ、今度は絹代ちゃんが私にやってみて?」
中村さんはかざしていた手を離した。
「は…はい!」
なんとなく首の後ろが気になり、中村さんの背後へ回り手をかざした。
「…首、こってんだよね」
「え!?」
適当に手をかざす場所を選んだのに。
「…じゃあ、よろしく」
「はい!」
初めてヒーリングした日の事を思い出す。
緑色の光が、私の手から出て、循環していく。
循環を邪魔する塊を、除去。
「ふ~っ、気持ちいい!!ありがとう、絹代ちゃん」
5分程経ってから、中村さんはそう言ってヒーリングを切り上げた。
「さすが前世からヒーリングやってただけあるね」
肩をグルグル回して、元気な声でほほ笑む。
「いやぁ…適当ですが」
ただの妄想癖なのではないかと今でも思う。
でも、こうして効果を自分の目の前で見ると…信じざるを得ない。
中村さんが嘘をついて演技するメリットもない…よね?
「私から教える事はない!」
そう言うと、中村さんはカラカラと笑った。
「え!?そんな…!?」
焦る。
「じゃ、お昼ご飯でも一緒に行こうか」
中村さんの車に、また乗せて頂く。
15分程度走り、パン屋さんに併設されているレストランでランチを食べた。
今まで食べたパンの中で一番おいしい!!
N市にこんなに美味しいパン屋さんがあるとは…感動!!
それから、中村さんは20分程度かけて木工品販売のお店へ案内してくれた。
店内は木の良い香りに満ちていた。
中村さんがお店の人と話している間、店内をじっくり見て回っていると、神棚が販売されているコーナーに辿り着いた。
神棚のコーナーに、もくもくとした雲の形の木が置いてある事に気づいた。
「…何だろ?」
「神棚の上の天井に貼るものだよ」
いつの間にか、中村さんは私の隣に立っていた。
「1階に神棚があって、2階の真上を人が歩くなら、つけた方がいいよ」
「え…何で、ですか?」
「"ここから上は天であり、それ以上上はありません"っていう、神様への配慮なの。絶対しないといけないわけではないんだけど、半紙に"天"か"雲"って書いて天井に貼っている人も居るわ」
「へぇ~。」
知らなかった…。母が1階に神棚をお祀りしているが、天井には何も貼っていなかった。
よし。買って帰ろう。
それから、また中村さんの自宅まで戻ってきた。
まだ教えてもらえるものだと思ったけど、中村さんのヒーリング研修は午前中で終わったみたいだ。
その代わり、目に見えない世界について教えて頂いた。
あっという間に16時になり、N駅まで車で送ってもらって直帰した。
そういえば清彦、今日はあんまり出てこなかったな。
最近は景山さん達と修行に出る事が多く、基本クタクタ状態みたいだ。
姿を現さずに休養する時間が増えた。
…清彦には悪いけど、正直これくらいの出現度が助かる。
ご飯を食べて、シャワーをしてからベッドにダイブした。
クーラーの風が気持ちよくて、すぐにウトウトとして眠りに落ちた。




