景山さんの話
「どうした?」
善哉さんは冷静だけど、少し怪訝な顔で景山さんに聞いた。
「…午後からの外回り、絶対に行ってはいけません」
景山さんは目を細め、こめかみから汗を流している。
「…なんでですか?」
思わず聞いた。
急な張り詰めた空気に、皆が手を止めて景山さんの言葉を待った。
「罠です」
罠!?
「あぁ…。午後は女占い師から依頼だ」
善哉さんは事もなげに言った。
「行ってはいけない。すぐにキャンセルしてください」
景山さんは益々切迫したような声になっている。
「キャンセルっすか…」
類さんは善哉さんの顔色を伺うように目線を遣った。
善哉さんは手を顎の前で組み、景山さんを睨むように見た。
「できねぇな」
景山さんは滅茶苦茶心配していたけど、午後になると二人は言っていた通り事務所を出て行った。
…景山さん、予知能力でもあるんだろうか?
さっきの焦りっぷりは、只事ではない。
景山さんのデスクは、類さんの向かい側にある。
私のデスクから見ると、斜め左前だ。
恐る恐る横目で景山さんの方を見ると、大きな手で口を覆い、深刻な顔をしていた。
ブルーのハーフリム眼鏡をかけ、パソコンの光がレンズに反射している。
景山さんは同行しようとしたが、善哉さんは事務所に留まらせた。
大丈夫かな…二人とも…
パソコンに向き合うけど、ソワソワして落ち着かない。
すると、景山さんが声を掛けて来た。
「若葉さん、長期出張について説明しておきます。おそらく、今後は若葉さんも行く機会があると思うので。」
眼鏡を人差し指で上げながら、景山さんは言った。
「え、私もですか!?」
「えぇ。もちろん」
景山さんは、先程の焦りが嘘だったかの様に笑顔で話している。
「ワタクシはG県のN町という所で修行していました。土地の術師、他にも修行に来ていた同業者と過ごしました。術を磨くため、お互いに模擬戦をします。」
「まさに修行ですね。」
「そうですね、様々な術師と交流や対戦する中で、新たな術が身に付いたりしますから」
いや待って。対戦ですと?
…私も行かないとダメ?マジ?
「また、土地の事を調べ、土地のものを食べ、土地の寺社仏閣へ参拝に行き、その他気になった様々な場所へ行き、よく眠る事も大切なんですよ。」
「へぇ…」
普通に長期旅行をエンジョイしているような…。
それだけなら、行きたいかも。
「若葉さんには、ふと気になる場所はありませんか?」
「気になる…」
「例えば、よく目にしたり耳にしたりする場所です。」
「はぁ…」
何となく、行きたい場所には行くかなぁ。
「なぜか気になる、という感覚は修行地の選定に欠かせないのです。」
「そうなんですね。」
勝手に、おえらいさんに"◯◯県に行ってこい!"と言われるわけではないのね。
「どの程度の"気になる"が基準なのでしょうか?」
自分の感覚を信じて、大丈夫なんだろうか?
「まず自分が何となく"気になる"というのが、基準で間違いないです。そして、強いサインだとその場所が気になる"と話してもいないのに、友達や家族からそこの話を聞いたりします。」
う~ん、偶然そういう事もあったような…。
「もっと強いサインになると、テレビで立て続けに特集が組まれているのを見たり、電車のつり革広告や町のフリーペーパーで見たり、本屋さんで偶然見かけたり。町で前を歩く人が話していたりと…。不思議と何度も別の方向から見聞きします。最終的には、遠方であってもなぜか予定が組めて、実際にその土地へ行けるのです。」
土地に呼ばれるというやつ?
そういう話は聞いたことがある。
「土地には強力なエネルギーがあります。それも、聖地と呼ばれるような寺社仏閣は、元々は社寺のない自然信仰の場です。古くは縄文時代から神域として人々の祈りが捧げられてきました。」
縄文時代。知っている。自然が人の生死に直結していた時代。
人々は天地に祈りを捧げ自然を崇拝した。
「土地から呼ばれるという事は、とても光栄な事なのですよ。そして、今必要なエネルギーが、土地で過ごす事により得られるのです。」
「…そうなんですね」
「はは、若葉さんもきっと自然とそういう事をされていますよ。」
「旅行は好きです。でも、そこまで考えて行った事はないですね…」
「皆、無意識ですからね。」
何かそう思うと面白い。
私も、旅行に行ったら何かしらのエネルギーとやらをもらっているのだろうか?
「ただし、ちゃんと吉方位を選別しないといけませんが…よろしくない方位も知っておく必要があります。」
類さんも、前に方位の事は話していたなぁ。
「土地によって、もらえるエネルギーは違うのでしょうか?」
「ハイ、もちろん。また、人によっても違います。もっと言うと、同じ人でも違う時期に行くとまた違ってきます」
「もらえるエネルギーは、実際に行かないと分からないものなんですか?」
「方角によって決まってはいますが…。術のようなものは、行ってからでないと分かりません。更に言うと、自宅に帰ってから、発現まで長期間を要する場合もあります。」
「へぇ…」
「土地には土地神様が居り、鎮座されている場所を守ってくれています。そのお陰で、我々の住む国土は邪悪なものの発生が抑えられ、平和が守られています。その土地神様と、各々個人との前世を含む直接の関わり、または守護様の関わり、または各々についている神様との関わりによって違ってきます。」
完全に漫画やアニメの世界みたいだけど…。
いや、今更驚かないけど、改めてこの世は知らない事だらけだ。
もっと詳しく知りたい…!!
「様々な土地を訪れていくと、今まで気にもとめなかった場所が気になりだします。それはまるで、ロールプレイングゲームみたいなものだと、私は思っています。」
「はぁ」
どういうこと?
「A村に行き、村人Aから話を聞きます。そして、A村でのイベントを経験します。そうすると、B村に行けるようになります。そうやって、様々な土地へ行き、経験をする事により行ける範囲も広がっていきますよね?そしてどんどん技や呪文を覚え、強い仲間もできます。」
完全にド〇クエで再生される。
なるほど…?私たちは勇者や僧侶、商人、船乗り、遊び人って事か。
「敵も強くなって行くんですけどね。」
そう言うと、景山さんはふっと微笑した。
「ストーリーを先に進めるにはレベルアップすれば良いんです。だけど、その中で瀕死の状態になったり、仲間が死にます。」
「…ゲームオーバー…ですね」
「はい。でも、ストーリー上死なないと決まっているキャラクターはまた復活できます。何かしらのペナルティがあって、お金が半分になったり、アイテムが無くなったとしても。何度も死んで、瀕死の状態から回復し、敵やボスと戦い続けます。そしてまたレベルアップし、次のステージへと進みます」
「ゲームですか…」
「えぇ。ゲーム…。先に進むのが嫌なら、進まずにC村に留まる事もできます。リセットボタンも、私たちはいつでも押せます」
そう言うと、景山さんは真顔になった。
「失礼。つまり、気になった土地には行ってみると良いですよ、という話です。」
すぐににこやかな顔に戻り、口角を均等に引き上げた。
私たちの人生がゲームみたいなもの、なのだとしたら…生きるのに、どんな意味があるのだろう?
なんで、人生というものがあるのだろう?
なんで、私たちは生かされているんだろう?
「…ゲームは、楽しむためにするものですよね」
景山さんは、それだけ言うと微笑み、席を立った。




