景山さんの帰還
落ち武者案件から一週間が経った。
いつも通り、清彦と地下鉄S駅の階段を上がり、しばらく北に向かって歩く。
残暑をお見舞いする時期なのに、暑さは益々猛威を振るっている。
ビルが立ち並ぶコンクリートジャングルはまさに鉄板の上を歩いている様だった。
「姫、今日は景山という殿方が来ているそうですな」
「そう。ずっと長期出張に行ってたっていう…」
首に掛けているタオルで額の汗を拭く。
どんな人なんだろう…?
前に、類さんに聞いてみた事があった。
類さんは、「とにかく影がうすい」と言っていた。
いやどんな人?
「くっ…絹代殿の周りにまた男が…!!」
「おはようございます」
事務所の扉を開くと、涼しい風が身体中を覆った。
はぁ~気持ちエェ!
シューズボックスの中に見慣れない黒のローファーが入っていた。
「おはよー!!」
類さんの元気な声がパーテーションの向こうから飛んできた。
初対面の人、緊張するなぁ。
ドキドキしながら隣の部屋へ入る。
「…あれ?」
善哉さんが自身のデスクの前に立っている。
類さんもすぐ隣に居る。
「おはよう、絹代さん」
「おはようございます」
「あの、景山さんは…?」
どこにも見当たらない。
「…景山真です。」
「ひゃっ!!?」
善哉さんと類さんの間から、忽然と小柄な男性が現れた。
目は一重で細く、浅黒い肌をしている。
髪は黒髪短髪。横が刈上げてあり、どこにでも居そうな中年男性に見える。
「すす、すみません!!驚いてしまって…!!」
慌てて謝罪する。
「いや、良いんです。ワタクシは影が薄いのが長所なんです」
意外と高い声でそう言うと、景山さんは丸顔でほっこり笑った。
「景山は、藍紙がなくても自由自在に気配を消す事が出来るんだ」
それ黒子の何て漫画?
善哉さんは無表情で続ける。
「こちらが、6月から事務員として来てもらっている若葉絹代さんだ」
「若葉絹代です。よろしくお願いいたします。」
ペコリと礼をした。
私が来るまでは、景山さんが事務全般を担っていたと聞いていた。
景山さんの方を見ると、糸のように細い目で、私を見据えていた。
「助かりまっす!!!!」
景山さんは敏速に直角の礼をキメた。
「なな、何でですか?」
急にびっくりした!
「ワタクシ、もっと覚えたり研究したい事があるので…それに専念できます!!」
「それに、景山が自由に動けたら俺と類は楽になる」
「いつも、お2人共めっちゃ忙しそうですもんね」
景山さんが居ないからだとは思っていたけど。
今まで2人が働きまくっていたのが標準じゃないと分かり、安心した。
「…って事で、絹代さんには悪いけど、これからも事務全般を任せたい」
善哉さんは後頭部を掻きながら言った。
「善哉さん、初めからそのつもりだったんですよね!最初は、景山さんのやってた事務の代わりにと言ってたけど!」
類さんがニッコニコの無邪気な笑顔で善哉さんを見やる。
「…」
善哉さんは無言。
「なるほど。若葉さんから良い返事が欲しくて、とりあえず私の居ない間の電話番を…という事で心理的ハードルを下げてリクルートしたのですね?」
そうだったん?
思わず善哉さんを凝視する。
「おい」
善哉さんが僅かに目を吊り上げる。
「…嬉しいです」
あの時点で必要とされていた事が。
そして、良かった。景山さんが帰ってきても、まだ私には仕事があった。
ここで働けるんだ。
「…ごめんな。色々、後出しで」
類さんと景山さんは、信じられないという風に同時に善哉さんの顔を見た。
え?ごめんって言った?
あの、魔王(失礼)のような善哉さんが?
善哉さんはちょっとだけ眉を下げ、申し訳なさを5㎜程度表情に出していた。
「いえとんでもない!私は、ここで皆さんと働けて…お仕事があって幸せです!!」
今度は3人が私の顔を驚いた表情で見た。
え?そんな変な事言った?私?
「…ワタクシ、ため口で善哉さんが謝るのは初めて見ました」
「俺もー!!」
「うるせぇ」
「…善哉さんと私は、同い年ですから」
意外と同い年と一緒に仕事する事ってなかったから、善哉さんの気持ち分かるかも。
年が同じってだけで親近感が湧き、心理的距離が近い気がする。
善哉さんの顔を見ると、なぜかバツが悪そうにソワソワと斜め下を向いていた。
「くぬぉお~!!!我をお忘れか、姫ッ!!!」
目の前に清彦の憤怒の顔が現れた。
思わず身体がビクッと震えた。
「あ、彼が若葉さんのストーカー霊ですか」
景山さんが笑顔を崩さず言い放った。
「だぁれがストーカー霊じゃッ!!!我は、絹代殿を守るナイトなのじゃ!!!」
「うわきも」
「ストーカーだろ。」
類さんと善哉さんは清彦に容赦ない。
確かに言い方キモいけど。
「ふむ…。善哉さんと此代さんが言っていたように、この霊は術を使う素質がありますね」
「ハァ?」
清彦は中学生のヤンキーみたいな顔で凄んだ。
「言ってたろ。景山が帰ってきたら、鍛えてもらうと」
確かに、善哉さんは以前そう言っていた。
清彦が景山さんにkissしそうな程近付きガンつけた。
コイツ、景山さんの事完全にナメとるな。
景山さんがニコニコして、優しそうだからって何だその態度は。
こういう奴ほんま嫌い。
呆れて、"景山さんから離れろ"と言おうとした、その時。
「い…イヤアアアアアアア!!!!!?」
清彦が突然頭を抱えて倒れこんだ。
「な…どうしたの!?」
清彦はゴロゴロとのたうち回り悶絶している。
白目を剥き、涎を垂れ流している。
何かわからんけど、すげぇ痛そう…!!
「ハイ、術をかけました」
笑顔を保ったまま、景山さんは言った。
「イタイイイイイイ!!!!おぬし…!!?景山!!早く術を解け!!!」
景山さんは転げ回る清彦の近くにしゃがみ込み、言った。
「あと1時間で術が解けます。」
「き、貴様あぁぁぁぁ!!!」
「死にはしませんよ。これぐらい耐えなさい」
景山さんは立ち上がり、冷酷な表情のままこちらを向いた。
やばい。怒らせたら一番怖いタイプだった。
「では、ワタクシは本日から清彦君の教育係ですね。後、除霊依頼の対応と、ワタクシ自身日々の研鑽と…」
「あぁ。頼む」
「いやぁ~、やっぱ景山さんは恐ろしいなぁ~!!」
類さんが両手を頭の後ろで組み、アハハと破顔する。
「いえいえ、相手は霊ですからね。初めにナメられては教育係が務まらないじゃないですか」
ニコニコと笑う景山さんの背後で、清彦はずっとゴロゴロと頭を両手で抱え悶絶している。
あんな態度取るから…。自業自得が過ぎる。
「若葉さん、2人から聞いています。あなたは今の世では珍しい、貴重な宝玉のような方です。」
「はぁ…」
自分では未だに半信半疑だ。
めっちゃ良いように言ってくれて、戸惑ってしまうと同時に何だかくすぐったい。
否定しようとも思うけど、なんか褒められた時に「いえいえ」とか言うと相手に失礼らしい。
素直に受け取るのが吉らしい。
「善哉さんが雇いたいのもよく分かります。」
そう言うと、景山さんは善哉さんをにっこりと見た。
「…」
善哉さんは無言で腕を組んでいる。
口を真一文字に引き、感情が読み取れない。
「絹ちゃん、これからも俺らの事よろしくね」
類さんは鈴のような目を少し細め、お茶目な表情をして言った。
「…さて。若葉さんに免じて、清彦君の術を解きますか」
「えっ」
何で?
「先程から、心配そうに何度も清彦君の方を見ていましたよ?」
景山さんはそう言って清彦に手をかざした。
完全に無意識だった。
「は…!!!?」
清彦はすぐさま立ち上がり、刀の柄に手をやった。
「貴様…よくも!!」
「今度は消しますよ」
「これからよろしくオナシャス!!!」
清彦は華麗にスライディング土下座を披露した。




